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悪魔の王女と、魔獣の側近
桜咲かな
異世界恋愛人外ラブ
2024年08月01日
公開日
78,040文字
完結
悪魔の王女『アイリ』と、魔獣の側近『ディア』の恋愛物語。

気弱な『アイリ』は、魔王の娘で、悪魔の王女。
奥手な『ディア』は、魔王の側近で、本当の姿は魔獣。
アイリの高校卒業の日、二人は婚約する。

1年間不在の魔王の代わりに、アイリは兄と一緒に魔界を治める事に。
しかし、ディアは希少種の魔獣だと判明し、密猟者に狙われる。
その上、アイリにドSな別人格が現れて、ディアに迫る。
さらに、ディアと同種族の魔獣の女性が現れて、ディアに迫る。

『悪役令嬢』ならぬ『悪魔令嬢』と、側近。
二人が婚約してからの、波乱の日々の物語。

第1話『アイリの卒業と、ディアの求婚』

ここは、悪魔が生きる世界、『魔界』。

普段は魔法で隠しているが、悪魔にはコウモリのような羽根がある。

そして魔界には『魔獣』という生物も生息している。

人間界との違いはそのくらいで、日常は変わらない。


その魔界を統べる悪魔『魔王』と、人間である王妃との間に生まれた、王女アイリ。



季節は春。アイリは魔界の高校を卒業した。

とは言っても、アイリの見た目は入学時と変わらない。

混血とはいえ、数万年も生きる、寿命の長い悪魔の血筋。

人間と違って、見た目と実年齢は一致しない。


卒業式を終えた後、アイリは昇降口を出て、校庭の真ん中に立つ。


「わぁ……桜吹雪……」


栗色のボブヘアを春の風に靡かせながら、アイリは両手を広げて空を仰いだ。

濃紺のブレザー、胸元に赤いリボン、同色のスカート。

制服姿でここに立つのも、今日で最後だ。

広い校庭の真ん中ではあるが、風に乗った花びらが、ピンク色の雪となって降り注ぐ。

そんなアイリのすぐ隣で、優しい笑顔で彼女を見守る若い青年がいた。


「アイリ様。ご卒業、おめでとうございます」


彼は、魔王の側近『ディア』。

淡いブルーグリーンの髪、金色の瞳、色白の肌。

見た目は20歳手前くらい、中性的な美しさを持つ爽やかなイケメン。

濃いグレーの、スーツと軍服を合わせたような独特な服装をしている。

クールで大人しい性格だが、魔王にも臆せず意見するほどの怖いもの知らずな男だ。


魔王の娘でありながら気弱な性格のアイリは、ディアの方を向くと恥ずかしそうに笑った。


「ディアと一緒だから頑張れたんだよ……ありがとう」

「恐れ入ります」


ディアは魔王の側近でありながら、この学校の教師も兼任していた。

そしてアイリは、そんなディアに、ずっと恋をしている。

アイリの世話役でもあるディアは、アイリが生まれた時から城で一緒に過ごしてきた。

家族愛であったものが、いつの頃からか特別な愛情に変わっていたのだ。


「アイリ様がご卒業を迎えられた今日、お伝えしたい事があります」

「……え?」


ディアからは急に笑顔が消えて真剣な面持ちとなり、アイリと向かい合う。

アイリはディアを見上げて、その言葉の続きを待つ。


「今日をもって、私たちの『教師と生徒』という関係も卒業となります」

「え?う、うん……そうだね」


アイリは相槌を打つが、ディアが何を言おうとしているのか分からない。


「これからは、未来の伴侶としてお守りすることをお誓い致します」


そこでようやく、アイリはハッとして口元を両手で覆った。

心が、鼓動が震えて、言葉が返せない。

ディアは片膝を突いて跪くと、内ポケットから細い鎖を取り出した。

銀色の細い金属のチェーンに、小さな赤い宝石のついたペンダント。

ディアは、それを両手に乗せてアイリの目の前に差し出して見せる。


「お受け取り頂けますか?」


アイリは涙を浮かべて、ただ必死に頷いた。


「う……ん。嬉しい。ディア、大好き……」


ようやくディアは微笑んで、正面からアイリの首の後ろに両手を回して、ペンダントをつける。

アイリの胸元で輝く、小さな赤い宝石。


それは、婚約指輪ならぬ、婚約ペンダント。

このペンダントが指輪に変わる、その日までの約束であり、誓いであり、愛の証。

奥手なディアから贈られた卒業記念のプレゼントは、アイリにとって一生の宝物となった。


それからしばらく、校庭で二人だけの世界に浸っていた。

