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第10話『アイリの決意と、コランの作戦』

アイリは夢を見ていた。

夢の中で『もう一人の自分』と向かい合っていた。

目の前に立つのは、アイリ自身の姿……だけど、何かが違う。

瞳の色がディアのような金色で、偉そうな態度で腕を組んでいる。

あぁ、彼女がもう一人の私、『イリア』なんだと直感で認識できた。


「ちょっと、何してんのよ、アイリ。早く目ぇ覚ましなさいよ」


威圧的に迫ってくるイリアに、アイリは力なく返す。


「起きたくない。目が覚めなくていい……起きても、もうディアはいないんだもん……」


「バカ!!」


子供のようにぐずり出したアイリに、イリアは一喝する。


「アンタ、あの時のディアの言葉、聞いてた!?ディアの何を見てたの!?」

「……え?ディアは、エメラさんを婚約者って……」


その言葉を思い出して、アイリは目に涙をいっぱい浮かべた。

それなのに、なぜイリアは気丈でいられるのか不思議に思った。

今のイリアには、怒りも悲しみもない。ただ強く前を向いている。


「それよ。ディアのその言葉には、愛も感情も全く感じなかった」

「え……どういう意味なの?」

「ディアは、あの女を愛してない。繁殖のための動物としか見てないって証拠よ。いい気味だわ」

「えぇ……なにそれ」


さすがのアイリも、その表現は気の毒に思って引いてしまった。

今のディアは、人として生きた期間の記憶を封印されている。

本能のままに生きる魔獣のディアが、エメラをそのように見て扱うのは当然だろう。

そしてエメラもまた、本能のままに生きる野生の魔獣。

例え、そこにエメラの愛があったとしても……自然の摂理でしかないのだ。


「ディアの愛はアタシたちだけのものよ。その証拠はアンタの身体に宿ってるでしょ」

「えっ……!?あっ!!」


それを思い出したアイリは、反射的に腹部に両手を添えた。

確かに、この身体にディアとの愛の結晶が宿っているのだ。

……なぜか、実体はないけれど。

それでも、自身の中に宿った『もう1つの生命』が、とても大きな力と勇気を与えてくれる。


「これって本当に懐妊なのかな?それにイリア、あなたは何者なの?これから私、どうしたら……」


アイリが次々と質問を重ねていく。

イリアは唇の前で人差し指を立てて『ナイショ』のポーズをした。


「まだ、ナイショ。とりあえず起きなさい」


その言葉と同時にイリアの姿が消えていく。

目の前が真っ白な空間で埋め尽くされたと思った、次の瞬間。



アイリは目覚めた。



アイリが目を覚ますと、そこは自室のベッドだった。

側に付き添っていた担当医の医師の女性が、アイリの目覚めに気付いた。


「アイリ様、お目覚めになりましたか!すぐにコラン様をお呼び致しますね」


医師は興奮気味に言うと、早足で部屋を出て行った。

一人になったアイリは、ぼーっとした意識の中で、夢の中でのイリアを思い出していた。

そして……ディアの事を思って、再び涙が込み上げそうになった時。


バァン!!


