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第11話『イリアの調教と、ディアの記憶』

こうして『コランの誕生日パーティー』という名目で、作戦は開始された。

飼い慣らした小型の鳥の魔獣に、招待状を持たせて放った。

魔獣界は魔獣しか出入りできないので、伝書鳩のような通信手段にしたのだ。


後日、鳥の魔獣が返事の手紙を持って戻ってきた。

アディからの返事は……

目論見どおり、『参加する』との事だ。





パーティーの前日の夜、就寝前。

アイリは自室のベッドの上に座って、ペンダントの宝石を握りしめる。

明日の不安はある。この作戦で、ディアの記憶を取り戻せるだろうか。

イリアならきっと、色仕掛けも得意なんだろう。

アイリは目を閉じると、『もう一人の自分』に心で話しかける。


(イリア、明日は力を貸して、お願い……)


イリアの返事は聞こえなかったが、伝わると信じて念じ続けた。







そして、朝が来た。

アイリは布団の中から起き上がるなり、カッと目を見開いた。

その瞳の色は……朝日よりも眩しい金色。


「まったく、しょうがないんだから」


イリアは乱暴にパジャマを脱ぎ捨てる。

そして今日の為に用意した、決戦のドレスに着替え始める。

その顔は余裕に満ち溢れている。


「アタシに任せておきなさい」





パーティー会場である大広間では、すでに沢山の招待客で賑わっていた。

……いや、これらは全員『サクラ』。

今回の作戦のために手配した『仕込み客』である。

不審がられないように、様々な種族の貴族風の客を仕込む徹底ぶりだ。

コランもすでに会場にいて、ディアの来場を待ち構えている。

コランは普段着が正装なので、特に着飾ってはいない。

そこに、イリアが堂々と現れた。


「よぉ、アイリ来たか……って、なんだ、その格好!?」


コランがイリアの姿を見て、衝撃に固まる。

イリアのドレスは、エメラを意識して対抗したのか、黒のロングドレス。

肩から胸元まで曝け出していて、かなり際どい。

元々スタイルが良いアイリの豊満なそれを、収まりきれていない。

その胸元には今日も当然、赤い宝石の婚約ペンダント。

そしてスリットから見える太股がさらに際どく、大人の色気を放っている。


「すげぇ気合い入ってるな」

「色仕掛けなんだから、当然でしょ」


コランは、イリアという人格の存在を知らない。

イリアの口調を聞いても『アイリは気合いが入ってる』としか思わなかった。

その時、コランが会場の出入り口の扉を見て気付いた。


「アイリ。来たぞ、ディアだ」


コランは小声でイリアに伝える。

イリアはスッと真顔になり、その鋭い視線をコランの示した方向に移す。

ディアは魔王に対抗するかのような黒衣とマントで、一国の王らしい出で立ちだ。

その隣には、イリアに対抗するかのように黒のドレスを纏った女性がいる。

その胸元には、青い宝石のペンダント。

コランは、その女性に見覚えがない。


「ディアの隣の女性、あれ誰だ?」

「あれがエメラよ」

「え、あいつが?なんで一緒に来るんだよ、マズくないか」

「全然。むしろ好都合だわ」


招待したのはディアだけだが、エメラも用心深い。

罠かもしれないパーティーに、ディア一人を行かせるような事はしない。

それもイリアの想定範囲内で、余裕は崩れない。


「アタシはディアと二人きりになるから、アンタはエメラを足止めして」

「え!?足止めって、どうすんだよ!?」

「しっ!来るわよ」


前方から、ディアとエメラが歩いて近付いてくる。

数メートル手前の距離になった所でエメラは立ち止まり、ディアだけが歩を進める。

コランの正面まで来ると、ディアは一礼した。


「コラン王。この度はご招待頂き、ありがたく存じます」

「あ、お、おう!よく来たな、ディア……じゃなかった、アディ王!!」


しどろもどろで頼りないコランを、隣のイリアがジト目で見ている。

アディの丁寧な言葉遣いと所作は、いつものディアと変わりない印象だ。

だが記憶を封印されているため、コランに対しても初対面のように話してくる。

アディから『コラン王』と呼ばれて、悪い気はしないコランであった。

次に、アディはイリアの正面に立って一礼する。


「アイリ王女。先日のご無礼、何卒お許し願いたい」

「ふん、礼儀は弁えているようね」


