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第12話『エメラの暴走と、イリアの正体』

エメラはアディを探して、パーティー会場の大広間を走り回る。

黒のロングドレスが足元を邪魔して、思うようには走れない。


(アディ様……!どちらにいらっしゃいますの……!?)


会場の端から端まで走り抜けても、アディの姿は見付けられない。

そうしている間にもペンダントの宝石は光を増していく。

封印が解け、ディアの記憶が解放されようとしているのだ。

エメラは足を止めて、両手で宝石を握りしめて念じる。


(アディ様の記憶が……だめ!!だめ……!!)


エメラは自身の魔力を宝石に送り封印を強め、ディアの記憶を抑え込もうとする。

握りしめた指の隙間から、青白い光が光線のように漏れ出してくる。

もはやエメラの魔力では、ディアの記憶を封じ込めるのは不可能だ。

それでもエメラは宝石に魔力を注ぎ抵抗した。

これ以上は無駄だと分かっているのに、感情がそれを止められなかった。


「あぁぁぁああっ!!」


エメラの叫びと共に、宝石から全ての光が放出されて消えていく。

それは、ディアの記憶の解放を意味する。

その衝撃でペンダントの鎖が切れて、宝石が足元に落ちる。

同時にエメラの全身も青白く発光し始める。


魔力は無限ではない。

神でも王でもなく、魔獣でしかないエメラには魔力の限界がある。

魔獣界の結界を維持し、人の姿を留めて、ディアの記憶を封印する。

それだけの魔力を常に使い続けているエメラの体は、すでに限界を超えていた。


魔力が尽きてしまったエメラの身に、まず起こる事。

人の姿を留められなくなり、本来の姿に戻る。

……そして、自我を失う。


広間には、コウモリの羽根を持つ巨大な黒い犬の魔獣……

『バードッグ』が突然、その姿を現した。



……その頃、ディアの部屋では。


未だ熱の残る二人の間には、静かな時間が流れている。

アイリはベッドに横たわり、顔を火照らせながら呼吸を整えている。

その隣では、同じくディアがアイリの肩を優しく抱いている。


「ふふ……ディア、思い出した……?」

「はい。アイリ様……申し訳ありませんでした」

「ディアは悪くないよ!」


せっかくの甘い時間の後なのに、ディアが申し訳なさそうな顔をするものだから。

逆に申し訳なくて、アイリはディアを励ます。

そんなディアの意識を逸らそうとして、アイリは起き上がる。

着ているとは言えない状態の乱れた自分のドレスを見て、ちょっと恥ずかしくなる。


「もう必要ないし、着替えちゃおうよ。ディアも、ね?」

「承知致しました」


二人は毎晩、この部屋で夜を過ごしていたため、クローゼットにはアイリの服もある。

ディアが起き上がり、美しい肌の胸板を改めて目にしたアイリはドキっとする。


(ふわぁ……やっぱりディア、かっこいい……)


内心メロメロになりながらも、なんとか普段着に着替える。

ディアも黒衣を脱ぎ捨て、普段通りの軍服スーツの姿になった。


「ディア、記憶は完全に戻ったんだよね?他に異常はない?大丈夫?」

「はい。ですが、まだ一時的に、です。これで終わりではありません」

「……え?」


ディアの記憶が戻ったのは一時的?これで終わりではない?

