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第13話『アイリの変化と、ディアの求婚』

それから、また魔界の城で、いつもの日常が始まった。




アイリは、ディアのベッドの上で目を覚ます。

早起きのディアはすでに隣にはいないけど、寂しくはない。

だって私には、ディアの愛が……

そう思って首回りを触ってみるが、いつもと何か違う。


「え、え!?」


アイリはガバッと飛び起きた。

改めて首や胸元を触って確認してみるが、やはり……


「ない、ない……!!」


ペンダントが、ないのだ。

ディアからもらった愛の証、婚約ペンダント。

毎日ずっと、肌身離さず身に着けていたのに。

寝ている間に外れてしまったのかと、アイリは布団の中を探し始める。

その時、部屋の扉がノックされた。

アイリには聞き慣れた音の調子で、それが誰だかすぐに分かる。


「アイリ様、おはようございます」


礼儀正しく部屋に入ってきたのは、ディア。

だがアイリはベッドの上で涙目になりながらディアに訴える。


「ディア、ないの!ペンダントがないの〜!!どうしよう……うぅ……」

「それでしたらチェーンが破損しておりましたので、お預かりして補修を依頼しました」

「そうなの!?あぁ〜良かったぁ……」


脱力して、ポスンとベッドに倒れるアイリ。

アイリにとってあのペンダントは、今では体の一部のようになっていた。

身に着けていないと、なんだか違和感で首元が寂しい。

それに……あの宝石の中には、今もイリアが宿っているような気がするのだ。


「アイリ様、今日は良いお天気ですよ。ご一緒にお庭で散歩を致しませんか」


朝から散歩に誘うなんて、真面目なディアにしては珍しい。

だがアイリは、その時は特に不思議には思わなかった。


「あ、うん、行く。着替えるから、ちょっと待ってて」

「承知致しました」



城の中庭には、菖蒲あやめの花で埋め尽くされた庭園がある。

『アイリ』という名前は、菖蒲あやめを意味する『アイリス』から名付けられた。

そして、アイリの母親の名は『アヤメ』。

この庭園は、魔王オランが王妃アヤメの為に作った、思い出の場所なのだ。

ここで魔王はアヤメにプロポーズをした。

それはもう何百年も前の話である。

その場所を、今はアイリとディアが並んで歩いている。


「今日も綺麗だね、菖蒲あやめのお花〜!」


菖蒲あやめの花とは言っても魔界の品種なので、季節関係なく満開だ。

子供のような笑顔で花を見るアイリと手を繋ぎ、ディアは歩き続ける。

ディアは何故か、いつも以上に口数が少ない。

ディアに誘導されるようにして、自然と花畑の中心へと向かって歩く。

やがて、二人の周囲は菖蒲あやめの花に埋め尽くされる。

二人と、菖蒲あやめの花の紫色。他には何もない世界だ。

そこで二人は立ち止まり、向かい合う。


……なんで、さっきからディアは無言なんだろう?


アイリが不思議に思っていると、ディアが徐に懐から小さな箱を取り出した。

屈んで片膝を突くと、アイリに見せるようして箱を開いてみせた。

その箱の中には、金色の輪に赤い宝石の施された指輪が入っていた。

アイリはその意味に気付き、一瞬だけ驚きに呼吸を止める。

その赤い宝石は……婚約ペンダントの、あの宝石。


「私はアイリ様を永遠に愛し、お守りすることを魂に誓います」


突然の事に、アイリは言葉が出ない。

ただ、ディアから紡がれる愛の誓いを、この心に、魂に刻んでいく。



「結婚して下さい」



それは、ディアからの二度目のプロポーズ。

なかなか返事を返さないアイリに、ディアは優しく笑いかける。


「お受け取り頂けますでしょうか」


ペンダントの時と同じように問いかける。

アイリは栗色の瞳をいっぱいの涙で潤ませて、ただ必死に頷く。


「う……ん。私は、ディアの、お嫁さんに……なり、ます……」


やっと言い切ったアイリの左手を、ディアの手が取る。

そのディアの手で、アイリの薬指に指輪が嵌められる。



婚約ペンダントが、婚約指輪に変わった日。

二人の約束は、永遠の愛の証に変わった。



二人の周りを優しい風が吹き抜け、菖蒲あやめの花々が揺れる。

まるで二人を祝福するかのように。

その風は……イリアだったのだろうか。





それから数日後。

アイリは王宮の城の自室に、親友の真菜を招いた。

部屋の真ん中に敷かれたフワフワの絨毯に座り、今日も二人は女子トークを始める。

真菜がアイリを見て、まず気付いたのは……


「あれ?アイリちゃん、その指輪って?」

「あ、これ?ふふ……実はね……」


アイリは薬指の赤い宝石を指先で触れ、照れながら続きを口にしようとした。

さすがにもうアイリの説明を聞かなくても、真菜は見ただけで分かる。


「ディア先生から二度目のプロポーズされたんだね。おめでとう」

「ありがとう、真菜ちゃん」


ペンダントが指輪に変わったという事は、結婚間近だ。

もうすぐ魔王と王妃が異世界巡りから帰ってくるし、挙式も近そうだ。

すると、なぜか真菜がアイリの全身をじっと見つめている。


「え、なに、真菜ちゃん?」

「……アイリちゃん、もしかして……ご懐妊?」

「え、え、ええっ!?」


前にも真菜に、こんな事を言われたような……。


「な、なんでそう思うの!?」

「アイリちゃんの中に、2つの魂が……あれ?3つ見える気がする」

「え、増えてるよ!なんで前より増えてるの!?」


真菜の能力は侮れないので、これが何を意味するのか気になる。

もう1つの魂はイリアだとしても、さらにもう1つは一体!?




