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第16話 まっぎらわしい!!

 ユウリが一部始終を説明した。もちろん台詞に込められた意図もしっかりと。

 クラリスは黙って聞いていた。時々こめかみがヒクヒク動いていたが、彼女は我慢した。

 そして説明が終わったのと同時に、クラリスは吠えた。


「まっぎらわしい!!」


 怒声が周囲に響き渡る。

 ユウリは首を傾げた。ファルシアは涙目になっていた。そんな中、手はまだ握られている状態だ。


「というかいつまで手握ってるのよ」


「これは失礼しました」


「い、いえいえ……大したものでは……」


 手を離した二人は妙に礼儀正しく頭を下げ合う。

 そんな中、クラリスはファルシアに巻かれた包帯をじっと見つめる。


「いつまでも帰ってこないからどうしたものかと探し回っていたら……」


 包帯の下の傷を想像し、クラリスは顔を歪める。ついでに頭も痛める。

 理由は一つ。今しがた繰り広げられたとされる私闘のことだ。

 原則、城内での私闘はご法度となっている。それがよりにもよって真剣を用いている事実が、彼女の頭を痛める。


「全く、嫉妬なんて無視すればよかったじゃない。ユウリだけが剣を抜いたのならまだ分かるけど、どうしてファルシアまで……」


「まっ間違っていると思ったからです。だから私はあの人達が許せませんでした」


「ただの一般国民ならそれもまかり通るわ。だけどあんたは私の近衛騎士よ。行動と結果次第で、私は責任を取ることになるの」


「え……!?」


 ファルシアは背筋が凍るような感覚を覚えた。

 クラリスのために頑張ると決めていたはずだった。しかし、今回の行動はそんな彼女に迷惑をかけてしまった。

 何か言おうとしたが、何も言えなくなった。


「ご、ごめ……んなさ」


「胸に刻み込んでおきなさいよ。まぁでも――」


 クラリスは不敵な笑みを浮かべた。まるでこれから狩りにでも行くかのような凄みがある。


「あんたはいつも通りのあんたでいなさい。あんたが何かしたところで、主の私はそう簡単に謝らないんだから」


「……責任放棄」


「聞こえたわよユウリ。勘違いしないでね。逃げるつもりなんてないわ」


 そう言い、クラリスは拳を突き出した。


「戦うのよ。あんたがどんなことをしようが、主の私はその行動を肯定し続けてやる。悪いことをしてるんじゃないんだから、謝る必要はないわよね?」


「王女、それは言葉遊びが過ぎますね」


「そんな奴の下にいるのがあんた達よ。残念だったわね、ユウリ」


「さ、さすがクラリス、さん!」


 クラリスの決意には誠実さが込められていない。むしろ、ごまかしの類だ。

 だが、彼女はきっぱりと言い切ってみせた。その姿には確かな気品があった。


「……ずっと触れませんでしたが、本来はそういう話し方なのですか?」


「悪い?」


 そのやり取りに思わずファルシアは口を挟んでしまった。


「ゆ、ユウリさんの知っている話し方ってどういう……?」


「これでもかというくらい上品な言葉遣いでした」


 瞬間、思わずファルシアは吹き出した。

 今朝その話をしたばかりだったので、『実演』してくれたクラリスの姿をはっきりと思い出してしまった。


「ファァァルシァ……?」


「ごごごごごめんなさいっ。お、おかしくて……」


「どこがどうおかしいっていうのよ! 生意気な言葉を吐く頭なんていらないでしょ? 斬首してやろうかしら!」


「た、助けてくださいユウリさん……!」


「すいません。そろそろ別業務に戻る時間なので、私は失礼します」


 ユウリは特定業務へ割く時間をしっかり計算している。トラブル込みで確保していた時間に限界が迫っている。

 早く戻らなければ、全体の予定が狂うことになるのだ。

 一礼し、二人へ背を向けた。


「明日もよろしくお願いします。それと、まだ貴方が近衛騎士だと認めたわけじゃありません」


 その言葉にクラリスの目が細く鋭くなった。

 「ですが」とユウリは続ける。


「貴方からは学ぶところがあります。それを吸収しつつ、貴方を見極めていきたいと思います」


「あまり私の近衛騎士に悪い影響を与えないようにね」


「私がどれだけ悪影響を与えるような言動でも、王女がいればすぐに上書きされるので問題ないはずです」


「はぁ!? どういう意味よそれ!? ちょ、待ちなさい! ファルシア! 適当に切り刻んで引きずってきなさい!」


「む、無理です!」


 あまりにも悪辣な命令に、ついファルシアも口を返してしまった。

 それで冷静になったクラリス。興奮して流れていた汗をハンカチで拭った。


「まったく……。クソ真面目なくせに反抗するなんてどういうことよ。全部あの隊長の影響かしら」


「隊長……?」


「第一部隊隊長。あの子の直属の上司よ」


「ど、どんな方、なんですか……?」


「説明が面倒。会えば分かる。というか、その辺の草むら探せば見つかるんじゃない? もしくは酒樽の裏側とかにいるわよ」


 とても人間の説明をしているとは思えなかった。

 健気にも、ファルシアは脳内でイメージしてみたが、全く形にはならなかった。当然の話である。


「それよりも」


「ひゃ、ひゃい」


「明日イベントがあるから。あんたも近衛騎士としてついてきなさいよね」


「そ、それはまさか……」


「そうよ。近衛騎士として、最初の仕事。だから気合い入れて私のこと守りなさいよね」


 ファルシアは自然と返事をしていた。

 ようやく訪れた近衛騎士としての仕事。声に力が入るのは、当然だろう。

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