少女ファルシア・フリーヒティヒは思わず肩に背負っていた剣を落としそうになった。
「止めなさいよ! あんたたち、こんなことしてタダで済むと思ってんの!?」
「知らないな。それより大人しくしろよ。こんな上玉、攫って金にしない方が無礼だからな」
ファルシアは自分を落ち着かせるため、状況整理を速やかに行うことにした。
彼女はサインズ王国の騎士になるため、意気揚々と故郷の村を飛び出した。王都へ向かうため、街道をしばらく歩いていたところで、何やら揉めている声が聞こえたのだ。
気になって近づくと、やたら綺麗な金髪の女の子が十五人ほどの武装した男たちに囲まれている所に出くわしてしまった。一体どれほどの確率でこんなイベントに立ち会えるのだろうか。
距離があるせいか、まだ誰もファルシアには気づいていない。
(ど、どどどどどうしよう!? わ、わわ私なんかが「犯罪ですよ!」なんて言っても良いのかな……!?)
ブンブンと頭を振る彼女。動くたびに、赤髪が揺れる。
とは言いつつ、ファルシアの左手にはすでに剣の鞘が握られていた。右手はいつでも抜剣出来るようにフリーの状態を維持する。
「上玉ぁ? 良い見立てね、何せ私はクラリス――」
「喋るな! おいお前らさっさと縄使って縛れよ。ああ、念のため耐魔法式の高い方使え」
手際よく捕縛しようとしていく光景を見たファルシアは、気づけば飛び出していた。
「犯罪、です!」
突然現れたファルシアに男たちは驚くも、すぐに冷静さを取り戻す。
「なんだガキじゃねえか」
「羨ましいのか? お前も一緒に来たいってんなら、連れてってやるぞ?」
ニヤニヤと笑う男達に対して、ファルシアは一歩前に出る。
「ち、違います! その人、い、いいい嫌がっているじゃないですか!」
「……ああん?」
男の視線が鋭くなる。しかし、怯むことなくファルシアは続けた。
「あ……貴方たちは、そんなことをして、はっ恥ずかしくないんですか!?」
「ちっ、なんかこいつめんどくせぇな。殺せ」
とうとう男たちは殺意をファルシアへ向けた。
ただの少女ならば、そこで泣きわめいていただろう。だが、ファルシアはただの少女にあらず。
「――!」
武器を振り上げた男へ、ファルシアは瞬時に剣を抜いていた。
「ぐぁ……!?」
次の瞬間、男の身体には一筋の斬撃が走り、そこから血が流れ始めた。
「急所は斬っていません。今ならまだ、治癒の魔法か回復の薬を飲めば間に合う傷です。だから、帰ってください」
ファルシアの赤い瞳からはハイライトが消失していた。これは子供の頃から戦闘を叩き込まれた結果生まれた、ある種の“癖”のようなもの。
彼女は集中力が高まるとこの状態になるのだ。この時の彼女の言葉は自信に満ちている。
「ふざけんな! おいお前ら、全員で行くぞ!」
男たちは数の利を活かすため、一気にファルシアへ襲い掛かる。
「全員――」
しかし、ファルシアは一切動じることなく、流麗な動きで一人ずつ的確に斬りつけていく。男たちはそのたびに悲鳴を上げながら倒れていった。
やがて、ファルシアと最後の一人だけとなる。
「ひっ、ひぃいい!」
「も、もう……止めましょ? ね?」
「は、はいいい!!」
喉元に剣を突きつけながら、そう言うファルシアの赤い瞳にハイライトが戻っていた。
彼女の衣服には一切傷がない。それは相手との圧倒的実力差を示す、動かぬ証拠だった。
「は、ははは。あんた、すごいのね」
金髪の少女クラリスは驚きを隠せずにいた。
同時に、遠くから音がした。これは馬の走行音。数は不明。
「だ、だだ大丈夫ですか!? その、えっと……金髪さん?」
「誰が金髪さんよ!」
「ご、ごめんなさい! ききき綺麗な金髪しているからつい……!」
「あら? 目の付け所は良いのね。ただ剣が上手い子だけだと思ってたけど、見直したわ」
「えへへ……嬉しいです」
「褒めてないわよ。皮肉ってるのよ」
「ええ!? ひ、ひどいです金髪さん……!」
「また言ったわね! 私にはちゃんとした名前があるの。私はそう、クラリス――」
彼女の声を遮るように、強い意志を感じる女性の声が響いた。
「クラリス様! ご無事ですか!?」
ファルシアは馬に乗った人間たちを見て、心臓が止まりそうになった。
蒼い鎧に身を包んだ屈強な騎士たち。そう、彼らこそがファルシアの夢見ていた存在。
このサインズ王国を守護する誇りある人間たち。
「さ、サインズ王国騎士団第一部隊……!」
「ちっ。何で団長がわざわざ来たのよ。来てくれなんて誰も頼んでないわ」
「そう言わないでくださいクラリス様。突然城からいなくなれば、誰もが心配するというものでしょう」
「……そんな訳ないじゃない」
そう返すクラリスの表情は暗かった。
そこへ触れる前に、“団長”と呼ばれた女性は辺りを見回す。そして、次に視線の行き着く先はファルシアだった。
「君がやったのか?」
団長は手早く部下へ指示を出し、人さらいたちを確保していた。必要な者には回復薬を使うなど、咄嗟の状況判断能力は満点。
そんな団長からの問いに、ファルシアは完全にビビっていた。
「ひ、ひいいいい! そうです! わ、私がやっちゃいました!」
ファルシアはこの時、逮捕されるのだと思った。
「……」
団長は何も言わず、ただファルシアを見つめる。
そこに、クラリスは口を挟んだ。
「ちょっと。行くなら行って。あんたたちがここに来たってんなら、また父上にバレたってことでしょ。時間の無駄だから早く連れてって」
「……了解しました」
団長が乗る馬に手をやったと思ったら、クラリスはあっという間に彼の背後に腰を下ろしてしまった。
それだけで普通の生まれの女の子ではないことが伺い知れる。
「あぁ、そこのあんた」
「は、はい!?」
「あんた、剣が使えて、この街道を王都側に歩いてるってことはもしかして騎士志望の子?」
「そそ、そうです! お母さんみたいな騎士になりたくて、お、王都に向かってました!」
「そ」
気弱に振る舞うファルシアからすぐ顔を逸らすクラリス。その表情は全く興味なさげだった。
「え、ええと……もう少し興味持ってくれても……」
「はぁ? 私は忙しいのよ。案が潰されてしまったからには、次の案を考えなきゃならないの。分かる?」
「分かりません」
「なんでそこだけ毅然としてるのよ……。まあ、いいわ。やることは変わりないしね」
クラリスがピッとファルシアを指差す。
「絶対、借りは返すから」
「行って」とクラリスが言うと、あっという間に蒼鎧の騎士たちは姿を消した。
その手際の良さに、一瞬夢だったかと勘違いしそうになった。
だが、現実なのだ。ファルシアの耳と目で感じたものは紛れもなく本物。
だからこそ分からない。
「……え、借りを返すってどういうこと?」
この日、ファルシアは宿命的出会いを果たした。
謎の少女クラリスとの出会いが、ファルシアの今後に重大な変化をもたらすことは――すぐに分かる。