ようやく気が済むと、アイリは頬を赤くして上目遣いでディアに言う。


「じゃあ、そろそろ帰ろう。ディア、お願い」

「承知致しました」


ディアはアイリから離れて一礼すると、数歩下がる。

するとディアの体が発光すると共に、巨大に膨れ上がっていく。

光が収まると、そこには5メートルほどの巨大な犬の魔獣が佇んでいた。

見た目は黒い犬だが、その背にはコウモリのような羽根を生やしている。

この魔獣こそが、ディアの本当の姿なのだ。

アイリは慣れた動作で、その魔獣の背に飛び乗る。


「いいよ、ディア」


背中から聞こえるアイリの声を合図に、魔獣は羽根を羽ばたかせ、空へと舞い上がる。

こうやって、いつもアイリは魔獣の姿のディアの背に乗って、魔界の王宮の城へと帰る。





悪魔と人間との間に生まれた王女、アイリ。

そんな彼女が恋をした相手は、魔王の側近。

しかし彼は、悪魔でも人間でもなく……

『魔獣』だったのだ。



王女アイリと、魔獣ディアの、禁断の恋。

全ては、この『婚約』から始まった。





それから数日後。

アイリは王宮の城の自室に、親友の真菜まなを招いた。

明るい茶髪で、アイリと似たボブヘアの、しっかり者だ。

彼女は悪魔ではなく、母親が人間で、父親が死神。

見た目は人間と変わらないが、魔法が使えるという点では悪魔と同じ。

アイリと真菜は中学・高校と同級生で、一番の仲良しだ。


アイリの部屋は、アンティーク調の豪華な家具に囲まれて、広々としている。

部屋の真ん中に敷かれたフワフワの絨毯に座り、二人は女子トークを始める。

真菜がアイリを見て、まず気付いたのは……


「あれ?アイリちゃん、そのペンダントって?」

「あ、これ?ふふ……実はね……」


アイリは胸元の赤い宝石を指先で触れ、照れながら続きを口にしようとした。

だが、先に真菜が言葉を続けてくる。


「もしかして、ディア先生からプロポーズされたの?」


真菜は、ディアを『先生』と呼ぶ。

ディアは、魔界の高校で『魔法』の授業を担当する教師だったからだ。

しかし、真菜の言葉に驚かされたのは、アイリの方。


「え、えぇっ!?真菜ちゃん、なんで分かるの!?」

「そのペンダントから、ディア先生の魔力を感じるから。良かったね、アイリちゃん。おめでとう」

「あ、ありがとう……」


魔界では、婚約や結婚の際に『愛の証』として、装飾品に魔力を込めて贈る。

一般的には、その魔力が誰のものであるかまでは判別できない。

だが、真菜はペンダントを見ただけで、魔力の主まで見抜いてしまった。

さすが、父親が『最強の死神』と呼ばれているだけある。

そしてディアも『最強の魔獣』と呼ばれているだけある。

宝石に込めた愛という名の魔力が強すぎて、見抜かれてしまうのだから。

それを察した真菜は、身を乗り出してアイリに迫る。


「ディア先生って奥手そうに見えるけど、今はどうなの?」

「う、うん。高校卒業してからは、ディアってば、その……すごいの」

「えぇ!?何それ!?何がすごいの!?そこ、詳しく教えて!?」

「いや〜〜!真菜ちゃん、もう、やめて、恥ずかしいからぁ〜〜!!」


アイリは真っ赤になって、真菜の尋問から逃れようとする。

真菜は普段、どちらかと言えば落ち着いていて、何事にもちょっと冷めている。

そんな真菜が興奮するほどに、アイリとディアの恋の行く末が気になるのだ。

アイリは慌てて話を変えようとする。


「そ、そういう真菜ちゃんは、どうなの!?お兄ちゃんとは……」

「え?コランくん?相変わらずだけど」


『コラン』とはアイリの兄で、魔界の王子。未来の魔王である。

そして真菜は、高校の時からコランと付き合っていて、すでに将来を約束している。

甘々なアイリとディアとは逆に、真菜とコランの関係はピュアでサッパリとしている。


「コランくんが魔王になってから結婚する約束だから、何百年先だか分からないわ」

「じゃあ、真菜ちゃんは、これからどうするの?」

「コランくんを支えるには、まだまだ勉強が必要だし、魔界の専門学校に通おうかなって」


真菜は、コランの妃になる以前に、彼の側近を目指しているのだ。

アイリは、真直ぐ夢に向かって進む真菜を見て感心した。

同級生だったのに、すごく大人っぽく見えるのだ。

……その時。


バァン!!


