「爆発物、ですか?」
それなりに付き合ってきたファルシアだからこそ、分かる。
今、クラリスは非常に不愉快な感情を抱いていた。
「この道は前も通りましたが、そのような話は少しも聞いたことが」
「それについては完全にこちらの不手際でございます……! 先程、発見されまして……。危険に晒していたこと、どうお詫び申し上げれば良いのか……」
「ふむ……」
立場上、何人もの人を見てきたクラリスだからこそ、すぐにそれが『嘘』だと分かった。
問題はその嘘をつく理由。常人ならば、王族を
そのリスクを承知で、このようなことを言い放った『理由』は明白だろう。
「く、クラリスさん。危なかった、ですねっ。でも迂回路を案内してくれるなら一安心、ですね」
――この頭お花畑め。
クラリスは微笑みを崩さず、お馬鹿な近衛騎士へ毒を吐く。
「王女、時間がございません。すぐにでも案内をさせていただければ……」
時間をチラつかせることで考える余地を与えない。そして、最良と『思われる』選択肢のみを提示する。
人を騙そうとする人間の、典型的なやり口だ。
それを指摘するのは簡単。しかし、そうした瞬間、戦闘が始まるだろう。
「分かりました。それでは案内をお願いします」
「それでは御者を変わります故、しばしお待ちを」
御者を変わった男は、すぐにでも馬車を走らせようとした。
そこをクラリスが止める。
「今まで走ってくださった御者にお礼を言いたいのですが、よろしいでしょうか? それくらいの時間はあると思いますが……」
「……それでは少しだけ待っていますね」
御者に礼を言うだけならば、と男は了承した。
馬車を降りるクラリス。ファルシアも降りようとしたら、手で制されてしまった。
クラリスは御者へ耳打ちをし、何かを喋ると、深々と頭を下げた。
御者が歩き去っていくのを見届けた後、クラリスは再び馬車へ乗り込んだ。
「あ、あの、クラリスさん、今のは何を……?」
「後で分かるわよ」
そうして新しく御者となった男は馬車を動かす。
揺られる馬車。手綱を握りしめる男の口元はつり上がっていた。
「ファルシア」
「は、はい。何でしょうか?」
「あんたって人を斬る覚悟はある?」
「あります」
「……そこは淀みなく喋れるのね。怪我は怖くないの?」
「お母さんと良く、真剣で斬り合いをして、ました。斬られるのは痛いです、斬るのも痛かったです……」
ファルシアは母との修行を思い出す。
傷が出来ない日なんて一切なかった。ファルシアは必ず血まみれになっていた。対する母親も、だ。
「いつも私と、お母さんは血まみれで……」
「母親を斬る……か。私にはとても分からない精神構造ね。修行とはいえ、狂ってるとしか思えないわ」
「だから、なんだと思います」
「……何が?」
ファルシアはいつの間にか握りこぶしを作り、目を輝かせ、こう言った。
「お母さんを斬れるんだから、私は誰でも斬れます。実際、村に盗賊が来た時は、返り討ちに出来ましたし」
クラリスは時々ファルシアが怖く見える。
この割り切り方は尋常ではない。あの効率を求める女ユウリですら、もう少し葛藤の込められた返事が来るだろう。
「だから任せてくださいクラリスさん。私は絶対クラリスさんを、守ってみせますっ」
ガッツポーズとともに、ファルシアは決意を述べた。
クラリスは何だか犬のように視えてしまった。本来存在しないはずの尻尾が視える。あぁ、犬のようにブンブンしている。
「そう、じゃあ精々この後頑張ってね。ただ、やりすぎない範囲で」
「え、それってどういう意味、ですか?」
「言ったはずよ。後で分かるってね」
馬車はだんだんと人気がない場所へ進んでいく。
ファルシアは時折窓から顔を出し、首を捻るだけ。
クラリスは特に動揺した様子もない。僅かに動揺しているファルシアを見て、楽しんでいた。
ようやく馬車が停止した。停車したのはボロボロの雑貨屋跡だった。
「到着しましたよ」
「え、でもここ違うんじゃ……」
ファルシアは疑問を投げかける。
次の瞬間、彼女は剣を握っていた。
馬車の出入り口前に、槍を持った男たちがいたのだ。
御者は腰から抜いた剣をちらつかせる。
「降りろ。ここからは我ら『夜明けの道』の指示に従ってもらおう」
「く、クラリスさん……!」
――私は戦えます。
クラリスは、ファルシアの意図を汲み取っていた。だが、彼女は片手で彼女を制する。
「指示に従うわよ。とりあえず今すぐ殺される訳じゃないみたいだしね」
「へっ、それがあんたの本来の話し方ってワケかい」
「どうでもいいでしょ。そんなこと、それより私とこの子はどこに連れて行かれるのかしら?」
「減らず口を叩きやがって。おら、お前ら何ぼーっとしてんだ。早くしろ」
そこからはあっという間だった。
二人は手錠で拘束されてしまった。ファルシアにいたっては愛剣を取り上げられてしまった。
連行される際、ファルシアは自分の足元を見た。正確には自分の靴だ。
(良かった、バレてない。これならまだ何とかなる、かも)
ファルシアの顔に諦めの色はない。むしろ、この状況に対し、やる気の火を灯していた。