ユウリが一部始終を説明した。もちろん台詞に込められた意図もしっかりと。
クラリスは黙って聞いていた。時々こめかみがヒクヒク動いていたが、彼女は我慢した。
そして説明が終わったのと同時に、クラリスは吠えた。
「まっぎらわしい!!」
怒声が周囲に響き渡る。
ユウリは首を傾げた。ファルシアは涙目になっていた。そんな中、手はまだ握られている状態だ。
「というかいつまで手握ってるのよ」
「これは失礼しました」
「い、いえいえ……大したものでは……」
手を離した二人は妙に礼儀正しく頭を下げ合う。
そんな中、クラリスはファルシアに巻かれた包帯をじっと見つめる。
「いつまでも帰ってこないからどうしたものかと探し回っていたら……」
包帯の下の傷を想像し、クラリスは顔を歪める。ついでに頭も痛める。
理由は一つ。今しがた繰り広げられたとされる私闘のことだ。
原則、城内での私闘はご法度となっている。それがよりにもよって真剣を用いている事実が、彼女の頭を痛める。
「全く、嫉妬なんて無視すればよかったじゃない。ユウリだけが剣を抜いたのならまだ分かるけど、どうしてファルシアまで……」
「まっ間違っていると思ったからです。だから私はあの人達が許せませんでした」
「ただの一般国民ならそれもまかり通るわ。だけどあんたは私の近衛騎士よ。行動と結果次第で、私は責任を取ることになるの」
「え……!?」
ファルシアは背筋が凍るような感覚を覚えた。
クラリスのために頑張ると決めていたはずだった。しかし、今回の行動はそんな彼女に迷惑をかけてしまった。
何か言おうとしたが、何も言えなくなった。
「ご、ごめ……んなさ」
「胸に刻み込んでおきなさいよ。まぁでも――」
クラリスは不敵な笑みを浮かべた。まるでこれから狩りにでも行くかのような凄みがある。
「あんたはいつも通りのあんたでいなさい。あんたが何かしたところで、主の私はそう簡単に謝らないんだから」
「……責任放棄」
「聞こえたわよユウリ。勘違いしないでね。逃げるつもりなんてないわ」
そう言い、クラリスは拳を突き出した。
「戦うのよ。あんたがどんなことをしようが、主の私はその行動を肯定し続けてやる。悪いことをしてるんじゃないんだから、謝る必要はないわよね?」
「王女、それは言葉遊びが過ぎますね」
「そんな奴の下にいるのがあんた達よ。残念だったわね、ユウリ」
「さ、さすがクラリス、さん!」
クラリスの決意には誠実さが込められていない。むしろ、ごまかしの類だ。
だが、彼女はきっぱりと言い切ってみせた。その姿には確かな気品があった。
「……ずっと触れませんでしたが、本来はそういう話し方なのですか?」
「悪い?」
そのやり取りに思わずファルシアは口を挟んでしまった。
「ゆ、ユウリさんの知っている話し方ってどういう……?」
「これでもかというくらい上品な言葉遣いでした」
瞬間、思わずファルシアは吹き出した。
今朝その話をしたばかりだったので、『実演』してくれたクラリスの姿をはっきりと思い出してしまった。
「ファァァルシァ……?」
「ごごごごごめんなさいっ。お、おかしくて……」
「どこがどうおかしいっていうのよ! 生意気な言葉を吐く頭なんていらないでしょ? 斬首してやろうかしら!」
「た、助けてくださいユウリさん……!」
「すいません。そろそろ別業務に戻る時間なので、私は失礼します」
ユウリは特定業務へ割く時間をしっかり計算している。トラブル込みで確保していた時間に限界が迫っている。
早く戻らなければ、全体の予定が狂うことになるのだ。
一礼し、二人へ背を向けた。
「明日もよろしくお願いします。それと、まだ貴方が近衛騎士だと認めたわけじゃありません」
その言葉にクラリスの目が細く鋭くなった。
「ですが」とユウリは続ける。
「貴方からは学ぶところがあります。それを吸収しつつ、貴方を見極めていきたいと思います」
「あまり私の近衛騎士に悪い影響を与えないようにね」
「私がどれだけ悪影響を与えるような言動でも、王女がいればすぐに上書きされるので問題ないはずです」
「はぁ!? どういう意味よそれ!? ちょ、待ちなさい! ファルシア! 適当に切り刻んで引きずってきなさい!」
「む、無理です!」
あまりにも悪辣な命令に、ついファルシアも口を返してしまった。
それで冷静になったクラリス。興奮して流れていた汗をハンカチで拭った。
「まったく……。クソ真面目なくせに反抗するなんてどういうことよ。全部あの隊長の影響かしら」
「隊長……?」
「第一部隊隊長。あの子の直属の上司よ」
「ど、どんな方、なんですか……?」
「説明が面倒。会えば分かる。というか、その辺の草むら探せば見つかるんじゃない? もしくは酒樽の裏側とかにいるわよ」
とても人間の説明をしているとは思えなかった。
健気にも、ファルシアは脳内でイメージしてみたが、全く形にはならなかった。当然の話である。
「それよりも」
「ひゃ、ひゃい」
「明日イベントがあるから。あんたも近衛騎士としてついてきなさいよね」
「そ、それはまさか……」
「そうよ。近衛騎士として、最初の仕事。だから気合い入れて私のこと守りなさいよね」
ファルシアは自然と返事をしていた。
ようやく訪れた近衛騎士としての仕事。声に力が入るのは、当然だろう。