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第9話 わ、私の勝ち、ですね

 雰囲気が変わった。ユウリはファルシアの変化を即座に察知した。

 ユウリは自然と距離を離した。未知数の相手には慎重かつ冷静に。

 結果として、ユウリの戦士としての嗅覚は本物だった。


「ふっ」


 ファルシアが地を蹴る。次の瞬間、彼女の姿は消えた。


「っ……!」


 十分離れていたはずの二人の距離が目と鼻の先になっていた。

 たったの一歩。ファルシアの強靭な脚力はユウリとの距離を一気に縮めてみせた。

 まるで瞬間移動でもしたかのような出来事に、ユウリは僅かに動揺した。


「ぃぃや!」


 ファルシアは掬い上げるように木剣を振るった。ユウリは一撃を受け止めた瞬間、顔を歪める。

 ――重い。

 速さがそのまま威力となっている。気を抜けば、防御ごと持っていかれる。

 半端な防御は出来ないと見たユウリは思考を回避寄りに傾ける。


「はっ!」


 浅く息を吐き、ユウリは反撃の剣を振るう。

 振り上げ、振り下ろし、そして突く。対するファルシアは一連の攻撃を全て木剣で阻む。

 そんな中、ファルシアは『やりづらさ』を感じていた。


(ユウリさんの攻撃はただ速いだけじゃない。私が防御しづらい所を狙ってくる)


 関節の可動範囲を見切り、しっかりとそこを狙える剣の正確さと速度。

 木剣なら痛いで済むが、真剣ならばそれは命に関わる。非常に神経を削られるだろう。


「ファルシア・フリーヒティヒ。何も知らない貴方が近衛騎士など無理な話です」


 何度も剣を打ち合いながら、ユウリは続ける。


「今ならまだ間に合います。この場は負けてください」


「嫌です」


 集中力が高まっている状態のファルシアは言葉に淀みがない。


「私は私のことを助けてくれたクラリスさんを守ると決めました。近衛騎士が一番守りやすいというのなら、私はそれになりたい」


「それだけの理由で……!」


「それだけで十分なんです」


 ファルシアが剣を大上段に構える。そこからの切り下ろしを想定し、ユウリは備える。



 次の瞬間、ユウリの視界に青空が映った。



「なっ……!?」


「ごめんなさい。でも、何でも有りですもんね」


 それが『足払い』だと気づいたのはすぐだった。

 完全に剣へ意識が向いていたせいもあり、対応策を全く用意していなかった。


(軽んじていたつもりはない。だけど、ファルシア・フリーヒティヒが一枚上手だった……!)


 無防備に、ユウリは背中から地面に落ちる――。


「あっ危ない!」


 結果として、ユウリは地面に体を打ちつけなかった。

 ファルシアが背中に手を回し、引き寄せたのだ。無論、ユウリの首筋に木剣を添えながら。


「わ、私の勝ち、ですね」


 ファルシアの瞳にハイライトが戻っていた。集中状態が途切れたことの証である。


「……何故、私を助けたんですか。あれだけ辛辣な言葉を投げかけた私を助ける義理なんてないはずです」


「きっ気づけばです! 私は、その、貴方が悪そうな人には見えないし、だから助けました」


「買いかぶりです」


「だ、だって私のことをそんな風に言うのも、クラリスさんのことが心配だから、なんですよね? だっだったら助けます!」


「……貴方のことが分かりません」


「いやはや、これは驚いた」


 騎士団長ネヴィアは微笑をたたえ、ファルシアたちの元へ歩いてきた。


「まさかユウリを倒すとはな。この子は第一部隊でも有望株なんだぞ。それをこうもあっさりと」


「ど、道理であんなに強かったんですね」


「そうだ。そしてそのように敗者にも敬意を向けられる気持ちは素晴らしい」


 ネヴィアの手がファルシアの頭へ伸びた。彼女が軽く頭を撫でると、ファルシアは気持ちよさそうにしていた。

 そんな二人の間にクラリスが割って入る。その顔は少し不満げだった。


「そ、れ、で? 試験の結果は?」


「ユウリを倒して力を示した。そして敗北した者に敬意を向けられる謙虚さもある。最後に、クラリス王女への気持ちも本物と見た」


「回りくどい」


「これからの近衛騎士業務に期待というところですね」


 ――合格。

 ファルシアは思わず、クラリスに抱きついていた。


「や、やったぁ! クラリスさん! やりました! 合格です!」


「うっさい! 騒ぐな! というかこれ本当は不敬罪なんだから!」


「ひ、ひぇっ! すすすすいません!」


 ファルシアとクラリスのやり取りを見て、ネヴィアはまるで保護者のような気持ちになっていた。


(あの人嫌いのクラリス王女が年相応な表情を浮かべている。……ファルシア・フリーヒティヒ、不思議な子だ)


 ファルシアの動きは洗練されていた。綺麗という意味ではなく、実戦的だという意味で。

 明らかに場馴れしていた。その証拠に、彼女はリラックス出来ていた。いくら木剣を使った戦闘とは言え、その若さが醸し出して良い余裕ではない。

 そして時折見せる動き。僅かな隙に対し、最速で、最大の攻撃力を叩き込むそのスタイル。

 だからこそ、ネヴィアはその質問を口にした。


「君の母親の名前は?」


「ま、マリィーエアです」


「マリィーエア……!?」


 その言葉に、クラリスはもちろん、ユウリも反応した。

 何せ、その名は――!


「そうか、やはりな。『先輩』の子供だったか」


「せ、先輩?」


「元サインズ王国騎士団長マリィーエア、通称“雷神マリィ”。当時、戦争状態だった時、他国が彼女の首にかけていた褒賞金は一国の予算にも匹敵するとされた最強の騎士。私はそんな彼女の後輩だ」


 昔を懐かしむように、ネヴィアは空を見上げていた。


「え、ええっ!? おっお母さんが……!?」


「何だ、知らなかったのか?」


「きっ騎士をやっていたことだけ知っていました」


「あははは! 流石は先輩だな。どうやって今まで隠してこれたのか、ぜひとも聞いてみたいものだ」


「何で私を差し置いて話に花咲かせてるのよ。あんた、私の近衛騎士でしょ。私にも分かるように話しなさい」


 クラリスがまた不機嫌そうにしていた。

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