すっかり安心しきっていたアイリだったが、『あの人』の事を思い出した。


「エメラさん!?」

「はい。彼女のペンダントの青い宝石に私の記憶が封印されていました」

「あっ!あのペンダント……!」


アイリは、そのペンダントに見覚えがある。

そうか、あれはディアからの婚約の証ではなかったのかと、そこは安堵した。

しかし、その宝石を今もエメラが身に着けているのだ。


「あの宝石を砕かない限り、記憶が再び封印される危険性があります」

「そんな!じゃあ、早くなんとかしなきゃ!」

「はい。エメラさんが行動を起こす前に行きましょう」


そうして二人は、エメラの元へと向かう。

エメラが憎いとか、そういう感情は今の二人にはない。

ただ、全ての決着を付けるために。



パーティー会場は騒然としていた。

突然、凶暴な魔獣が出現して暴れ出したからだ。

魔獣となったエメラは次々とテーブルをなぎ倒し、人々に襲いかかる。

全員が仕込み客で本物の貴族はいないが、最強の魔獣に立ち向かえる者もいない。

急いで会場に駆けつけたアイリとディアは、その光景を見て息を呑んだ。


「あれってエメラさんだよね?一体どうしちゃったの!?」

「あれは、魔力が尽きて自我を失っています」


それが、まるで先日の自分の姿を目の当たりにしているようで、ディアは苦悶の表情を浮かべた。

ふと、アイリはエメラの足元で光る小さな宝石を見付けた。


「エメラさんの足元、見て!あの宝石が落ちてる!」

「はい……ですが、近付くのは難しいですね」


暴走状態の魔獣に近付くのは、あまりにも危険だ。

だからと言って、どうする事もできない。

その時、二人の後ろから誰かが駆けつけてきた。

魔法書を片手に、エメラに向かって狙いを定めるのは、レイトだ。


「ブリザード・アロー!!」


レイトの放った魔法は、巨体のエメラの両足を氷で覆い尽くす。

アイリは驚いて後ろを振り返る。


「レイトくん!」

「今のうちに、会場の人たちを避難させておくよ!」


そう言うとレイトは後方に下がり、出入り口の扉を大きく開放した。

幸い、会場の人たちに負傷者はいないようで、次々と外へ避難していく。

レイトの氷の魔法でエメラを足止めできるのは少しの時間だ。

アイリは思い切って走り出すと、エメラの足元の宝石を拾おうとする。

しかしエメラの片足が氷を破壊し、その足の爪でアイリを切り裂こうと構える。


「えっ……きゃっ!!」

「アイリ様!!」


咄嗟に駆け出したディアの体が発光し、自らの意志で魔獣の姿に戻った。

魔獣の姿のディアは、エメラよりも一回り体が大きい。

勢いのままエメラに体当たりをして、アイリへの攻撃を逸らした。

今のディアには自我があるので、魔獣の姿でもエメラのような暴走はしない。

本能により、魔獣は魔獣を攻撃しない。

エメラは同種族のディアに敵意は向けないが、アイリには攻撃的な目を向ける。

それは単純に本能ではなく、エメラの人としての潜在意識なのだろうか。


「どうしよう……どうしたらエメラさんを止められるの?」


アイリは、なんとか拾えた青い宝石を手の中で握りしめて考えを巡らす。

ディアはエメラを傷つけるような攻撃はできない。

エメラを完全に止める事はできない。

エメラは魔力が尽きて自我を失っているだけなのだから。

ならば、魔力を回復させればいい……?

そんな考えが浮かんだものの、どうすればいいのか分からない。

その時、アイリの脳裏に『彼女』の声が響いてきた。


『あーあ、やっぱりアタシが何とかするしかないのね』


「イリア!?何とかできるの!?」


アイリはすでにイリアを頼もしく思って、頼り切っていた。

しかしイリアの口調には何故か、いつもの勢いがない。


『アタシが魔力となって、その青い宝石に入るから、あの女に向かって投げなさい』


イリアが、魔力……?宝石に入る……?

