嫉妬めいた視線のシャワーは、担任教師の登場でとりあえず終わってくれた。
今日のところはこれから体育館で始業式の後、一年間の予定を説明されて終わる。
学校にいる時間はせいぜい二時間弱。
そう考えると、さすがにここまでくる労力を考えて、夏輝は少しだけ嘆息した。
夏輝の家はここから電車と歩きで一時間以上かかるのだ。
(まぁ、こればかりは自分の選択だからなぁ)
遠い学校を選んだのは自分である。
一人暮らしすることも考えなくはなかったが、諸事情で結局家から通っている。
とりあえず始業式はサクサクと終わった。
よく始業式では学校長の挨拶が長いという話を聞くが、この学校の少なくとも現在の学校長は退屈な話を聞かせても意味がない、というポリシーらしく、聞いていて面白い話を短くまとめてくれるので、学生全員に好評だ。
その後は担任教師の公表。
ある意味これが一番盛り上がる。
そうして教室に戻ってきてから、今後一年の予定の確認が行われる。
高校二年生というのは、高校生活である意味一番充実している時期だ、という人がいるし、それは事実だろう。
環境が大きく変わったのに馴染むための時間が必要な一年生と違い、最初から馴染んだ環境で、せいぜいクラス替えでネットワークを再構築することがあるかどうかというくらい。
そして受験という最大の関門へ向けて邁進する必要がある三年生と違い、勉強は無論大事だが、過剰に学生生活における楽しみを抑制する必要はない。
それゆえに、高校生活最大のイベントである修学旅行もまた、この二年生に実施されるのだ。
とりあえず受け取った年間予定表をざっと斜め見る。
ゴールデンウィークまでは特になし。
五月末に体育祭、七月にこの学校の特徴の一つである水泳記録会。
九月末に文化祭、十月半ばに修学旅行。
大きなイベントはそのくらいか。
他にもいくつか小さなイベントは見えるが、夏輝の頭の中ではすでに観測スケジュールが先に構築され始めていた。
「秋名君、なんかじーっと予定表凝視してるけど、なんかあるの?」
突然声をかけられて、驚いて顔を上げる。
声の主は、隣の席の那月明菜だ。
「あ、いや。色々予定とか確認してるだけで」
「……そういえばさ、何であの時、屋上にいたの?」
「え?」
「すっごい助かったけど、でも、あの時間って普通学校に人いないから、びっくりしたのよね。あとで考えても、なんでいたのかなって」
確かに普通あの時間に学校に人はいないだろう。
「ああ、別に不法侵入とかじゃないよ。ちゃんと許可取ってたからね。天体観測してたんだ」
「天体観測? でもこの学校、天文部なんてないよね?」
よく知ってるな、と少し驚いた。
「ああ。まあ一応、天文同好会はあるんだ。ま、メンバー俺とあと一人だけだけど」
「なにそれ!? 知らないんだけど」
「まあ、あまり宣伝してないからね……正式な部じゃないと掲示板とか使えないから、宣伝難しくってさ」
「秋名君とあと一人だけって、もう一人は?」
「あそこにいる賢太……佐藤君。まあ幽霊会員だけどね。なので実質俺一人。まあ同好会でも、時間外に学校を利用する申請は出来るから」
すると彼女はなにやら考え込むような素振りを見せる。
「部室……というか同好会室とかってあるの?」
顔を上げた彼女は少し声を潜めるように音量を下げて聞いてきた。
「うん。一応特別棟の地学準備室。俺の天体望遠鏡とかはそこに置いてある」
「え。私物?」
「うん。まあ家にもあるけど。俺の家遠いから、持ってくるの大変なんだ。ま、一応将来会員が増えた時のために、というのもあるけど」
もう全く期待していないが。
再び考え込み始めた彼女は、しばらくすると、手を口に当てて、外に声が漏れないようにしてきた。
「ねぇ。私もそれ、入ってもいいかな」