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第8話『コランの決断と、ディアの決意』

次の日、アイリの要望で会議が開かれた。

とは言っても、アイリとディア、コランとレイトの4人だけ。

つまり王子と王女と、その側近だけの会議だ。


広い会議室の長机に、アイリとディアが並んで座る。

その向かい側の席に、コランとレイトが並んで座る。


ふと、レイトがアイリの顔を見つめる。

アイリは昨晩の事など何事もなかったような顔をしている。


「え?なに、レイトくん。どうしたの?」

「あ、いや、何でもないよ」


その様子を見てレイトは、アイリ自身はイリアという別人格に気付いていないのだと分析した。

そして、コランの一言で会議は始まる。


「それで、アイリ。オレたちに話したい事ってなんだよ?」


アイリは決意したように顔を上げて、思い切って口を開いた。

まずは昨日、アイリが魔獣に間違われて密猟者に捕まった事を話した。

するとディアが恥ずかしそうな、申し訳なさそうな複雑な表情でアイリに謝罪してきた。


「その……申し訳、ありません」


自分がアイリに贈ったペンダントの愛と魔力が強すぎた事が原因だと思ったからだ。

だが、もちろん誰もディアのせいだとは思っていないし、愛の強さは否定しない。

……なんだかノロケ話のようになってしまった。

コランが疑問に思ったのは、密猟者の方だ。


「なんか最近、密猟者が多いよな。なんで急に増えたんだ?」


頼りないコランに代わって、隣のレイトが遠回しに答えを口にする。


「魔王サマが不在で、王子が代理魔王になったからだろうね」

「え、なんで?どういう事だよ?」

「王子は見た目も言動も子供っぽいから、ナメられてるんだよ」

「えぇ〜〜!?なんだよそれ!オレ、見た目は大人っぽいぞ!!」


言動は子供っぽいと認めるのか……と、誰もが脳内でツッコんだ。

そして、見た目も高校生くらいなので、全く説得力がない。

……と、少し和んだところで、ここからが本題だ。

アイリは、魔獣界とエメラの目的について話した。

エメラが提示してきた『ディアを引き渡すか』『戦争か』の二択の決断だ。


「これは魔界にとって重要だし、私一人じゃ決められないから……」


そう言いながら、アイリは心配そうに隣の席のディアに視線を送る。

そう……誰よりも衝撃を受けて、事態を重く受け止めているのはディアなのだ。

ディアは瞬きも忘れて、どこか一点を見つめて深く考え込んでいる。

すると突然、コランが立ち上がって、机に両手を突いて身を乗り出した。


「これから、魔王であるオレの意見を述べる」


そう言ったコランの顔は真剣そのもので、普段の無邪気な子供っぽさは微塵も感じさせない。

まさに魔王の風格を見せていた。


「……『代理』魔王でしょ」

「レイト、うるさいぞ!」


こんな空気でも横からツッコミを入れてくるレイトに、コランもいつもの調子で言い返してしまう。

コホンと咳払いをして、コランは改めて発言をする。


「ディアは渡さない。戦争もしない。魔獣界が攻めてきたら、それは侵略だ。全力で防衛する」


コランの答えは、エメラが提示してきた二択の、どちらも選ばないものだった。

しかし、その答えはアイリが一番望んでいた答えでもある。

さらにコランは続ける。


「だって別に、エメラってヤツの二択に囚われる必要はないだろ?」


その場の誰もが、コランの堂々たる姿と言葉に注目する。


「オレたちが魔界を、魔獣が結界に頼らなくても安全に暮らせる世界にしていけばいい話じゃん」


いつもの子供っぽい口調に戻ってはいるが、そこには誰もが頷ける強い力がある。

選択肢は2つだけじゃない。可能性は無限にあると、前向きな希望を感じさせる。

それを聞いたアイリとレイトから感嘆の声が上がる。


「うん。そうだよね、さすがお兄ちゃんだよ。私も賛成する」

「王子も、たまにはいい事言うよね。感心したよ」

「おい!レイト、一言余計だぞ!」


しかし、ディアだけは口を閉ざしたままだ。

そんなディアに向かって、コランは堂々と命じる。


「ディアも魔獣界の事は気にするな。普段通りにしてろ。それでいいだろ、な?」


気にするなというのは無茶ぶりだが、強引なコランの押しにディアは頭を下げる。

ディアはコランとも絶対服従の契約を結んでいるのだ。


「はい、コラン様。承知致しました」


だが、その同意の言葉は……どこか重く感じられた。

魔界を、魔獣も安心して暮らせる世界にしていく。

言葉で言っても、それは簡単な事ではない。

実際、それが出来ないから、何百年も魔獣界は結界の中に隠されているのだ。



会議が終わると、公務で忙しいコランとレイトは早々に会議室から出ていく。

