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第4話 同好会室にて

「へ? 那月さんが天文同好会に?」


 あまりに突拍子がなくて思わず聞き返してしまった。


「うん。私元々星とか好きだもん。でも天文部とか地学部とかそういうのなかったから諦めていたんだけど、同好会があるとは知らなかったよ。会員募集してなかったの?」

「やってはいたけど……その、俺が直接声かけただけだから」

「募集掲示板は?」

「さっきも言ったけど、あれは正式な部じゃないと使えないんだ」

「学校のSNSは? あっちはそんな制限ないでしょう?」


 確かにこの学校は専用のSNSを立ち上げていて、学生は全員アカウントが付与されている。

 そこで部活動の活動記録や、もちろん部員募集などもできるし、学校の人間以外にはまず見られないという安心感から、学内の予定を共有するのにはよく使われる。


「あんまり大々的に募集するつもりなかったし……」

「結果実質秋名君一人だけってのは本末転倒じゃない?」

「……まあ、その、別に同好会でも困ってないからさ……」

「自分専用ってこと?」

「い、いや。そういうわけじゃないけど」


 可能なら部に昇格したい、という野望はなくもない。

 ただ、そのために自分で動く気がないだけだ。

 そんな目立つ行為は――もうするつもりがない。


「じゃあ、私が入るのはおっけー?」

「断る理由は……ないけど。でも、那月さんが入ると……入会者増えそうだなぁ。目的外のが」


 学年でも随一の美少女として知られている彼女は、確か今は部活に所属していない。だが、その彼女が所属する、となれば、彼女と仲良くなりたいと考える男子は当然少なくなく、その目的での入会者が増えるのは容易に想像ができる。

 その流れは、夏輝としては好ましくない。


「うーん。じゃあ、こっそり入るってことでダメ?」

「こっそり?」

「うん。部活じゃないから、活動記録を報告する義務ないよね。だから、こっそり」

「……そんなに星が好きなの?」

「好きだよ。子供の頃、星座の物語とかすごい好きだった。天体望遠鏡とかは……欲しいけどさすがに持ってないけどね」


 どうやら本当に星が好きなようだ。

 それなら、入会を断る理由はない。

 ただ、それで他意があって入ってくる主に男子学生の増加は歓迎しないが、彼女が入ったことを内緒にしてくれるというのなら、その心配はあまりないだろう。

 ちゃんと自分の影響力を把握しているのは恐れ入る。


「わかったよ。それなら一応入会届を顧問の先生に出してもらう必要はあるから、HRホームルーム終わった後に、地学準備室まで来てもらっていい?」

「うん、わかった。じゃあまたあとでね」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 HRホームルーム後、部活などがある生徒以外はその日は下校となる。

 夏輝はとりあえず地学準備室に向かった。

 無論、那月明菜とは別々に、である。

 先ほど教室で話していた時は隣同士だったし、お互い声は小さめにしていたが、それでも男子の視線はやや突き刺さっていた。

 これで一緒に歩いて居ようものなら、どう思われるかなど考えたくもない。

 平穏な高校生活のためにも、余計な疑惑は招かないに限る。

 そういう意味では那月明菜という人気者が天文同好会に入るというのは歓迎せざる事態と言えるのだが、そうはいっても星に興味があると言ってくれた人を断る理由もまた、夏輝にはない。


