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第22話 何でもアリってことかい

 商業都市ビイソルド某所。

 引き取り手のいなくなった雑貨屋跡にテロリストたちはいた。


「ボス。遠隔式爆破魔法具はもう少しで設置完了です」


 ロビー中央で椅子に座っている男がいた。

 見た目は三十代後半。左目には縦筋に傷が入っている。視力はない。長い黒髪は束ねられている。

 部下からの報告を聞いた後、男は再び指示を出した。

 部下が去っていくのを確認した後、一人呟く。


「ようやくか……ようやくこの体制に中指を立てられるのか」


「おめでとう。『夜明けの道』の偉大なボス、ケイローさん」


「あんたが提供してくれた道具のおかげだよ」


 テロリスト集団『夜明けの道』。サインズ王国軍が現在、捜索している集団の名である。

 武闘派であるこの組織は過去にも暴力を行使した騒ぎを起こしており、軍のブラックリストにも入っている組織だった。

 ボス、ケイローはそんな荒くれ者どもを統括するボスである。

 茶色の外套を纏った男が、ケイローの耳に顔を寄せる。


「いやいや。そんなことはない。貴方の周到な計画に、少しだけお手伝いさせてもらっただけだよ」


 男の声は穏やかだった。まるで親しい友人とでも話しているような優しい声色だ。

 それに少しだけ安心してしまったのか、ケイローはつい『口を滑らせる』。


「ふん、そういうお世辞も言えるんだな。アーデ――」


 次の瞬間、ケイローの首に二本の短剣が突きつけられた。


「おっと、止めよう。その名を出されたら、私は今すぐにでも君をさっしなければならなくなる」


 ケイローは己の首に食い込む短剣が酷く冷たく感じた。

 声は穏やかなまま。殺気は何も感じない。

 まるで人形と話しているようだった。


「……そうかい。それは悪かった。もう少し名前を出していたら、この刃はもう少し食い込んでいたのかな?」


「ご想像にお任せするよ。さて、今後の予定だけど、実は耳寄りな情報が」


「クラリス・ラン・サインズがこの商業都市に入ったんだろう?」


「耳が早いね」


「確かな情報か?」


「さっき、『直接』確認してきたので間違いないよ」


「ちょうどいい。商業都市と一緒に、あの王女も殺してやる」


 都市各地にいる仲間とは常に情報共有をしている。

 そのため、クラリスがこの商業都市に入ってきたのも既に掴んでいた。


「元々計画に入っていたのかな?」


「いいや、偽情報の可能性もあるからな。ギリギリまで計画には組み込まないでいた」


「なるほど。じゃあこれからは商業都市破壊と王女暗殺の二本立てで進めるということか」


「そういうことになる。手筈も整えている」


「流石。では、そろそろ帰ろうかと思うが、必要な物資はあるかい?」


「もうない。後は俺たちでやれる。お前も俺たちと関わる回数は減らしたいだろう。もうここには来なくて良い」


「そうか。ならば最後に一つだけ忠告を」


「何だ?」


 外套の男は思い出していた。

 戯れでクラリス王女へ弓を引こうとしたときのことを。その動作には僅かに殺意を込めたことを。

 すぐに気づかれた。


(一瞬で私に気づくどころか、殺気を『向け返される』とは思わなかったな)


「王女の側に護衛がいます。それもかなりの腕利きが。詳しい情報は――」


「関係ないさ。俺たちはどんな奴が相手だろうが、このサインズ王国をぶっ壊してみせる」


「ではさらば。願わくば、君たちとまたどこかで再会できることを祈っているよ」


 ケイローが先程まで男がいた場所を見た。すでに男はいない。もう二度と会わないであろう人間。


「ちっ。不気味な野郎だったな」


 ケイローは男が完全にいなくなったのを確認した後、ぼそりと呟いた。


「秩序と平和を重んじるアーデンケイル教ってのは何でもアリってことかい」



 ◆ ◆ ◆



「っはぁ、また馬車……」


 ファルシアとクラリスは馬車に乗り、市役所へ向かっていた。

 相変わらずの揺れに、クラリスはげんなりとした表情を浮かべていた。

 今日は二人のみ。ユウリは同乗していなかった。


「ユウリさん、大丈夫でしょうか?」


「酔っぱらい同士の乱闘が起きたって奴? すぐに鎮圧してくるに決まってるでしょ」


「だ、だったら良いのですが……」


 この日、ユウリは応援に駆り出されていた。

 市役所近くの酒場で酔っ払いたちの乱闘騒ぎが起きたという。店が破壊されかねない勢いだったため、フリーだったユウリも呼び出された。この類の案件は手数が重要なのだ。


「何? あんた、酔っぱらいごときにユウリがどうにかなるとでも思ってんの?」


「そ、そんなこと、思ってません、けど」


「ならユウリが戻ってくるのを待ってなさい」


「は、はい……。ん?」


 馬車が停車した。

 ファルシアは念のため、剣の柄に手をやる。いつでも抜剣できるように。

 窓から顔を出し、様子を見ることにしたファルシア。

 すると、馬車の前にはスーツを身に着けた男が立っていた。男はファルシアとクラリスの存在を確認すると、頭を下げた。


「突然の停車、大変申し訳ございません。ご無礼は存じ上げております」


「いいえ、構いませんよ。それで、どうしたのでしょうか?」


 上品な笑顔を浮かべ、クラリスが対応した。

 すると男は頭を下げず、こう言った。


「私はビイソルド市役所の者です。たった今、この先の道に爆発物が仕掛けられていると情報がありました。つきましては、最短の迂回路を案内したく、参りました」


 男は額に汗を浮かべながら、そう言った。

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