乱暴に扉を開けて入ってきたのは、コランだ。

同時に、彼のいつもの大声が部屋に響き渡る。


「アイリ、起きたか〜〜!!」


コランはベッドの前まで近寄ると、心配そうにアイリの顔を覗き込む。


「心配したぞ!!アイリお前、丸一日眠り続けてたんだぞ!もう大丈夫か?」

「そうだったの?ごめんね、お兄ちゃん」


大丈夫とは言い切れないが、イリアのおかげもあって心は折れていない。

するとコランは急に深刻な表情になった。


「話はレイトから聞いたぞ。……大変だったな」


コランなりにアイリを気遣って言葉が少なめだ。

コランだって、家族同然のディアに関してショックなのは間違いない。

代理魔王となってから気丈に振る舞うコランは、自身よりもアイリを心配する。

いつもらしくないコランを見ていると、アイリの方が胸が苦しくなる。


「お兄ちゃん、大丈夫。私、ディアを取り戻すから」


強気に断言したアイリを見て、逆にコランの赤い瞳が涙で潤んでくる。


「アイリ、お前、強くなったな……!!」

「ふふ、お兄ちゃんもね」


自然と出たアイリの笑顔に、コランはホッとする。


「とりあえず、今日は休め」

「うん。でも明日からは私も普通にするよ」

「そうか?一人じゃ大変だから、ディアが帰ってくるまでの代任の側近を手配しとくな!」

「ありがとう、お兄ちゃん」


本音を言えば、ディアの代わりなんて誰にも務まらないという複雑な思いだ。

だが一人では心細いのも確かだし、コランの配慮を無駄にはしたくない。



そうしてアイリは、その日は自室のベッドで過ごし、夕方ごろ。

部屋の扉が数回、軽くノックされた。

コランだったら前触れもなく乱暴に扉を開けるので、誰が来たのかは予想できない。

ベッドに寝ながら扉の方を見ていると、そーっと少し扉が開いた。

その隙間から顔を出した人物。


「アイリちゃん、具合は大丈夫?」

「真菜ちゃんっ!!」


部屋に入ってきたのは、親友の真菜だ。

一気に気持ちが上がったアイリは身を起こして、真菜を歓迎する。


「真菜ちゃん、お見舞いに来てくれたの?」

「うん。それもあるけど……」


真菜はアイリのベッドの前に立って、ビシッと敬礼のポーズをする。


「私が、アイリちゃんの側近・春野はるの真菜まなです!」

「えぇ!?」


真菜は、わざとらしくフルネームを名乗った。

真菜の母親は人間なので、それが正式なフルネームなのだ。

まさか、コランが手配したディアの代任の側近が、真菜だとは……。

真菜は自分で堂々と名乗った割には恥ずかしそうにしている。


「なんちゃって……私じゃダメかな……」

「ううん!!すっごく嬉しいよ!よろしくね、真菜ちゃん」


元・同級生でもある真菜は、親友であり理解者。心強い味方だ。

だが真菜は、コランの未来の側近を目指して、魔界の専門学校に通っているはず。


「でも、学校は大丈夫なの?」

「今、ちょうど夏休みだし、ディア先生が帰ってくるまでの短期間だから大丈夫」


ディアがすぐに帰ってくるという願いの込もった真菜の言葉に、胸が熱くなる。

そしてコランも、レイトも。

みんなの支えがあれば、明日からも頑張れる気がしてきた。



真菜は、側近を務める間は城に住み込みになる。

今夜はアイリのベッドで一緒に寝ることにした。



就寝前になると、パジャマ姿のアイリと真菜はベッドの上で、はしゃぎ始めた。


「真菜ちゃん、枕投げしよう〜!えいっ!」

「わっ!もう、アイリちゃんったら……なんか修学旅行みたい」

「ふふ、本当だね」


アイリは、すっかり元気になったように見えるが、真菜は心配だった。

アイリは空元気で、自分を鼓舞しているように見えたからだ。

それから部屋の明かりを消して、二人は同じベッド、同じ布団で並んで寝る。

静かになった暗闇の中で、しばらくすると真菜は気付いた。

……アイリが震えている事に。泣いているのだろう。

真菜は、震えるアイリを包み込むように抱きしめた。


「真菜ちゃん……ディア、帰ってくるかな……」

「アイリちゃん、大丈夫。大丈夫だから。絶対に帰ってくるよ」


それは根拠のない励ましではない。真菜には確信があって言っている。

今になって不安と悲しみに襲われたアイリは、流れる涙を止めることができない。


「エメラさんはディアと同じ魔獣だし、私よりも大人だし……勝てるかな……」


自分とエメラを比べてしまい、急に弱気な発言をするアイリ。

今、ここにイリアがいたら一喝していたに違いない。

そしてアイリが一番、恐れている不安を口にする。


「今ごろ、ディアは……エメラさんと夜を過ごして……」

「アイリちゃん!!」


アイリが言い終わる前に、真菜が声を上げて制止する。

真菜はアイリの両肩をグッと掴んで言い聞かせる。


「大丈夫。アイリちゃんのペンダントから、今もディア先生の強い愛を感じるから」

「……本当?」

「うん。私の能力を、ディア先生を信じて」


真菜の力強い言葉にアイリは頷く。

嘘でも偽りでもない。真菜には魔力を感じ取る能力がある。

ペンダントに込められた、ディアの愛という名の魔力を確かに感じ取っている。

そんな真菜が言うのだから、間違いない。

ディアを信じると言ったのに、信じられなくなっていたのは彼ではなく、自分自身。

強く、堂々と自信に満ち溢れたイリアを、今は羨ましく思う。