イリアの説明を聞いたアイリは、それを全く理解できない。


「ちょっと待って、イリア。あなたは何者なの?そうしたら、イリアはどうなるの!?」

『アンタ、相変わらず質問が多いのね』


すると突然、アイリのペンダントの赤い宝石から光が放たれる。

その光が、まるで映像を投影するようにして、アイリの目の前にイリアの姿を映し出す。

あの時の夢の中みたいにアイリは今、もう一人の自分の姿と向かい合っている。

金色の瞳を持つ、もう一人の自分と。


『アタシは、アイリとディアの愛の結晶よ』


「え!?もしかして……!?」


アイリが体に宿した、もう1つの生命反応。それがイリアだとしたら……


『アタシは、アイリとディアの『魔力』が結ばれて生まれた生命。でも体はないの』


ディアがアイリに贈った、婚約ペンダント。

それに込められたディアの魔力と、それを身に着けたアイリの魔力の結合。

それによって、実体のない二人の『子供』が誕生したのだ。

今のイリアは、『魂を持った魔力』という存在でしかない。

それでもイリアは、やはり体を持って生まれたいし、自分を抱きしめてほしいと思う。

だからこそイリアはアイリの別人格となり、ディアと結ばれようとしたのだ。

魔力の融合だけでなく、体の融合で、今度こそ実体を持って生まれるために。


「でも、そんな事したらイリア、消えちゃうんじゃ……?」

『いいの。どの道、アタシはもうすぐ消えるから』

「え!?なんで、やだ、そんなの、やだよ……」

『甘えないの!もうアタシは必要ないでしょ?だって二人は結ばれたんだから』


涙を流すアイリに向かって、イリアはいつもの調子でウインクをしてみせる。

イリアはもう一人のアイリであり、アイリとディアの間に生まれた子供。

実体がなくても確かに大切な家族であり、娘なのだ。

そんな簡単に手放せる存在ではない。


イリアの瞳は今も、月のような美しい金色。

ディアと同じ、金の瞳。

それこそが『バードッグ』である魔獣、ディアの娘である証。


イリアは、アイリの後方に立つレイトに視線を向けた。


『レイトくん。アンタはアタシの最高の下僕しもべよ。ディアの次に大好き!』


それを聞いたレイトは驚きに目を見開くが、その緑の瞳を潤ませた。

これが別れの挨拶なんだろうと感じ取ったからだ。


「ありがとう、イリア王女。また会える日を」


レイトは別れの言葉は言わなかった。

レイトの予測する未来が正しければ……イリアとは、また会えると確信していたから。


『あの女の魔力になるのは癪だけど、しょーがない!!やってやるわよ!!』


そう意気込んだ瞬間にイリアの姿は消えて、赤い魔力の塊へと姿を変える。

その光は、アイリが持つ青い宝石へと吸い込まれていった。

僅かに光り輝く宝石を見てアイリは躊躇う。


『さぁ、早く投げなさい!!』


イリアの声がアイリの背中を押す。

アイリは涙を拭うと、決心したように強く前を向く。



ありがとう、イリア。大好きだよ。

いつか絶対に、今度こそ、イリアをこの手で抱きしめるから。

パパとママが、約束するから。



そう想いを込めて、アイリはエメラに向かって力いっぱい宝石を投げる。

空中で大きく弧を描き、その宝石がディアの視界にも映る。

その瞬間、アイリとディアだけに、イリアの最後のメッセージが伝わる。



『アイリママ、ディアパパ。アタシを生んでくれて、ありがとう』



青い宝石はエメラの眼前で最大級の光を放ち、魔力の光へと姿を変える。

魔獣の魔力の性質を持つイリアは、自身を魔獣の魔力そのものへと変換させる。

魔力の光がエメラを包み込み、溶け込むように体内へと吸収されていく。

イリアであった魔力はエメラに吸収されて、彼女の魔力となる。

魔力で満たされたエメラの体が光り輝き、魔獣の巨体から人の姿へと変わる。

同時にディアも人の姿に戻り、立ち尽くすアイリの元へと駆け寄る。


「アイリ様!!」


アイリは涙を流しながら、イリアの最後の姿を見届けていた。

そしてディアの姿を見ると、泣きながら抱きつく。


「ディア……イリアは、私たちの娘だったの……」

「……はい。私にも聞こえました。イリア様の声が」


イリアであった魔力は宝石と共に、エメラに吸収されて消えた。

でも、イリアの存在そのものが消えた訳ではない。


その時、遅れてようやくコランと真菜が会場に辿り着いた。

滅茶苦茶に荒れ果てた会場、客人は誰もいない。

抱き合うアイリとディア、その向こうには床に座り込んでいるエメラ。

コランには何が起こったのか分からない。