アイリは昨日からの不安と緊張から解放されて、フウっと息をついた。

ゆっくりと椅子から立ち上がろうとすると、隣のディアが先に立ってアイリに片手を差し出した。


「今から少しだけ、私の部屋に来て頂けないでしょうか」

「え?うん、いいけど……」


アイリは不思議に思いながらも、ディアの手を取って立ち上がる。

真面目なディアは、いつもならすぐに執務の準備に取り掛かる。

それなのに昼間から自室に誘うとは、どんな意味があるのだろうか。


(まだお昼前なのに、ディアったら、もしかして……)


そんな妄想と期待まで膨らませているアイリは、すっかり気が緩んでいた。

……事態は、思っている以上に深刻なのに。




会議室を出た二人はディアの部屋へと向かう。

真面目なディアらしく、ベッドと机があるくらいで飾り気のない簡素な部屋。

アイリは何度、この部屋でディアと共に夜を過ごしただろうか。

そんな部屋でディアはアイリと向かい合う。


「アイリ様。私は魔獣界に行きます」


突然、ディアの口から語られた決意は衝撃的な一言だった。

それの意図を聞く前に、アイリは昂る感情を一気にぶつける。


「なんで!?そんなのダメだよ、お兄ちゃんだって言ってたでしょ!?」


しかし、コランは『気にするな』とは言ったが『行くな』とは言っていない。

誰も、ディアを命令で縛るような事はしないのだ。

ディアはすでに心を決めていたのか、その視線は真直ぐで迷いはない。


「これは私自身の考えです。私が魔獣界に行けば、魔界が攻められる事はありません」


先ほどの会議では、コランの考えやアイリの気持ちによって結論が出された。

だが、ディアは一度も自分の気持ち、感情、考えを述べていない。

誰もが……ディアの心に目を向けていなかった。

感情的になっているアイリには、そんなディアの心を汲む余裕すらない。


「だからって魔獣界に、エメラさんの所に行くの!?私は……どうなるの!?」

「アイリ様、そうでは……」

「婚約は!?結婚は!?ディアは、私よりもエメラさんを選ぶのっ!?」


アイリは目に涙をいっぱい浮かべて、ただ感情のままに叫ぶ。

まるで、魔界の平和と自分を天秤にかけられたようで。

王女である前に一人の女性であるアイリは、魔界の平和よりも何よりもディアを選ぶ。


「そうではありません!!」


言葉足らずの自分を悔やみ、ディアは悲痛な面持ちでアイリの両肩を掴む。


「私は決着を付けに行きます。貴方様との未来のために」

「え、じゃあ……」

「はい。必ず帰ってきます。お約束致します」


驚きに目を見開いたアイリの瞳から涙が零れ落ちる。

ディアはアイリの頬に伝う涙を指で拭うと、その小さな肩を引き寄せる。

言葉よりも温もりで確かめ合うように、重なり合う唇。

それは約束という名の、愛という名の……契約の証。


「ディア、信じてる……」


……もし『命令』だと言えば、ディアは行かないでくれるのだろうか。

……でも、そんな言葉でディアを縛りたくはない。


ディアが最後に、アイリに告げた言葉。



「もし、私が戻らなければ、その時は……」





その日の深夜。

ディアは一人で魔獣界の存在する森へと向かった。

野生の魔獣であった過去、魔獣界、そしてエメラと決着を付けるために。

そうしなければ、先には進めない。

全ては、アイリと共に生きる未来を手に入れるために。




ディアの出発を見送った後。

アイリはディアの部屋の床に座り、ベッドに上半身だけを伏せていた。

ディアの事は信じているが、やはり不安で心配で、心が押し潰されそうなのだ。

そんな、長く孤独な時間を過ごしていた、その時。

アイリの脳裏にまた、あの少女の『声』が響いた。


『あ〜あ、なんで行かせちゃうのよ』


その声に気付いたアイリは、ベッドに埋めていた顔を一気に起こした。


「え!?また、この声……誰なの?」


アイリの声だけが、誰もいない空虚な部屋に響く。

アイリに宿る何者かの存在が直接、脳内で呼びかけているのだ。


『だから、ディアをあの女に取られちゃうのよ』


「あの女?エメラさんの事?あなたは一体、誰なの……?」


『アタシはイリア。もう一人のアンタよ』


「イリア?もう一人の、私……?」


アイリは『イリア』という名前に聞き覚えがあった。

寝起きのディアは何故かアイリの事を、その名で呼ぶ時がある。

と、いう事は、たまに深夜の記憶がなくなるのは……

そこまで予想した所で、イリアの強い口調がアイリの思考回路を塞ぐ。


『やっぱり、アンタには任せておけない』


その一言を最後に、イリアの言葉は聞こえなくなった。

いくらアイリが呼びかけてもイリアは反応しない。


(イリアって何者なの?何をする気なの……?)


