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第18話 ベッドだけの部屋です

「なんであんたがここにいるのよ」


 クラリスは小声でユウリへ問いかける。支配人ジミームの前でいつもの口調になるわけにはいかなかった。

 すると、空気を読んだのか、ユウリも小声で返答した。


「都市防衛のヘルプです」


「そういうのは第三部隊の仕事でしょうが」


「それは……」


 ユウリが一瞬ジミームを見た。大っぴらに話せる理由じゃないことを察したクラリス。

 場所を変える必要があった。そのため、クラリスはジミームに部屋まで案内してもらうことにした。


「こちらでございます」


 宿『スリープ・アスティオン』は五階建て。その最上階はいわゆる貴賓用の階層となっていた。

 ジミームが金で縁取りされた木製の扉を開く。


「わぁ……」


 ファルシアは思わず声を漏らした。

 室内は広く、家具は一級品。そのまま永住出来るのではないかと思ってしまう豪奢な内装だった。

 小さな村の出身であるファルシアにとって、目に映るもの全てがまばゆく感じた。


「それでは失礼します。何かございましたら、そこの通話魔法具をお使いください」


 ジミームは去っていった。

 それを見届けてから、クラリスは部屋を見回し、一言。


「ふーん。まあ、商業都市といってもこんなもんか」


「す、すごいです、ここ……。みんなキラキラしてる……」


「他の商業都市はもっとすごいわよ。悪趣味なぐらい金ピカな宿が何軒も」


「ひ、ひぇぇ……。と、ところでさっきの通話魔法具、っていうのはなんですか?」


 ファルシアはアーチ状の物体を指さした。

 その質問に対し、クラリスは目を丸くする。


「あんた、『魔法具』のこと知らないの?」


「は、はい……うちの村、そういうの、なかったですし」


「魔法のことは流石に知ってるわよね?」


「も、もちろんです。魔力で精霊に呼びかけて、力を貸してもらうん、ですよね?」


「そういうこと。私達にはみんな魔力があるの。それを代償にして、精霊に働きかけ、超常現象を引き起こすこと。それが魔法よ」


「だ、だったらこの魔法具というのは……?」


「その前にまずは『魔石』について教えてあげるわ」


 「二人とも座りなさい」とクラリスが手でジェスチャーをする。

 ユウリは既に一般常識として頭の中に入っていたが、何も言わず、その指示に従う。


「魔法を使った後、僅かに精霊の力が留まることがあるの。その残滓が凝縮して生まれるものが魔石。ここまでは良いかしら?」


 コクコクと頷くファルシア。魔石については何となくしか知らなかった。理解を深められたのは素直に嬉しかった。


「僅かとは言え、魔石にも力があるの。そんな魔石を組み合わせて、魔力回路を繋げることによって、限定的な効果を発揮させる事ができるのよ」


「それが魔法具……」


「そういうこと。微弱な魔力を流すだけで良いから、一般人でも簡単に擬似魔法を使うことが出来るっていうのが革命的よね」


「べ、便利です」


「この通話魔法具はそんな便利道具の一つよ。あらかじめ登録している通話魔法具同士で音声のやり取りが出来るのよ」


「ふぉぉ……すごい、機能です」


 二人が会話している中、ユウリは立ち上がった。彼女は白けた目で室内を歩き回る。


「機能、といえば機能性に優れませんね。この部屋」


「くつろぐための宿にそんなもん求める奴なんていないわよ。逆にあんたは、どんな部屋だったら満足するのよ」


「ベッドだけの部屋です」


 実に無味乾燥とした返答に、流石のクラリスも黙り込んでしまった。


「あんたって、枕と毛布があれば喜ぶんでしょ?」


「寝る行為を満たす最低条件が揃っていれば、それで構いません。それにしてもファルシア・フリーヒティヒ」


「は、はい」


「城外はクラリス王女にとって、常に危険が降りかかる環境です。だから近衛騎士である貴方は常に、数秒後の王女の安全のために動かなければなりません」


「数秒後の、安全……」


「その第一歩が部屋の点検です。今回は窓際にベッドも無いし、隠し扉の類、爆発物なども見当たりませんでした。今後はそういった安全確認を確実に行ってください」


「わ、分かりました……! 安全確認、します!」


「へぇ、あんたでも教えられることがあるのね」


 皮肉るクラリス王女へ、ユウリは無表情でこう返した。


「仮にもファルシア・フリーヒティヒの教育係ですからね。第一部隊でも国外視察へ行く王国関係者の護衛任務などがありますので、その経験からお話させていただきました」


 近隣諸国との交流のため、王国関係者がサインズ王国外へ行くことは珍しい話ではない。

 そういった用務の際、護衛を務めるのが第一部隊だった。その際、必ず第一部隊のトレードマークでもある蒼い鎧を身につける。理由は一つ。近隣諸国へ力を誇示し、パワーバランスを保ち続けるため。いわゆる牽制である。


「そういえば、いい加減話を戻すわね。あんたは何しにやってきたのよ」


「今回の任務は、この商業都市で二日間開催される『ビイソルド祭』の警備です」


「あれほんとの話だったの? なら、第三部隊は何やってるのよ」


「第三部隊は現在、テロリストの捜索にあたっています」


「……詳しく説明しなさい」


「今回、サインズ王国軍へ犯行声明文が届きました。内容は、ビイソルドの破壊そして制圧」


 静まり返る客室。外では何も知らぬ市民たちが祭りを楽しんでいた。

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