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62話 オファー


合宿が終わって五日ほど、俺たち文芸部員はある部屋に居た。


「「「「「由美先輩、おめでとうございまーす!」」」」」


パンパンパンと一斉にクラッカーが鳴る。


そしてクラッカーから出た紙はゆらゆらと由美先輩の頭へと落ちた。


ちなみに由美先輩の肩には【今日の主役】と書かれたダイソーで売っていたタスキがかけられている。


「あ、ありがとぉ。なんかこんなに祝われちゃとちょっと照れちゃうねぇ」


由美先輩は少し困惑したような表情を浮かべながらも、笑顔で答えてくれる。


「いやぁ由美先輩が書籍化オファー来るなんて、そりゃお祝いパーティーしないわけにはいかないでしょ」


そう言いながら俺はテーブルの真ん中に置かれているケーキを取り分ける。


隣に座っている日奈が俺に耳打ちしてくる。


「ねぇねぇ、なんか私のケーキ少なくない?」


「気のせいだ。おとなしく食っとけ」


「ねぇなんかひどーい」


そう言いながらも日奈はケーキを食べ始める。

ちなみに日奈のケーキは先ほどの抗議が来ることを予測して他より少し多めに入れてある。


「それにしても今日のパーティー会場なんだけどぉ」


由美先輩が周りを見渡して言う。


「なんで私の家なのぉ?」


「そりゃ主役の家でパーティーやるのが鉄板ですから」


「そういうものなのかなぁ」


「そういうものなのかぁ」


由美先輩はケーキを食べ始める。


「んんぅ美味しいぃ」


「「ほんとですか!良かったです!」」


由美先輩の隣に座っている由美ちゃんと優奈ちゃんが笑みを浮かべる。


「それにしても二人ともお菓子作りが得意なんて知らなかったよぉ」


「「お祝い事の時は任してください!」」


二人が同時にぐっどポーズをする。


「それにしてもネットで投稿してたやつにオファーが来るなんて、驚きましたよ」


「確か由美先輩のやつだけ異様に評価高かったよね」


「な、俺たちの十倍ぐらいの評価ついてたぜ」


「ふふっ、運が良かっただけだよぉ」


「それで由美先輩、書籍化のオファー受けるんですか?」


「勿論だよぉ。ふふっ、これで誠一君より一歩先行っちゃうねぇ」


「すぐに追いつきますよ」


「ふふっ、頑張りたまえ~」


ぽんぽんと由美先輩が誠一の頭を撫でた。


===


「いやぁうちの文芸部から去年と今年で二人も書籍化するやつが出るなんてな。これで部費増えてやりたい放題できるな!はっはっはっは」


部室にシーンとした空気が流れる。


「お、おいみんなどうした?笑うかなにか反応してくれてもいいんだぞ?」


再びシーンとした空気が部室に流れた。


「決めた!部費は全部俺のメガネに使う!」


「「「「「「自棄にならないでください!」」」」」」


俺たちは先ほどのシーンとした空気から一転、とてつもない熱量で先生を止める。


「いやぁそれにしてもついに由美が書籍化かぁ...先生涙が出てきちゃうよ」


先生は眼鏡を外して涙を拭う仕草を見せる。


「由美先輩、俺先生が部室来た記憶ほとんどないんですけど。それでも泣けるものなんですか?」


俺が由美先輩に耳打ちすると、由美先輩はふふっと笑った。


「部員私一人の時、先生毎日来てくれてたんだよぉ」


「そうなんですか!?」


「そうなんだよぉ。まぁずっと話しかけてくるから集中できなかったけどねぇ」


「由美そんなこと思ってたの!?」


先生がこちらを向いて驚いた表情を見せる。

由美先輩はしまったといわんばかりの表情を浮かべる。


「でもぉ、先生が居なかったら私、部活やめてたかもしれないしぃ、辞めてたら皆に会えなかったしぃ、書籍化も無かったからぁ、先生には感謝しかありません」


「うぅ...由美ぃ」


そう言いながら先生が由美先輩に近づいてハグしようとする。


「先生セクハラですよぉ」


「あぁそう言えばそうだな。感動のあまりつい」


先生は慌てた様子で席へ戻った。


危ない危ない。もしかしたらこんな話の後に顧問が変わるところだった。


俺は改めて先生を見る。

由美先輩が居なかったら文芸部は廃部になってたわけだし、廃部になってたら皆と会うことも無かったかもしれない。美咲ともこんな関係になっていないかもしれないし、由美先輩と誠一が付き合うことも無かったかもしれない。


そう思うと、俺も先生に感謝するべきなのかもしれないな。


俺はまだ眼鏡を取って泣いている仕草を見せる先生を見ながらふと、そんなことを思った。

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