……今夜だけは、思いっきり泣こう。

……そうしたら、明日からは前を向こう。


アイリは心に誓って、真菜と共に静かな夜を過ごした。





次の日、緊急会議が開かれた。

場所はいつもの会議室、そしてメンバーも以前と似た感じだ。

アイリと真菜、コランとレイト。

つまり、『王子と王女、その側近』の4人だけの会議。

全員が元・同級生の仲良しメンバーなので、会議というよりは同窓会のようだ。

代理魔王のコランが中心となって会議を進める。


「今日の議題は、ディアを取り戻す方法だ」


全員がコランに注目して、同時に頷く。

ディアを取り戻す、つまり封印されたディアの記憶を取り戻す方法だ。

まずレイトが意見を述べる。


「封印はエメラさんしか解けないなら、他の方法で『思い出させる』しかないよね」

「うーん、頭を殴る、とかか?」

「お兄ちゃん、それはやめて……」


無邪気で悪意はないだけに、コランの意見は怖い。

するとアイリの隣で黙っていた真菜が、ぼそっと一言呟いた。


「やっぱり、アイリちゃんの愛が鍵だと思う」


しん、と静まり返る会議室。

何故か全員、口を開けて頬を赤くしている……気がする。

理屈ではなく愛での解決を語るロマンチストな真菜に、誰もが目から鱗だ。

真菜は全員の顔を見回して慌てる。


「え?私、なんか変なこと言った!?」

「いや、真菜。それだ!よし、思い付いたぞ!!」


コランは何を思い付いたのか、突然立ち上がった。

そしてやっぱり、まずは例の前置きを言う。


「これから、魔王であるオレの意見を述べる」

「……『代理』魔王でしょ」

「レイト、うるさいぞ!」


少し前にも全く同じシーンを見た気がする……とアイリは思った。

コホンと咳払いをして、コランは改めて発言をする。


「ディアを迎えに行くんじゃない。今度は逆に招待するんだ」


「……は?」


3人揃って、同じ声が出てしまった。

コランの意図が全く読めない。

コランの彼女の真菜でさえ、それを通訳できずに戸惑っている。


「ちょっと待ってよ、コランくん。招待しても、喜んで来るとは思えないけど」


真菜の言う通り、エメラは魔王を憎んでいるし、アディも魔王を忌まわしく思っている。

コランは自信満々で自分の提案を語り続ける。


「今の魔獣界は魔界の一部だけど、いずれ独立したいはずだろ?それには、全ての世界の承認が必要だ」


新たな独立世界として正式に認められるには、条件がある。

魔界、天界、死神界など、全ての異世界の王から承認を得る必要があるのだ。

そして代理であっても、今の魔界の王はコランだ。

エメラは、コランが魔王である期間中に承認を得ようとするだろう。

何故なら、エメラは魔王オランを憎んでいるし、王子コランの方が扱いやすいからだ。

魔獣界の運命をコランが握っていると言っても過言ではない。

これを武器にするのだ。


「だから、魔獣界はオレからの招待や接待は絶対に断れない。そうだろ?」


そう。魔獣界は独立するまで、決してコランの機嫌を損ねるような事はできない。


「まぁ、それでもオレは絶対に承認しないけどな!ふっふっ」


あの無邪気で子供っぽいコランが、まるで策士のように見えてくる口ぶりだ。

あまりに完璧なコランの策に驚いた3人は、感嘆の声を上げる。


「お兄ちゃん、すごい……さすが……」

「王子……どうしたの?まさか王子まで別人格なの?」

「コランくん、ちょっと怖い……」


アイリ以外は褒めていない。

そんなアイリは、コランに作戦の続きを催促する。


「それで?ディアをお城に招待して、それから、どうするの?」


ここからが一番肝心なところだ。

ディアの記憶を取り戻す方法。その考えが、コランにはあるのだろうか。


「その後は、アレだ!アイリの『えろ仕掛け』でディアの記憶を……」

「色仕掛けでしょ。いや色仕掛けも、どうかと思うよ」


あながち間違いでもないコランのボケに対し、レイトは脱力してツッコミを入れる。

コランとしてはボケでもなんでもなく大真面目なのだが、真菜もズッコケた。

しかし何故か、アイリだけは感心して真剣に考えだした。


「色仕掛け……うん、色仕掛けかぁ……いいかも」

「えぇ!?アイリちゃん、やる気満々!?」


さすがに驚いた真菜がツッコんだ。

アイリは見た目は少女だが、スタイルは抜群なので効果は期待できる……かもしれない。

アイリは独り言のようにブツブツと呟いている。


「ディアに記憶がなくても、体が覚えてるかも……体は正直……」

「ねぇ、ちょっとアイリちゃん!?大丈夫!?今、すっごく恥ずかしいこと言ってるよ!?」


聞いてる真菜の方が恥ずかしくなって顔を真っ赤にしている。

そこで、冷静なレイトがコランに確認して作戦を煮詰めていく。


「それで、ディア先生を招待する名目はどうするの?」

「うーん……城でパーティーとか、どうだ?」

「急に意味なくパーティー開くのは不自然だよ」

「じゃあ、オレの誕生日パーティーでいいか!うん、それだ!決まり!」


今まで一度もコランの誕生日パーティーなど開いた事はないのだが……。

まぁ、代理魔王の権限で、今年はアリだろう。

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