他人行儀なアディの謝罪に、イリアは素っ気なく返した。

ご機嫌取り、社交辞令なのは見え見えだ。

アイリとディアが向かい合ったチャンスを逃すまいと、コランが動き出す。

ディアを通り過ぎ、後方で待機しているエメラの正面に立つ。


「エメラ殿!!」


王妃でもないエメラを何と呼べば良いのか分からず、コランは思いつきで呼んだ。

アイリとディアの様子が見えないように、エメラの視界を遮るように堂々と立つ。

エメラはキョトンとした顔でコランを見下ろしている。

長身のエメラは、高校生くらいの体格のコランを見下ろす形になってしまう。


「王子様。わたくしに御用でしょうか?」

「そうだ!えっと……オレは、お前と、二人きりになりたい!!」

「……はい?」


コランはエメラの気を引こうと必死だが、これではまるで口説いているようだ。


「大事な話がある、だからオレの部屋に来い!」

「まぁ王子様ったら、大胆ですのね。えぇ、喜んで」


エメラはコランに異性としての興味はない。

だが、ここで気に入られておけば、魔獣界の独立の交渉がしやすくなる。

子供っぽく無邪気な少年に誘われたところで、大した警戒もしない。

コランとエメラが揃って会場の外へと出ていくのを横目で見たイリアは、ニヤリと笑う。

ここからは、イリアの演技の腕の見せどころだ。


「あっ、なんか突然、目眩が……」


イリアはフラフラと体を大きく左右に揺らし、床に座り込んだ。

アディも心配そうに屈み込む。


「アイリ王女、大丈夫ですか?」

「うーん、無理、立てない。悪いけど、アタシの部屋まで運んで?」

「分かりました」


アディは嫌な顔ひとつせずに、イリアを抱きかかえた。

堂々と『お姫様抱っこ』である。

アディに抱かれたイリアは、心でペロッと舌を出した。

思った通りだ。記憶がないだけで、優しく人を気遣う本質はディアと同じ。

そうなれば、イリアの思う壺。


(アディを手懐けるなんて簡単ね)


アディはイリアを抱えたまま会場を出る。

これから『悪魔の調教』が待ち構えているとは知らずに。

自らの足で、『地獄』……いや、『極楽』へと向かって。



アイリの部屋へと向かう途中、アディは不思議な感覚に襲われた。

少し前にも、こんな風にアイリを抱きかかえた事があるような……?

記憶になくても体が、感覚が、感触が、確かに覚えているのだ。

アイリの体温と温もりが、なぜか心地よく感じる。

それは『調教』という名の『愛』の、確かな成果を示していた。



その頃、エメラを自室へと案内するコランは、緊張で汗だくであった。


(どうする?部屋に行って、二人で何を話せばいいんだ!?)


後先考えずにエメラを誘ったので、その先の事は考えていない。

アドリブには弱いコランだが、アイリのために時間稼ぎをしようと必死だ。

エメラを連れて長い廊下を歩いていた、その時。

前方から誰かが歩いてきた。

それは運の悪い事にコランが今、一番会ってはいけない人物である。


「あれ?コランくん、パーティーはどうしたの?」

「うぉっ……ま、真菜!!」


その人物とは、コランの恋人であり将来の妃、真菜。

真菜は作戦を知っているものの、パーティーには参加していない。

アイリの側近という立場上、裏方で今日のアイリの執務を代行していたのだ。

ちなみにレイトも同様で、今日はコランの執務を代行している。


「え、えっとだなぁ……その……」


エメラを足止めするという作戦は急遽決まったので、真菜は事情を知らない。

今、ここで事情を話せないし、変な答えを言えば真菜が勘違いをする。

すると、エメラが笑顔で横から勝手に口を出してきた。


「王子様に、お部屋に誘われたんですのよ」


会話が途切れて、しーんとなる廊下。

褐色肌のコランの顔色は顔面蒼白になり、恐ろしくて真菜の顔を直視できない。

だが、真菜は何故か笑顔だ。


「ふぅん……そぉですか。私は春野はるの真菜まなです。コランくんの婚約者、こん、やく、しゃ!!です、一応」


エメラに向かって自己紹介をするが、目は笑っていない。

今まで真菜が、ここまで『婚約者』を主張した事はない。

嬉しい気持ちよりも、今は恐怖で震えるコラン。

するとエメラも一礼する。


「わたくしはエメラと申しますわ。アディ様の婚約者です」


それを聞いた真菜の表情が一変し、緊張が走る。


(この人が、例のエメラさん!?)