不安に駆られながら、アイリは無意識にペンダントの赤い宝石を握りしめていた。



その頃のディアは、城下町の外れの森に到着していた。


魔獣界の入り口が森のどこにあるかなんて、正確には分からない。

だが、ここに来れば向こうから招待しに来るだろうという確信があった。

人の姿のまま、ディアは森の中を歩き続ける。

すると案の定、視線の先、木々の暗がりの中から『彼女』の姿が現れた。


「お待ちしておりました、ディア様」


エメラはディアの魔力と気配を察知して、いち早く彼を迎えに来た。

ディアにとっても、それは望むところだ。


「最初から魔界を攻撃するつもりなど無かったのでしょう?」

「そうですわね。あれは脅しですわ」


悪びれもなくエメラは微笑む。


「ご案内致しますわ。どうぞ、こちらへ」


エメラの魔法によって結界の一部が解かれ、魔獣界への入り口が開かれる。

二人はそのまま、魔獣界へと足を踏み入れる。

そこに広がる光景、夜の魔獣界の城下町は人通りもなく静まり返っている。

その道を真直ぐ通り抜けて、その先にある城へとディアを導く。

ディアは終始無言で、先導するエメラの後ろに続いて歩く。


城に入ると、案内された大広間は『玉座の間』だ。

王が座るべき玉座と、その隣の王妃の椅子、2つが並んでいる。

その壇上で二人はようやく向かい合う。


「こちらが魔獣王ディア様の玉座と、わたくしの椅子になりますわ」


嬉しそうな笑顔で城内を説明するエメラ。

隣の王妃の席に座るのは自分だと、当然の事のように主張する。

何を聞いても全く表情を変えないディアに、エメラは不思議そうにする。


「ディア様の意志で魔獣界にいらしたのでしょう?何かご不満でしょうか」


するとディアは、ようやく口を開く。


「はい。確かに私の意志です。ですが私の望みではありません」

「どういう意味ですの?」


エメラからも笑顔が消える。

そしてディアは強い意志を込めた瞳でエメラに断言する。


「私は魔獣としてなら貴方を愛せます。ですが、人としては愛せません」


もしディアが今も本能だけで生きる野生の魔獣なら、自然とエメラに惹かれたのだろう。

それは同種族の魔獣どうしの種を残すための本能であり、自然の摂理。

だが今のディアには自我があり、人の心を持っている。

それでも、エメラは引かない。


「わたくしは魔獣のディア様も、人のディア様も愛せますわ」

「あなたが愛しているのは私ではありません。魔獣たちと魔獣界です」

「……っ!!」


ディアから突き放すように冷たく返された衝撃に、エメラは言葉を詰まらせる。

だが次には金の瞳を潤ませて、必死に懇願してきたのだ。


「わたくしは昔、ディア様に何度も命を救われたのです。その時からずっと、ずっと貴方様を……!」


エメラにしては珍しく感情的に心を乱している。その瞳と言葉に嘘はない。

数百年前のディアが、まだ野生の魔獣で森に生息していた頃。

ディアは、密猟者や討伐隊の攻撃から何度もエメラを救ったのだ。

……だが、ディアは僅かに眉をひそめて視線を逸らした。


「私には野生の頃の記憶がありません」


エメラの想いを断ち切るかのように放たれた、ディアの一言。

ディアの言葉にも嘘はない。しかしエメラにとって、それは残酷な決め手でもある。


「そう……ですわね。あの憎き魔王が、ディア様の記憶も封印したのですね」


力なく呟くエメラだったが、その次には瞳に猛獣のような野生を宿す。

握りしめた片手を広げると、その手の平には小さな青い宝石が乗せられていた。

その宝石が、ディアを飲み込むほどに激しい光を放つ。


「エメラさん、それは!?一体何を!?」


その膨大な魔力の放出に危機感を察知したディアは、反射的に身構える。

エメラはディアと向かい合いながらも、その激しい憎悪は魔王に向けている。


「それならば、わたくしも同じ方法を取るまで、ですわ」





この時のエメラは、ディアへの愛、種の存続、魔獣界の保護、それよりも……

エメラが本当に成し遂げたい事、それが……

ディアを奪った魔王オランと、王女アイリへの『復讐』に変わっていた。

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