アイリの部屋の扉が乱暴に開かれた。


「アイリ、真菜!!入るぞ〜〜!!」


許可の返事も待たずに、一人の少年が部屋に入ってきた。

悪魔特有の褐色肌に、紫の髪、赤の瞳。

見た目はアイリ、真菜と同年代で、高校生ほどの少年。

彼こそが、アイリの兄であり、未来の魔王『コラン』である。

コランとアイリは400くらい歳が離れているが、見た目年齢は同じくらいなのだ。

アイリは扉の方を見て叫んだ。


「お兄ちゃん、女子の部屋に勝手に入ってきちゃダメ〜!!」

「え?なんだよ、いいじゃん!アイリはオレの妹だし、真菜はオレの嫁だし!」


コランはイケメンではあるが、底抜けに明るく無邪気で、言動が子供っぽい。

そんなコランを見て、スッと真菜が立ち上がった。どこか冷ややかな目線だ。


「ちょっと、コランくん。私、まだ嫁じゃないけど」

「あ、そっか!じゃあ、オレの『カノジョ』だな!」

「そうだっけ?」

「そうだろ!?オレ達、毎日ラブラブじゃん!!ラブラブファイヤーじゃん!!」

「ちょっと意味分かんない」

「そんな、真菜ぁ〜!!今日も冷めてるな、でも大好きだ!!」

「もう……分かったから」


このカップルの会話は漫才のようになるが、結局はノロケで終わる。

コランの愛情表現はストレートだが、真菜は照れ隠しなのか、いつも冷めた態度で返すのだ。

そんな二人を見て微笑ましくなったアイリは、クスリと笑った。


「それで、お兄ちゃん。何か用なの?」

「ん?あ〜〜そうだ!父ちゃんが大事な話があるから、オレと一緒に部屋まで来いって」

「大事な話?」


アイリは思い当たる節がなくて、首を傾げた。

父ちゃん……つまり『魔王』が、息子と娘に『大事な話』とは、何だろうか。

真菜はアイリとコランの会話から、何か緊迫した空気を感じ取った。


「アイリちゃん、行ってきて。私、ここで待ってるから」

「うん。ごめんね、真菜ちゃん。少し待っててね」


真菜を部屋に残して、アイリとコランは魔王の部屋へと向かった。



魔王の私室では、魔王と王妃が、すでにソファに座って待っていた。

その横には、側近のディアも立っている。


魔王オランは、王子コランを、そのまま20代の大人にした容姿。

王妃アヤメは、王女アイリを、そのまま少しお姉さんにした容姿。


見た目が高校生くらいの子供二人を持つ両親としては若すぎる。

だが、寿命の長い悪魔である魔王は、すでに1万年は生きている。

アヤメは16世紀の日本人だが、禁忌の魔法により17歳の姿から変わらない。


「よぉ、コラン、アイリ。よく来たな。まぁ座れ」


そう言って、魔王は正面のソファに二人を座らせた。

その瞬間、アイリの胸元で光るペンダントが魔王の目に映った。

魔王はニヤリと笑って、ソファの隣に立つディアに視線を送った。


「クク……やるじゃねえか、ディア」


しかしディアは澄ました顔で、それに対しての反応を示さない。

魔王と王妃は、アイリとディアの関係も、コランと真菜の関係も、すでに認めている。


「それで父ちゃん、話って何だよ?」


コランの一言で、魔王は本題へと移る。


「あぁ。オレ様とアヤメは1年間、魔界を不在にする。留守は任せた」


突然の言葉に、アイリもコランも一瞬、呆然とする。


「え!?なんだよ、父ちゃんもお母さんも、どっか行くのか!?」

「そんな、パパもお母さんも、どこ行っちゃうの?」


兄妹揃って、似た反応をする二人であった。

だが魔王は、急に真剣な顔つきになって言い聞かせてくる。


「これは試練だ。1年間、コランが魔王となり、アイリと協力して魔界を治めろ」


魔王は、コランとアイリの高校卒業を機に、将来の予行練習とも言える『試練』を与えるつもりなのだ。

魔界では、同い年が同学年とは限らない。

コランとアイリ、そして真菜は同級生で、一緒に高校を卒業した。

ずっと魔王になる事を目指してきたコランは後先考えずに、やる気満々になる。


「うん、分かったよ父ちゃん!!オレ、立派な魔王になる!!」