だが、その衝撃も一瞬の事で、すぐに思考が切り替わる。


婚約者がいる者どうしで密会だなんて、いい度胸してるじゃない……。

ふぅん。コランくんって、こういう大人の女性が好みなんだ……。


冷静になれば、エメラを誘ったのはコランの作戦だと気付きそうではある。

だが今の真菜は、冷静さを欠くほどに感情に流されている。


「私も一緒に部屋に行って話を聞こうじゃない。行きましょう、コランくん」

「ハイ……」


もはや代理魔王の威厳の欠片もない。

この3人で部屋で談話って、どんな修羅場のシーンだろうか。

浮気現場を発見され言い訳する男と、それを問い詰める女でしかない。

コランもまた、自らの足で文字通り『地獄』へと足を踏み入れるのであった。



イリアの案内で辿り着いた部屋にアディは入る。

そのまま進んで、ベッドの上に優しくイリアの体を寝かせる。


「ん、ありがとぉ……」


イリアは寝ながら腰を捻り、スリットから太股を露わにして色気全開だ。

すでに『色仕掛け』は始まっている。

だがアディが気になるのは、この部屋だ。

王女の部屋にしては狭く質素で飾り気もなく、女性の部屋らしくない。

それに、なんとなく……見覚えがあるのだ。


「あら、気付いた?ここ、アタシの部屋じゃないの。ディアの部屋よ」

「……アイリ王女。貴方は一体……」

「それも違うのよね。アタシは『イリア』よ」

「貴様、アイリ王女ではないのか!?」


アディが警戒して身を引こうとした瞬間、イリアが勢いよく起き上がった。

そして勢いのままアディの首に両腕を絡ませ、自分ごとベッドに倒した。


「ディア、つーかまえたっ!!」


必然的に、アディはイリアに覆いかぶさる体勢になる。


「貴様っ……何を……」

「ふふ、ここはアタシたちの愛の巣。何度も愛してくれたわよね、ディア」

「そのような記憶はない!それに、その名で呼ぶな」

「名前なんて関係ないのよね」


例え名を変えようが、記憶を失おうが……

『愛』と『契約』と『調教』の前では無意味なのだ。

何故なら、それらは『魂』に働きかけて縛る鎖であるから。

ディアという魂は、もう決してイリアの愛から逃れられない。

アディとなった今でも、ディアはイリアの命令を決して拒めない。


「ディア、命令よ。アタシを愛しなさい」


意思に反して、アディは何も口答えができなくなる。

動かないアディに代わって、イリアはアディのマントを結ぶ紐を解いていく。

……その微笑みは、悪魔というよりは、獲物を狙う野獣。

やがて身軽になったアディの上半身に手を這わせる。


「ほら、ディア。アタシは無防備よ。来て」


イリアが際どく見せている豊満な胸が呼吸をする度に艶かしく動き、アディの理性に迫る。

イリアの金色の瞳と白い肌と、その胸元で光る赤い宝石のペンダント。

それらの色はアディの本能を刺激して、何を思うよりも先に体が反応を示す。

まるで放心したように、アディの方から唇を近付けていく。

唇が触れ合う、その直前。

イリアの瞳の色が、金の輝きから落ち着いた栗色へと変わる。

アイリの人格に戻ったのだ。


「ディア……愛してる」


その一言だけで、アディの中で何かが目覚めた。


「アイリ……様……」


アディとイリアであった者が、ディアとアイリに変わった時。

ようやく、二人の心と体は重なる。



その頃、コランの部屋では。

もう1つの修羅場が繰り広げられていた。

広いコランの自室で、フワフワの高級絨毯に座る3人。

コランと真菜が並んで、エメラと向かい合う形だ。


「それで、コランくん。エメラさんに何の用があるのかしら」


真菜の冷たい眼差しと言葉がコランに突き刺さる。

用などない。でも本当の事も言えない。

コランは、このピンチを切り抜ける事ができるのだろうか。


「わたくしは、王子様にお誘い頂いただけですわ」


ちゃっかりエメラが責任逃れをする。これでコランが全責任を負う事になる。


「ふーん、コランくんが一方的に誘ったってことね」

「ち、違うんだ、真菜!合ってるけど、違うんだ!」


言い訳の下手なコランは、どんどん追い込まれていく。

その時、エメラの胸元のペンダントの青い宝石が光り出した。

突然、視界に入った青い光に驚いたコランと真菜は、エメラに注目する。

エメラは咄嗟にペンダントを握りしめて、それを隠した。


(これは……アディ様が……!?)


エメラはどういう訳か、急に視線を泳がせて落ち着かなくなった。

そして何かに気付いた真菜が、隣のコランに耳打ちで伝える。


「あの光から、ディア先生の力を感じたわ」

「どういう事だ?」


何も掴めていないコランは、さらに問いかける。

真菜には魔力を読み取る能力があるので、気付く事ができたのだ。


「多分、あの宝石にディア先生の記憶が封印されてる」

「なんだって……」


耳打ちなので大声で驚きはしないが、真菜の発見はお手柄だ。

エメラのあのペンダントは、アディからの婚約の証ではない。

ディアの記憶を封印した宝石を身に着けているだけなのだ。

そして、その宝石が光を放っているという事は……

ディアの記憶が解放されようとしているのだ。


「アディ様っ……!」


エメラが突然立ち上がり、どこか虚空を見つめてアディの名を呼ぶ。

そして衝動に動かされるように駆け出して、部屋の外へと飛び出していく。


「コランくん、追った方がいいんじゃない!?」

「あぁ、そうだな。でも大丈夫だ」


ディアの記憶が戻りそうだという事は、アイリが上手くやったのだろう。

だとしたら今は二人きりで、どこかの部屋にいるはず。

それを知らないエメラが、ディアを簡単に見付けられるはずがない。

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