一日かけてファルシアはユウリにつき、城内を回っていた。
しかし場所が広大なだけに一箇所に滞在する時間は短く、概要も歩きながらだったため、まだまだ詳細は未知である。
「駆け足気味の説明になってしまいましたが、今日説明した場所がだいたい貴方に関係してくる場所です。しっかり復習しておいてください」
「あ、ありがとうございます」
「何か質問や気になることはありましたか?」
「き、気になることってほどじゃないんですけど」
そう前置き、ファルシアは話す。
「だ、第三部隊は第一部隊とどう違うん……でしょうか?」
「と、言うと?」
「第三部隊はその、王国内の治安維持を目的としているん、ですよね? 第一部隊と協力して何かをするっていうことはあるのでしょうか?」
「あぁ……そういうことですか。基本的にはないですね」
ユウリは続ける。
「大雑把に言えば、第一部隊は国境付近、第三部隊は国内を活動の場としています。ただ基本的には、と言ったのは理由があります。例えば、関係性があまり良くない国から工作員が送り込まれた時や、第三部隊では対処しきれない魔物が出現したときには連携を取り、対処します」
「な、なるほど……」
「最前線が第一部隊、その後ろを第三部隊がカバーする形になっていますね」
「ありがとう、ございます」
「さて、それでは。やることがあるので失礼します」
「こ、これから何かするのですか?」
「書類仕事です」
その言葉に思わずファルシアは空を見た。時間は夕方。ということは今日のこの時間は彼女が何とかして作った――。
「ご、ごめん、なさい! わわわ私の、せいで遅くなってしまって」
「? 謝られる理由が分かりません。私は貴方の教育係を命じられています。なので、これも業務の一環です。何も気にすることはありません」
「で、でもでも」
「……本当に不思議な人ですね」
二人に近づく男たちがいた。
いち早くその気配に気づいたファルシアが目を向けると、ユウリもそれに合わせるように振り返った。
「よう今日は暇なのか? ユウリ・ロッキーウェイさんよ」
軍服を着た男たち、その数は五。彼らは自然と二人を取り囲むような位置取りをしていた。
ユウリは動じず、リーダー格と思わしき男へ視線を向ける。
「何の用でしょうか?」
「いいや特に何も? ただ、こんなところを呑気に散歩していたもんだから、てっきり俺たちに剣のお稽古でもしてくれるのかなって」
「訓練ならば然るべき時間に行われているはずです。自主訓練をしたいのならば他の人に頼んでください」
「ちっ。これだからいけ好かねえ! 第二部隊や第三部隊を見下しているというのは本当らしいな」
「ゆ、ユウリさんが……!?」
そんなことは絶対にない、とファルシアは思った。
ユウリは表情一つ変えず、こう返した。
「見下している、というのは誰の話でしょうか? 良く私の話が遠くから聞こえはしますが、私からそのような発言をしたことはありません。時間の無駄ですから」
「ここにいる俺たちは第一部隊になれず、第二や第三に配属となった者たちだ。俺たちは皆、腕に自信がある。それだというのに、貴重な枠をお前みたいなガキが横から掻っ攫っていったのがどうにも納得出来ねえ」
するとユウリは不思議そうに首を傾げた。
「それならば直談判をお勧めします。私は正当に手続きを踏み、第一部隊となりました。それよりも」
ここからのユウリの言葉は、誰から見ても「止めておけ」という内容だった。
「先程から聞いていれば、あなた達の発言には何も筋が通っていません。出てくる単語全て、私には何も関係ありません。あなた達の努力がそのまま結果となって出たということです」
「! テメェ!」
古今東西、正論というのはあまりにも正しすぎて、争いを生む種となる。
実際、リーダー格がユウリの胸ぐらを掴もうとした。
「だ、駄目、です」
ファルシアは咄嗟にリーダー格の腕を掴んでいた。
すぐにリーダー格は振り払おうとしたが、ファルシアはビクともしない。
「こいつ……!」
ユウリもそれに驚いていた。明らかに体格差で負けているというのに、ファルシアは片手のみで制していた。
ファルシアはゆっくりと掴んでいた腕を離す。
「ぼ、暴力は駄目です。ちゃんと戦い、ましょう」
「……あん?」
「ファルシア・フリーヒティヒ?」
「さっきから聞いていれば、あなた達はユウリさんにその、酷いことばかり言っています」
「……そういやお前もいきなり近衛騎士になったとかって噂のやつだったな。だったらどうするんだよ?」
「さっさっき言いました。戦いましょう」
「ファルシア・フリーヒティヒ。私闘は禁止されています」
「ば、バレなきゃ大丈夫です」
闘争心に火がついたファルシアを止められる者は誰もいない。
リーダー格は取り巻きたちと一緒に笑って見せる。
「やる気だな近衛騎士サマ。どうせ取り入るのが上手くて今のポジションなんだろ? お前みたいなガキの腕前なんてたかが知れている」
リーダー格たちは剣を抜いた。木剣ではない、真剣だ。
対して、ファルシアも既に剣を抜いていた。いつ抜いたかもわからない早業である。
「! あなた達、正気ですか!? 城内で真剣を使った私闘なんて!」
「わっ私が勝ったら、ユウリさんに謝ってください」
「良いだろう! なら俺たちが勝てば、お前はこの城から出て行け!」
「……分かりました」
即答。
思わずユウリはファルシアの肩を掴んだ。
「ファルシア・フリーヒティヒ! 貴方が何故、私にそこまで……!」
「ユウリさんは忙しいにも関わらず、親切にしてくれました。それだけで、戦うには十分なんです」
ユウリは確かに視た。
ファルシアの赤い瞳から、ハイライトが消失しているのを。