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第34話 和泉式部の日記

 梛は和泉式部の日記を松野と共に二部筆写し、一部を手元に、もう一部を香に渡した。普段一番先に物語を見せてもらっている礼として、貸すのではなく贈るという形で。

 元々彼女は、和泉式部の行動に非常に興味を持ち、できる範囲で調べ、逐一梛に知らせてきている。絵空事ではなく、現実においても特に美しい人々の心ときめく恋の現場として知りたがっていた。

 それが本人達の目から見た形で、歌や心情を絡めて細かく書かれているのだから。

「でも日記より物語的ですよね」

 筆写しながら松野は筆を手に口にした。

「内容は簡単と言えば簡単なんだけど、和泉式部と帥宮様の考え方の違いが交互に出てくるでしょう? そこが物語的なのよね。そうね、文を順番に並べて、その都度起こったこと感じたことを帥宮様に聞きつつ…… という感じかしら」

 和泉式部は現在帥宮邸に居る。そして正妻は既にその場には居ない。二人はいつも一緒に居られる。

「今年の正月の冷泉院での拝礼の式には女房として連れていったみたいね。この書きぶりじゃ」

「でもその時に式部の君は色んな人にじろじろ見られたのでしょうね…… 可哀想ですわ。お二人の仲は昨年は本当にあちこちで噂されていましたもの。式部の君を一目見てやろうという方も多いでしょうに」

「女房ですもの。正式な妻にできる訳ではないし仕方がないわ。でも、どちらがいいのかしら」

 松野は首を傾げる。

「召人でも常に一緒に居る、けど人目を避けられないというのと、妻としてきちんとした形を取ってもらえるけど、いつも一緒に居られる訳ではないというのは……」

「それはまあ、当人の性格次第ではないでしょうか? 私などは…… まあそもそも宮様のお側に上がれるということなど想像もできません。同じ位の身分の者とでしたら『一番』であっていつも一緒というのがやっぱり」

「だけど、そう簡単にはいかない、と」

「梛さま」

 くす、と梛は笑った。

「実際、上手く行かないものよねえ」

「でも梛さまは最近は上手くいっているじゃないですか」

 む、と梛は黙った。彼女と藤原棟世の仲は、実に静かに、だから着実に形になっていた。物資の援助だけではなく、既に男女の関係に至っていた。

 ただ彼はあくまで通って来るだけで、梛に自分の屋敷に移って来る様には勧めなかった。彼女がそれを望まないことを知っていたからである。

 継娘が気になるのか、と寝物語に問いかけられたことがある。

 無論それもある。自分は子育てに向いていない、と梛は感じている。かつて居た血を分けた息子にして、中関白家の女房として出仕していた期間、果たして思い出すことがあったろうか? 

 自分は冷たい女なのかもしれない、と時々梛は思う。

 棟世は前妻の娘と梛をあえて会わせようとはしなかった。ただ、会いたいならその様にとりはからう、と。

 梛にとって彼は頼りがいのある男だった。そして何処か父に甘える様な気分をも味わっていた。何処か、香と宣孝の関係にも似ている。

 結局自分は「母」よりいつまでも「娘」で居たがっているのかもしれない。そう思うと梛は苦笑を禁じ得ない。

 香はどうなのだろう。彼女には娘が居る。香はどんな母親をやっているのだろうか。今更にして気になった。

「実際のお世話は乳母や野依さんがしているそうです。香さまは常に書き物で一杯一杯ですから…… ですが。あ、可愛がってはいるそうですよ」

 可愛がって。それが精一杯なのかもしれない。

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