落ち着かなくなったアイリは、その後すぐに医者の手配をした。

そして担当医師の女性が打ち明けたのは、衝撃的な真実だった。


「アイリ様の中に、胎児の姿を確認できました」


「え!?」


アイリは衝撃に声を上げるが、懐妊の事実に驚いたのではない。

今までは、生命反応と魔力しか確認できなかった赤ちゃんの『実体』を確認できたからだ。

やっと、これで、ようやく産んであげられる……。

ディアにも笑顔で報告ができる。

アイリはポロポロと涙を零す。

唯一、懐妊の事情を知っていた医師も感極まって一緒に泣いている。

さらに医師が報告を続ける。


「しかも、胎児の姿と生命反応は2つずつ認められます」

「え?それって……」

「アイリ様、おめでとうございます。双子のお子様です」

「ええっ!?」


アイリは喜びよりも驚きが勝ってしまい、声を上げる事しかできない。





さらに数日後、ついに魔王と王妃が1年ぶりに魔界に帰ってきた。

……異世界の特産品など、大量の『お土産』を持って。

やはり、このラブラブ夫婦は、二人で異世界旅行がしたかっただけなのだ。





魔王の私室へと繋がる居間では、魔王と王妃がソファに座っている。

その横には側近のディアも立っている。

魔王が帰ってきたので、ディアは魔王の側近に戻ったのだ。

その正面のソファにはアイリとコランが並んで座る。

この1年間の出来事を報告するためだ。


「あぁ?魔獣界?魔獣王?なんだそりゃ!?」


魔王は予想通りの反応をした。

不在の間の出来事が濃厚すぎて、すぐに理解を得るのは難しそうだ。

魔王はアイリとコランではなく、まずディアを睨みつけた。


「ディア、テメエいつから王を名乗るほど偉くなった?元々オレ様の側近だろうが」

「……はい。メインは側近ですが、サブで魔獣王もさせて頂きたいのです」


ディアはこれからも魔王の側近だが、魔獣王という肩書きも増えるという意味だ。

そんな、副業かバイトみたいなノリで魔獣界の王をやるのか……

誰もがツッコミたくなる魔王とディアの会話である。


「まぁ、それならいいぜ。ほどほどにしとけよ」

「承知致しました。ありがとうございます」


それで許可するんかい!とは、誰もツッコまない。

魔獣王を『ほどほどにする』とは、どういう事なのだろうか……。

ほどほどに力を抜いて魔獣王をやっても、魔獣たちやエメラに失礼だ。

まぁ、これで魔獣王の件に関しては魔王の許可が下りた。


そして極め付けは、アイリの懐妊の報告だ。

今度も魔王はディアを睨みつける。


「オレ様がいない間に、ヤってくれたなぁ……ディア」

「恐れ入ります」

「褒めてねぇよ」


怖いもの知らずのディアは、魔王に対しても怯まない。

魔王の隣に座る王妃アヤメは驚いた顔をしつつも、すぐに微笑んだ。


「あら……もう孫が生まれるの?ふふ、嬉しい」


見た目17歳のアヤメがそれを言うと、なんだか奇妙だ。

まぁ元々、アイリとディアの仲は魔王も王妃も認めている。

幸せそうに照れて微笑むアイリの左手の薬指の指輪を見れば、それも納得できる。

アヤメがニコニコしながらディアをフォローする。


「でも、オラン。私も正式な婚礼の前に懐妊したよね」

「……あぁ?そうだったかぁ?」

「もう、オランったら……とぼけたら、めっ!」


手が早いという意味では、魔王の右に出る者はいない。

そんなアイリとディアの話題で盛り上がる中、コランのテンションは低い。


「あ〜あ、オレ、もっと魔王やりたかったな〜」


コランはずっと魔王に憧れていたので、1年間だけでは物足りないようだ。

いずれコランは正式に魔王となるが、魔王オランが王位を譲るのは、まだ先の未来だろう。

だが魔王はニヤリと笑った。


「それなら心配いらねぇ、またすぐに魔王になれるぜ」

「えぇ!?父ちゃん、引退するのか!?」

「しねえよ。するのは異世界巡りだ」

「……へ?」


コランもアイリも、ポカンと口を開けている。


「1年間じゃ全異世界を巡り切れなかったからな。また行くぜ、アヤメ!」

「うん。あ、今度は魔獣界にも行こうね。ふふ、楽しみ」


……この夫婦は、懲りずにまた異世界旅行に行く気なのだ。

もういっそ王位を譲ってしまえ!と誰もが思ったが、口にはしない。


「コラン、テメェは妹に先越されてんじゃねぇよ。今度はテメエが真菜を懐妊させろ」


魔王の、とんでもない無茶ぶりである。


「えぇ!?だって真菜は、オレが正式に魔王にならないと結婚してくれないんだ!」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。懐妊したらすぐに結婚してくれるよ」


アイリまで、とんでもない事を言い出した。

ディアはそれに対して……何もコメントできない。




何にしても、これからの魔界は、まずアイリとディアの婚礼。

アイリの出産、子育て。

それから魔獣界のこと。

イベント、やること、盛りだくさんの日々だ。

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