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第7話 二人のお出かけ

「すぐ買うわけじゃないんだけどさ、色々教えてほしいの」


 明菜がそう切り出したのは、ゴールデンウィークに入る直前だった。

 なにかというと、天体望遠鏡についてである。


 天体望遠鏡というのは本当に上から下まで、極端に価格が違う。

 同じ機能ながらこれだけ価格に幅がある商品というのは、そうはないと思う。

 少なくとも、高校生が興味を持つ範囲では他にあまり知らない。

 高い商品だと平然と数百万となるし、安いと一万円程度でも買えてしまう。

 無論それに見合う性能の違いはあるが。

 ただ、いずれにせよ高校生で普通は手が出る金額ではない。

 夏輝が持っている天体望遠鏡については、自宅にあるのは去年高校合格祝いで買ってもらったもので、学校に置いているのは一年の夏休みにバイトをしてためたお金で買ったものだ。

 もちろんその時に色々調べているが、実のところ夏輝もそれほど詳しいわけではない。


「俺もそこまで詳しいわけじゃないけど……専門店があるから、そっち行けば色々教えてもらえると思うよ」


 夏輝としては明菜一人で行ってもらうつもりだったのだが――。


「どうしてこうなった」


 その店がある大型ショッピングモールの入口で、夏輝は明菜を待っていた。


「そこは案内してくれるのが当然でしょう?」


 というわけで半ば強引に付き合わされることになったのだ。

 世間的にはゴールデンウィークの真ん中。

 多少天気がぐずついていて午後からは雨天の予報のため、お出かけ日和とはいいがたいが、それゆえか少しだけ人出も少ないような気がする中――。


「お待たせ、夏輝君」


 現れたのは、文字通り天使か女神だった。

 あまり女性の服には詳しくない夏輝なので、細かいことは分からない。

 ただ、全体的に淡い色合いでコーディネイトされたブラウスとロングスカートは、明菜の雰囲気にとても合っていた。

 一言で言ってしまえば、ものすごくよく似合っていた。

 よく考えてみれば、彼女の私服を見たのは初めてだ。


「どうしたの?」

「あ、うん。その、私服初めて見たから……似合ってるな、と」

「ありがと、夏輝君もかっこいいと思うよ」


 夏輝の服はごく普通のカジュアルシャツにジーンズという出で立ちだ。

 明菜と並ぶと、どう考えても見劣りするとしか思えない。


「じゃ、行こか」


 そういうと明菜は先に歩き出す。

 夏輝は慌てて後を追いかけた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あんなに種類あるんだね……びっくりした」


 天体望遠鏡専門店を見終わって、二人はちょうどお昼少し前だったので、フードコートでお昼ごはんを兼ねて一休みしていた。

 専門店だけあって、ラインナップは非常に多く、また店員の知識も豊富なため、明菜はもちろん、夏輝も今後冬に撮影するための道具について今のうちから必要なものを確認したりしていた。

 今日買うつもりはなかったのだが、店員はとても懇切丁寧に説明してくれたのがとてもありがたかった。


「まあ、価格はホントに上から下まであるけどね。高いのだと、店の奥にあったの、見た?」

「うん。ちょっと値段の桁確認しちゃった」


 数字が七個並んでいたやつである。


「まあ、あそこまで行くと付属している装置の性能もすごい……みたい。俺も知らないけどね」

「夏輝君が持ってるのはどのくらい?」

「学校においてあるやつは五万円くらい。自宅にあるのはもうちょっといいやつで、親が買ってくれたやつだけど、たしか十万円ちょっと」

「うわ、どっちもかなりいいやつだね」

「それは否定しない」


 それ以前は数千円の天体望遠鏡組み立てキットとかでやっていた。

 むしろ親が持っているカメラの方が望遠含めて性能がよかったくらいだ。

 新しい天体望遠鏡を手に入れた時の感動は、今も覚えている。


「まあ、無理に買わなくてもいいとは思うよ。同好会で使うのは俺のやつあればいいし。まあ……いつか部に昇格して予算もらえたら、本気で考えていいと思うけど……遠そうだしねぇ」

「五人だっけ、確か」

「そうだけど、五人だけの部でもらえる予算って考えるとさ」

「確かにね……」


 そう言いながら、明菜がジュースのストローをくわえている。

 そのさまでも十分絵になるから美人はすごい。


「でも今日はいろいろ勉強になったよ。ありがと。この後はどうする?」

「どうすると言われても……予定は特にないっていうか、そもそも……明菜さんは彼氏がいるって聞いたことあるけど……」


 高校入学直後、その美貌故に多くの告白を受けていたと聞いている。

 その際、『付き合ってる人がいるから』と言ってすべて断っていたらしい。

 なので、二人で出かけるのには相当に葛藤があったのだ。


「……あー。うん、今はいないの。だからフリーよ。まあさすがにそうじゃないと、他の男の子と出かけたりしないし。私そこまで節操なしじゃないよ?」

「あ、ごめん……」

「気にしないで。ちゃんと私も説明してなかったんだし」


 謝ったのは、勘違いをしたからではない。

 その話題になった時、一瞬見せた彼女の表情が、あまりにも苦しそうに見えたからだ。

 触れてはいけない話題だったのだろう、と一瞬で分かるほどに。


「そういう夏輝君こそ……まあ、いたら私と出かけたりしないか」

「うん、まあ当然だけどそういう付き合いの人はいないよ。いたこともないし」

「少し意外。夏輝君、結構かっこいいと思うけど」

「君に言われると嬉しいような恐れ多いような、だなぁ」

「なにそれ」


 思わず二人とも笑う。

 いたことがない、というのは事実だが、そういう関係を求められたことは、ある。

 多分――惹きつけやすいように振舞っていたのは事実だろう。


「夏輝君?」

「何でもない。この後に関しては特に予定ないんだけど……」

「じゃあ、私に付き合ってもらっていい?」

「それはいいけど……何に?」

「一度やってみたかったの。ボウリングって」

「ボウリング?」


 そういえばこの施設はボウリング場がある。


「やったことがないんだけど、今度女子で行くことになって、その前に練習したいと思っていたんだけど、一人でやるのは勇気がいるし、コツわかんないし」

「ああ……なるほど。一応経験はあるけど、俺もそんなに上手くはないよ?」

「いいの。こういうのは経験が大事っていうし」

「わかった。まあそのくらいなら」


 はたから見れば、完全にデートだよな、これ、とは思うがどちらかというと感覚的には友人と出かけているに近い。

 正面から見るとまだその綺麗さに意識してしまうが、話していると本当に友人のような気安さが先に来る。

 先ほどのような迂闊な質問さえしなければ、賢太と並んでいい関係だと思える。

 正直、彼女と付き合うとかはあまりに世界が違うので想像の埒外だが、こういう友人関係は、夏輝にとってもとても心地よいものだった。



 なお、明菜のボウリングの結果は、最初の一ゲームは惨憺たるものだったが、コツをつかんだのか次では百点を超えてきて、投げ方を教えた夏輝はとても感謝された。

 夏輝はどちらも百五十前後といつも通りだったが、明菜からは尊敬の眼差しを向けられ、とても居心地が悪かった。



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