「あ、あれ!?何が起こった!?どうなってるんだ?」

「しっ!コランくん、黙って!」


なんとなく空気を読んだ真菜はコランを黙らせた。

そして真菜は、アイリの方を見て意識を集中させる。


……アイリの中には、今も2つの魂が見えた。


アイリとディアは、放心状態で床に座っているエメラに近付く。

アイリは屈んで、エメラの視線の高さに合わせる。

するとエメラは、力のない金の瞳でアイリを見つめる。


「王女様が……わたくしを助けて下さったんですの?」


アイリは微笑して答える。


「私じゃないよ。イリアだよ」

「イリア……?」

「私とディアの娘」

「え、えぇ……!?」


訳が分からずに混乱するエメラだったが、アイリはそれ以上の説明はしない。


最強の魔獣ディアと、魔界最強の魔力を持つアイリ。

最強の二人の魔力の結合だからこそ誕生した、イリアという生命の神秘。

その前例のない奇跡は、まだ二人だけの秘密。


ディアも膝を折って、エメラに視線を合わせる。

ディアと目が合うと、バツが悪そうにしてエメラは視線を逸らす。

……合わせる顔がない、といった感じだ。


「ディア様……申し訳ありませんでした」

「はい。私も申し訳ありませんが、貴方の夫にはなれません」

「そう……ですわよね」


その落胆したようなエメラの表情を見て、アイリは女の勘で思った。

もしかしてエメラは、本気でディアの事を……?

だが、次にディアが口にした言葉が、エメラの運命を変える。


「ですが、私は魔獣界の王になります」

「……え?」


その言葉の意味が分からなくて、エメラは目を見開いて固まった。

アイリも驚いたが、それは予想していた事で、すぐに納得できた。

ディアならきっと、そう言うだろうと思っていたから。


「これからは、エメラさん一人に魔獣界を背負わせるような事はしません」

「そう。私も一緒に魔獣界を守っていくから!」


エメラは目も口も開けたまま、ポカンと二人を眺めている。

つまりディアは魔獣界の王となり、アイリが王妃となるのだろう。

……それも、いいかもしれない。

結局、記憶を封印してもエメラはアディにも愛されずに虚しさだけが残った。

エメラはディアを愛していたが、今はそれ以上に魔獣界を守りたいという願いが強い。

強い愛で結ばれた二人なら、きっと叶えてくれる。

理想の魔獣界を作り上げてくれる。

ようやく決断したエメラは微笑んだ。


「それならば、わたくしは、お二人の側近として働きますわ」

「ふふっ、それ、いいね!よろしくね、エメラさん」

「……あと申し上げておきますが、ディア様とは何もなかったですわ、残念ながら」

「うん。分かってた」


ようやくアイリとエメラは、心からの笑顔を交わすことができた。


魔獣界の事だけではない。まだ問題は山積みだ。

アイリは、魔界の王女なのだ。

魔王が帰ってくるまで魔界を治めるという義務も責任もある。

全ての事情を魔王に話したら、どんな反応を返されるのだろうか。

魔王から全ての許可を得るのは難しいかもしれない。

ディアとはまだ婚約の段階だし、魔界の王女としての婚礼など段取りがある。

……まずは、魔界を優先せざるを得ない。

まだしばらくは、エメラが一人で魔獣界を治める事になるだろう。

それに……

アイリは今、目の前の現実に目を移す。

そこには、何かを言い合っている、コランと真菜の姿。


「それで、コランくん。さっきの話なんだけど」

「え!?さっきの話?なんの話だ!?」

「真面目に答えないと別れるわよ」

「えぇ〜!?だから、あれは作戦だって!オレは真菜だけにラブラブファイヤーなんだって!」

「ちょっと意味分かんない」


いつもの漫才を繰り広げるカップル。

なんとも頼りない代理魔王……将来の魔王に、不安を感じるアイリとディアであった。


……そんな中で気配もなく、その場から、こっそりと姿を消した者がいた。

レイトだ。

どこか寂しく、哀愁を感じさせる背中を向けて、執務室へと戻っていく。

……レイトは、イリアの事を想っていたのだろう。

イリアに対して感じた、今までにない熱い感情。

それがクールに生きてきた彼にとって、初めての……だったのかもしれない。




イリアからの熱い眼差しと頬へのキスは、レイトの心の氷を溶かしていた。

ディアと同様……レイトもまた、イリアに交わされた『契約』から永遠に逃れられないのだ。



それは『愛』という名の、魂を縛る永遠の鎖。

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