 地学準備室は特別棟の端っこにある部屋だ。特別棟は名の通り特別教室ばかりのため、放課後になるとほとんど人がいなくなる。

 一部の科目担当教員以外、おそらく他にほとんど人はいない。そしてこの地学準備室に常駐すべき地学教師も、この部屋には普段いない。

 地学教師は一人しかいなくて、学年主任を兼任してる――今年も去年も――ため、職員室にいるのだ。

 本当はその先生が顧問を引き受けてくれればよかったが、忙しいため別の先生が顧問になっている。

 そして当然だが、そういう理由なので活動には一切口を出してこない。

 むしろありがたいくらいだが。


 夏輝は地学準備室のスペアキーを預けられている。

 理由は、ここに夏輝の私物である天体望遠鏡が置いてあるからだ。

 夏輝は鍵を開けて地学準備室に入ると、とりあえず椅子を二つ並べた。


 地学準備室は隣の地学室で使う資料類が保管されている場所だが、本来は地学教師の待機場所でもある。

 そのため、一応デスクや打ち合わせ用のテーブルなどもある。

 そして去年から、天文同好会としての戸棚もこの準備室にあるのだ。


「あった……これだ」


 同好会入会届。

 すでに『天文同好会』の文字が印刷済のものだ。


「失礼しまーす……」

「いらっしゃい、那月さん」


 ちょうどいいタイミングで、那月明菜がこの部屋に現れた。

 とりあえず椅子を勧めてから、先ほど取り出した紙を渡す。


「これが入会届」

「ありがと。……あ。同好会でも親の署名捺印いるんだ……」

「うん、そのあたりの書式は部と同じだけど……」

「私の親、海外転勤中だからいないんだよね」

「え?」

「だから今私、一人暮らしなの。この場合どうしたらいいの?」

「その場合、親からの同意を表すメッセージの画面とかがあればいいよ」

「あ、そうなんだ。よく知ってるね」

「ああ、うん。俺がそうだったから」

「え?」


 驚いた顔になる那月だが、驚いたのはむしろこちらだった。

 まさか学校の人気者が自分と近い境遇だとは思わなかったのだ。


「俺の親も、転勤じゃないけど、ほとんど家にいないんだ。長いと半年とか」

「……ネグレクト?」

「違う違う」


 なんてことを言うんだか。


「俺の親、どっちも写真家なんだ。で、日本国内だったり海外を飛び回ってるんだよ。兄がいたんだけど、あっちは今は結構離れたところの大学に入って一人暮らし。だから、無駄に広い家に一人だけ」

「うわ、私と一緒。私は海外転勤だけど、やっぱり無駄に家が広い」

「マンション?」

「うん」

「同じだ」


 お互いに笑う。

 本来家族で住むマンションに一人で暮らしているところまで同じとは思わなかった。


「まあついでに言うと、俺は遠いけどね。那月さんは……あそこにいたってことは、学校近いの?」

「うん、歩いて……二十分かな。いつもは自転車で十分程度」

「それは羨ましい。俺は歩きと電車で合計一時間ちょっとだから」

「一時間!?」


 やはり驚くか、と思う。


「本音を言えば近くに安いアパートでも借りて一人暮らししたいところなんだけどね。さっきみたいな事情から、俺が家を出ると家に誰もいなくなっちゃうからさ。それで仕方なく」

「あー。なるほど。でもそれでも遠くない? というか学区外から?」


 この学校は公立高校だ。

 小中学校ほどではないが、緩い『学区』という縛りがある。

 この学校は学区内では最も高いランクとはいえ、学区外に響くほどに特別ランクが高いとか特別なカリキュラムがあるわけでもない。学区外から入学する生徒は稀だ。

 なので、普通は学校からそう遠くなる生徒はいないものだろう。


「うん。まあちょっと事情があって、学区外受験してる。まあこの学校の立地は気に入ってるから」

「立地?」

「周りに光源が少なくて、山の上。特にこの特別棟の屋上は理想的」

「ああ、なるほど……」


 無論それが主たる理由ではない。

 それは彼女も察したようだが、それ以上は踏み込んでこなかった。

 そういう気配りもできる人間なんだと改めて思わされる。


「話戻すけど、とりあえず両親の許可があれば問題ないから。顧問は英語の星川先生。あの人に出せば問題ないよ」

「ん。わかった。ところで普段はどういう活動してるの?」


 活動、と言われて返答に窮してしまった。

 今まで、この準備室を使うこともあまりなかった。

 というのも、一人同好会だったから別に場所を考えなくてよかったし、観測の日程なども自分一人の話だった。

 だが、基本的に学校しか接点がない彼女が加わるのであれば、そのあたりも考えないとならない。

 むしろ今後は、この地学準備室がメインの活動場所になるだろう。


「ごめん、ちょっと……考える。今まで一人だからそのあたり適当だったから」

「あー。そうか。そうよね。じゃあ……とりあえずメッセージアカウントだけ教えて?」

「そう、だね。わかった」


 学校のSNSでもいいが、あれは原則公開だ。

 なので、彼女が所属していることを知られてしまうリスクを考えると、外部のサービスを使った方がいいだろう。


 夏輝が表示した二次元コードを彼女が読み込み、お互いにフレンド登録を承認する。


(なんか……不思議だな)


 夏輝のフレンド登録の数は、わずかに五つ。両親と兄、それに賢太。そして今追加された那月明菜だけだ。

 まさか賢太の次の登録が学年随一の美少女になるとは思わなかった。


「次はいつ?」

「……考えておく。基本は観測計画立てたりとかだから……まあ、来週に」


 今日は木曜日。明日は金曜日だが入学式で在校生は休みだ。


「ん。わかった。またね、秋名君。入会届は月曜には出しておくから」

「ああ。じゃあ、さようなら」


 地学準備室を出ていく彼女を見送る。

 そして大きく深呼吸をした。


 柄にもなく緊張していたことを再認識する。


「なんつーか、イメージと違ったな……」


 今まで遠目でしか見たことがなかったので、勝手に儚げな美少女、という印象イメージを持っていたが、色々はきはきというし、どちらかというとさっぱりした性格のようだ。

 あと、間近で接していると緊張してしまうくらい、きれいだ。

 そういう欲求が少ないという自覚がある夏輝でも、接し方に悩みそうになる。

 彼女のあの性格のおかげで無駄に緊張しないですんでいたが。


 しかしこの状況は、おそらく多くの、少なくともクラスの男子の半分くらいからは、やっかみを受けることは確実な状況だろうが――。


 隠し通すしかないな、と夏輝は改めて決意するのだった。



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