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第12話 か……かっこいい、です

 サインズ王城は広大な面積を持つ城だ。

 いくつもの建物が建っており、その全てがサインズ王国内の平和を維持するための施設である。

 ファルシアはユウリに連れられ、サインズ王城を歩いていた。

 白を基調とした壁紙や天井が清潔感や高貴さを醸し出している。


「今日は一通り歩いて回ります。その中で気になったことがあれば、いつでも質問してください」


「お、お願いします」


 天井には看板が吊り下げられている。それはサインズ王国の関係者や客人、業者が城内をスムーズに移動するための配慮である。

 そこには『第一部隊隊舎方面』や『第二部隊隊舎方面』などの看板が提げられていた。

 ユウリは迷うことなく、『第二部隊隊舎方面』側の道を選択した。


「え?」


「どうしましたか?」


「あ、あの……てっきり最初は第一部隊からだと思っていたので」


「あぁ、そのことですか。この時間はまだ隊長がいるので、別の所に行くだけです」


 ファルシアは頭に疑問符が浮かんだ。

 直属の上司がいるのなら、まずはそこから行くのが普通なのではないか。彼女の疑問に対し、ユウリは即座に切り捨てた。


「今会わせれば今日のスケジュールが大幅に狂います。それは避けたいので、また後日とさせて頂きます」


「わ、分かりました」


 有無を言わせぬ迫力に、ファルシアはつい黙ってしまった。彼女は元々会話が得意な方ではないのだ。

 黙って歩いていると、二人は第二部隊の隊舎へとたどり着いていた。


「ここが第二部隊の隊舎となります」


「だっ第二部隊って何をしているんですか……?」


「主に国内外の情報収集、操作を専門としている部隊です。必要とあれば様々な活動をしています」


「ひ、必要というのは……その、殺しとかも?」


「無論です」


 情報というのは命より重い。

 理論立てて喋ることは出来ないが、そういう考え方もあると知っていたファルシアは身震いした。おそらく自分では想像もつかない世界なのだろう。


「おいあれ……」


「散歩か? 暇なもんだな。これだからエリート様は」


 ファルシアの耳は、第二部隊の隊員と思わしき男性二人がひそひそと話しているのを捉えた。

 陰口の類が嫌いだったファルシアは一言物申してやろうとした。

 しかし、ユウリがそれを片手で制する。


「何を考えているのかは分かりませんが、不要です」


「そ、そんな……これじゃユウリさんが言われっぱなし、です」


「やるべきことに集中してください。それが出来ない者に開かれる道などありませんよ」


 ファルシアはユウリが若干声量を大きくしたことに気づいた。

 すると遠くにいた男性二人は舌打ちをし、その場から去っていった。


「全く……他のことに気を取られていて、自分の為すべきことが見えていない者の典型的な劣等感ですね」


「す、すごい、ですね。それよりも今のは……?」


 そこでファルシアは失敗したと反省する。

 何か大きな理由があるのかもしれない、という考えに至れなかった彼女へ羞恥心と自己嫌悪が襲いかかってくる。

 しかし、ユウリは何も気にした様子はない。すぐにファルシアへ教えてくれた。


「第一部隊は精鋭揃いです」


 自分から『精鋭』という単語はあまり使いたくなかったが、ユウリは事実を淡々と述べることを選択した。


「魔物討伐や敵対国との戦闘が主な任務であるこの部隊はいわば花形的な部隊です。この部隊へ転属を希望している者は数え切れません」


 第一部隊は『武力』を司り、第二部隊は『情報』を司り、第三部隊は『国内の治安維持』を司る。

 軍が発行する広報誌や新聞などのメディアで第一部隊の活躍を聞いた少年少女たちは皆、目を輝かせる。己の腕であらゆる脅威から国を守る英雄的存在。

 皆、第一部隊に入隊したいのだ。

 しかし、待ち受けているのは完全実力主義の世界。第一部隊が求める絶対条件、それは『武力』。夢を掴む者がいれば、現実に打ちのめされる者がいる。

 そう補足しながら、ユウリはこう締めくくる。


「だからこそいるんですよ。自分の空想と現実を受け入れられないから、ああやって的外れな嫉妬を吐き出す者が」


「す、すごいです」


 てっきり「話が長い」とでも言われると思ったユウリは僅かに驚く。

 ファルシアは目を輝かせ、まるで子供のような笑顔だった。


「ユウリさんはそ、そんな試験を乗り越えたんですね。か……かっこいい、です」


「……! そ、そんなお世辞を言っても私はまだ、貴方のことを近衛騎士と認めたわけじゃありませんからね」


 ユウリは思わず顔を背けてしまった。脳内で彼女の言葉を反芻はんすうする。


 ――か……かっこいい、です。


 そんなこと面と向かって言われたことはなかった。

 初めての言葉に戸惑うユウリ。だが、彼女はそれを表に出そうとしない。

 相手はただでさえ認めていないファルシア・フリーヒティヒ。そんな彼女からの言葉など嬉しくもない。


「かっこいい……」


「? な、何か言いましたか?」


「言ってません。そろそろ次の場所へ行きますよ」


 ユウリはいつも無表情なので、きっと誰にも分からない。

 その時のユウリの声はほんの僅かだが、高くなっていたことを。


(ファルシア・フリーヒティヒ……まだ油断はできない。本当に近衛騎士にふさわしいのか、ちゃんと見極めなければ……)


 ずっとファルシアにペースを狂わされている。こんなこと、今までなかった。

 だからこそユウリは、改めて気を引き締めることにした。

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