ロビーの中央にファルシアとクラリスは放り投げられた。
(い、いたい……けど全然大丈夫)
ファルシアは己の身体を総点検する。
骨、筋肉、内臓は無事。だが後ろ手に手錠をされ、両手は使えない。ただ、『足』は使える。
「初めまして。クソッタレ国のクソッタレ王女サマ」
二人の前に、男が座っていた。
見た目は三十代後半。左目には縦筋に傷が入っている。視力はない。長い黒髪は束ねられている。
男は芝居でもするかのように両手を広げた。
「俺はケイロー。『夜明けの道』のリーダーだ」
「私はクラリス。サインズ王国の王女よ」
「クソみたいな国の王女にしては、ノリが良いな」
「そうでしょ? 人と話すには、まず同じ目線に立たなくちゃならないからね」
「ちっ。ムカつくなやっぱよ」
立ち上がり、ズカズカと向かってくるケイロー。
クラリスはこの後の展開を知っていた。この類の輩がこの上なく愛しているもの、それは――。
「お前みたいな奴は一発蹴っておこうかねぇ!」
――あぁやっぱりか。
迫りくる足。このまま腹でも蹴られるのだろう。クラリスは目をつむり、それを受け入れる。
「ぐっ……!」
ケイローのつま先がファルシアの腹部にめり込んでいた。
ファルシアは倒れ込む。
「ファルシア!」
「あっ、クラリス、さん大丈夫……ですか?」
「わっ私のことはどうでもいいのよ! あんたは大丈夫なの!?」
ファルシアは起き上がり、ぎこちない笑顔を浮かべた。
安堵の笑みである。クラリスを守れたことが、彼女にとって何よりも嬉しかった。
「大丈夫です……えへへ。クラリスさんが無事で、良かったです」
ケイローは割り込まれた事実より、今のファルシアの動きが気になっていた。
(いつの間に近づいてきた?)
何の気配もなく、いつの間に現れていた。
驚くべきは、すぐに起き上がれる体力。
そこで、彼は思い出した。
「お前、その王女の護衛だよな?」
「そ、その通り、です!」
腕利きと言っていた。
しかし、目の前で震えながら喋る彼女に、そんな気配は一切ない。
ケイローはあの男の見間違いということで、一旦整理することにした。
「お前ら一応見張っておけ」
遠くで見守っていたケイローの仲間が、ファルシアたちへ近寄ってくる。
その間、ファルシアは状況把握に努めていた。
(数、多いな……。クラリスさんを守りながら倒せるかな?)
数は八人、いや暗がりで見えないがまだいるような気配がする。
開戦は容易い。しかし、それとクラリスを護衛しきれるかは話が別。
(手錠は壊すのに時間がかかりそう。どうしようどうしよう……!)
魔力による肉体活性化を用いれば、手錠は破壊可能。
武器も既にある。後はタイミングのみ。
「それで。結局のところ、あんたたちは何がしたいの?」
「教えると思うか?」
「思うわね。私達を絶望に叩き込むために教える。そうでなくても、冥土の土産に教えなさい。どうせ生かして帰すつもりも無いんでしょ?」
クラリスとケイローが睨み合う。
やがて、ケイローは鼻を鳴らす。
「良いだろう。教えてやろう」
ケイローはクラリスたちの前に椅子を移動させる。彼は見下ろすように、どかりと椅子に腰掛けた。
「俺たちの目的は二つだ。この商業都市ビイソルドの破壊、そして王女の殺害」
「テロリストらしくていいわね。どちらかでも成功できたら文句なし、両方なら僥倖って目標ね」
「そういうことだ。そして俺たちで呼び戻すんだ、争乱の時代ってやつをな」
「以前はこのサインズも争いの時代だった。だけど、今やっと平和なひと時を送れているのよ。何が不満なのかしら? 税? それとも違う要因?」
――そんな訳はない。
分かっていても、会話を進めるにあたり、吐くしかなかった言葉だ。
案の定、ケイローは首を横に振る。
「平和なのがいけない。俺たち生命体はもとより、闘争の世界で生きてきたんだよ。それが何だ? こんな平和漬けにされるだなんてナイよな?」
ケイローは仲間たちをぐるりと見回した。仲間たちは感極まって涙をこぼしていた。
――イカれてる。
そう言いたかったが、クラリスは何とか言葉を飲み込んだ。
「俺たちは闘争の中でこそ成長と発展ができるんだ。だから俺たちは、この有力国家の一つであるサインズを闘争の時代に戻す。そのための商業都市破壊と、王女殺害だ」
「御高説ありがとう。でも、無駄よ。うちの部隊を甘く見ないで。あんたたちの理想は粉砕させてもらうわ」
「既に都市の至る所に、遠隔式の爆破魔法具を設置している! 効果的に破壊できる箇所への設置までもう少しだ。今更止められるものかよ!」
「止め、ますっ」
「ファルシア!?」
両腕を使わず、器用に立ち上がったファルシアは少し震えていた。
喋るのは怖い。何を言い返されるか分からないから。だけど、今言わなかったら一生後悔する――!
「さっさっきから聞いていれば、あ、あああなた達は自分勝手、です。だから止めます。こんなこと、絶対にしちゃ駄目だから」
「ははは! 言うね護衛のお姉ちゃん! よし決めた。先にお前、死んでおこうか。そうすりゃこの王女も少しは黙るだろう」
「……がい、ます」
「あん?」
ファルシアは一歩前に出た。
「わ、私はサインズ王国軍近衛騎士のファルシア・フリーヒティヒです! 護衛じゃありません。近衛騎士、ですっ!」
これは決意表明であり、誓い。
絶対に逃げない。ソレを名乗ったからには、死ぬ気でその使命を遂行する。
ファルシアは今、真の意味で近衛騎士となったのだ。