「あぁ。1年間は、オレ様との連絡手段は一切ねぇからな。自力で何とかしろよ」

「大丈夫だぜ!なぁ、アイリ、オレたちで頑張ろうぜ!」

「え〜〜大丈夫かなぁ……」


魔王の無茶ぶりに対して、気弱なアイリは不安な返事をする。

別に、魔王と王妃が魔界から離れる必要はないのでは……とも思う。

すると魔王は、口を閉じたまま静かに待機しているディアに命じる。


「ディア。テメエは、アイリの側近として働け」

「はい、魔王サマ。承知致しました」


従順なディアは同意だけを口にして、魔王に一礼した。

しかし、ディアは本来、魔王の側近。魔王となるコランの側近に任命するのが筋のはず。

それに対しては、コランも不思議に思った。


「え?なら、オレの側近は?」

「心配いらねぇ、適任者を手配してある。明日、城に来るぜ」


どうやら魔王が手配したというコランの側近は、外部の者であるらしい。

その時、魔王の隣に座って、ずっと何かのパンフレットを読んでいた王妃アヤメが口を開いた。


「ふふ、異世界巡り、楽しみだなぁ〜ねぇ、オラン?」


アヤメの言葉で、その場の誰もが悟った。

このラブラブ夫婦は、単に二人きりで異世界旅行がしたいだけなのだと……。

寿命の長い悪魔にとっての1年間とは、1ヶ月くらいの感覚なのだ。





その日の夜、就寝前。

アイリとディアは婚約してから、一緒に寝るようになった。

ディアは魔王の城に住み込みなので、アイリが毎晩ディアの部屋に行く形だ。


「1年間も、私たちだけで大丈夫かなぁ……」


アイリはパジャマ姿で、ディアの部屋のベッドの上に寝転がると、天井に向かって呟いた。

すると、すぐ隣に寝間着姿のディアが、静かに座った。


「大丈夫ですよ。魔界の治安は良いですし、異世界とも良好な関係です」


ディアは、アイリの不安を和らげるように、優しく微笑みながら言う。

今の魔界が平和なのは、アイリの父、魔王オランの功績だ。

平和の維持は、簡単な事ではないだろう。


「うん。お兄ちゃんが魔王なら大丈夫だよね。私もディアと一緒なら大丈夫」


アイリは起き上がると、ベッドに座っているディアに抱きつく。

ディアも優しく抱き返してくるが、すぐにそのまま、ベッドに押し倒される形になる。


(わ……きたぁ……)


アイリは心臓を高鳴らせて、至近距離に迫る彼の美しい顔を見返す。


……最近のディアは、ビックリするほどに……攻めてくる。

……夜限定で。


春という季節、そして夜行性の魔獣の本能なのか。

今夜も愛してもらえるという期待と嬉しさに、瞬きも呼吸も忘れる。


(ディア、今夜もカッコいい……好き……大好き……)


普段は奥手なディアが、夜に見せる野獣……もとい、魔獣の本能。

昼と夜との激しいギャップに、アイリの全身が熱くなりゾクゾクと震える。


(ディア、いいよ……好きにして……)


完全にディアの魔性の虜になっているアイリは、彼の『なすがまま』だ。


「アイリ様」

「う、うん……?」

「お許し頂けますか」

「聞かないで。私、もう子供じゃないもん」


とは言っても、その可愛らしい上目遣いと子供っぽい口調が、アイリの幼さを強調させる。


「ディアが大人にしてくれたんだよ……」


高校を卒業したアイリは、年齢的には大人と言える。

だが元から童顔なのもあり、見た目だけは、まだ少女なのだ。

寿命の長い悪魔の血筋は、実年齢と見た目の不一致から、愛情表現の切り替えのタイミングとバランスが難しい。


アイリはディアの全てを受け止めようと、そっと目を閉じて、その時を待った。





朝になって、アイリは目を覚ました。

一緒に寝ていたはずのディアは、隣にいない。

ディアは早起きなので、それは当然の事だとアイリは理解している。

しかし徐々に意識が覚醒するにつれて、今になって恥ずかしさを呼び起こす。

布団の中でパジャマの胸元に触れてみると、いくつかボタンが外れている。


(昨日、私……ディアと……)


アイリは真っ赤になっていく顔を布団の中に埋めた。

昨晩の事は、途中から記憶がハッキリしない。いつ眠ってしまったのかも。

ようやく上半身を起こすと、何故か少しの疲労を感じたが、それが心地よくも思えた。

すると、部屋の扉が数回ノックされ、ディアが入ってきた。


「おはようございます、アイリ様」


ディアはいつものように礼儀正しく一礼をする。

昨晩の彼が、嘘のような……夢だったかのように、いつものクールな彼だ。

ディアは、ベッドに座ったままのアイリの前まで静かに歩み寄った。


「おはよう、ディア。あのね、昨日の事、その、あんまり、覚えてなくて……」


アイリは、胸元のパジャマの隙間から覗くペンダントを指先で撫でながら、言葉を繋げる。

すると、ディアは片手の指先を口元に添えると、僅かに頬を赤くして視線を逸らした。


「はい。実は私もです」

「そうなんだ、一緒だね……」

「申し訳ありません。お恥ずかしいです」


アイリは、ディアの言葉を逆に嬉しいと思った。

理性や記憶まで飛んでしまうほどに、愛してくれたんだと思うと。

今は曖昧な記憶でも、これからの日々の積み重ねで、少しずつ確かなものにすればいい。

……と、そんな甘い夢ばかりを見ている場合でもない。


「ディア、仕事は?ここに居て大丈夫?」

「私は今日から、アイリ様の側近ですよ」

「え?あっ……!!そうだった!」


アイリは慌ててベッドから降りて、着替えを始める。

魔王オランと王妃アヤメは、1年間の異世界巡りへと旅立った。

今日からは、代理で魔王となった兄・コランと一緒に魔界を治めるのだ。





アイリはディアと共に執務室に入る。

すると、魔王専用の机にはコランが座っていた。

代理とはいえ、今日から1年間はコランが魔王なのだ。

コランの席の横では、側近の少年が付き添っている。

アイリは、その少年を見た瞬間に驚いて声を上げた。


「お兄ちゃんの側近って、レイトくんなの!?」


その声に反応して、レイトと呼ばれた少年がアイリの方を向いた。


「あぁ、王女。おはよう。そう、僕が今日から王子の側近だよ。よろしくね」


レイトは悪魔特有の褐色肌に黒髪、緑色の瞳。

クールで知的で成績優秀な、純血の悪魔だ。

見た目は高校生ほどだが、その落ち着きから大人っぽさを感じる。

アイリ、コラン、真菜、レイトの4人は元・同級生であり、仲良しメンバー。

レイトは真菜と同じく、未来の魔王、つまりコランの側近を目指している。

絶好の機会という事で今回、魔王がレイトをコランの側近に任命した。


レイトがコランの手元を見て、突然叫んだ。


「王子!!そこ違う!!印を押す場所は、ここと、ここ!!朱肉は赤色!!」

「え〜?こんなの適当でいいじゃん!レイトは細かいなぁ」

「王子が荒すぎるんだよ!このあと会議だから、あと5分で終わらせて」

「少し落ち着こうぜ、レイト!」

「王子に合わせてたら仕事が終わらないよ」


学生の頃から変わらない二人のノリは、仮にも魔王と側近には見えない。

レイトは早くも、有能な側近ぶりを発揮していた。

そんな二人を遠目で見ているアイリは、感心しながら自分も気合を入れる。


(お兄ちゃん、大変そう……私に手伝える仕事、ないかな)


どちらかと言えば、大変なのは側近のレイトだ。

アイリは机の上の報告書を数枚、手に取って確認する。


「うーんと……野生の魔獣による、負傷被害の報告……」


アイリが読み上げていると、ディアが隣に立って、それを覗き込む。


「近頃、野生の魔獣が凶暴化しつつあるように感じます。人を襲うとは妙ですね」


ディア自身も、かつては凶暴な野生の魔獣であっただけに、思うところがあるようだ。

『最強の魔獣』であるディアに、『人の姿』と居場所を与えたのは、魔王オランなのだ。

しかし、いくら魔界の住民の治安が良くて平和でも、魔獣が問題になるとは盲点だった。


「そうだね、これは何とかしなくちゃ。原因を調べないと……」

「アイリ様。魔獣のことでしたら、私にお任せ下さい。周辺の森を視察して参ります」

「一人で行くの?危険だよ」

「大丈夫です。私は魔獣ですから」


普段は人の姿をしていても、ディアの実態は『最強の魔獣』。

確かに、これ以上の適任者はいない。




だが……これが、二人にとって『過酷な試練』の始まりでもあった。

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