「唯ちゃんと優奈ちゃん遅いなぁ」
「だね~。なんかあったのかなぁ」
「まぁまだ陽も下がってないし、心配しなくていいだろう。二人とも日が暮れるまでには帰るって言ってたし、そうとうはしゃいで楽しそうだったからまだ山の中を探索してるんだろう」
「そういえば誠一も森はトリックに使えそうな気がするって言ってまだ帰ってこないよな」
「誠一は...まぁ何とかなるでしょ」
日奈が本を読みながら呟く。
「ま、誠一君だしねぇ。一回来たことあるし悪運強いから大丈夫だいじょうぶ~」
「由美先輩まで...誠一が聞いたら泣きますよ」
そう言いながらも、俺も別にあまりそこまで過度に心配していたわけではなかった。
だが由美先輩の言葉からは、少しだけ嘘を感じた。
===
「「ねぇねぇ『唯』『優奈』、私たちこれ迷ってない?」」
「「確実に迷ってるね。流石にまずいよね」」
二人は山の中、抱き合いながら地面に座り込んでいた。
夕焼けが見えてきていた。時刻17時ごろだろうか。
「「どうする?先輩たちに助けてもらう?」」
「「助けてもらおうよ」」
「「じゃあ連絡しなきゃね」」
二人は同時に自分のズボンのポケットを漁り始める。
そして二人同時に自分の失態に気づいた。
「「私、スマホ忘れちゃったかも...」」
「「何やってるのさ『唯』『優奈』」」
「「そっちだってスマホ忘れたくせに」」
二人の間に、少しの無言の時間が流れる。
そして二人同時に口を開いた。
「「そもそもそっちが山なんて来たことないから歩きたいって言ったのが原因じゃん!」」
「「それ言うならそっちだって」」
「「そもそも山道からちょっとだけだからって言ってずれていったのはそっちのせいでしょ!」」
二人の語気はだんだんと強くなっていく。
だが二人は決してお互いを離すことはなかった。
だんだんと陽が暮れていく。
だんだんと夜が近づいてきていた。
「「ねぇねぇ、これって私たち遭難ってことになるのかな?」」
「「やっぱり遭難だよね!?怖いよぉ」」
二人の声は少し震えていた。
少し冷たい風が、木々の中で吹き、二人の肌へ突き刺さる。
二人がどうすることにもできなくて居座ること、一時間。
陽はもうすぐで落ちる寸前になっていた。
そして太陽が山の中に隠れる寸前、ガサガサと二人の近くで音が聞こえる。
風は吹いていない。
二人は怖くなり、より一層互いの身体を密着させる。
その音はだんだんと二人に近づいてきていた。
そしてついに、その音の正体が涙目になっている二人の前に現れた。
「「誠一先輩...?」」
「おっ唯ちゃんと優奈ちゃんじゃん。こんな所でどうしたの」
その時、誠一のズボンのポケットに入れていたスマホが鳴った。
「あっ電話だ。誰だろ...健吾じゃん。どうしたんだろ」
そう呟きながら誠一が通話に出る。
「誠一、優奈ちゃんと唯ちゃん見てないか?」
電話越しの健吾の声には心配しているような、焦っているような、そんな感情が含まれていた。
「見てないかって...急にどうしたんだよ」
「いや唯ちゃんと優奈ちゃんがなかなか帰ってこなくて心配で...」
「俺の心配もしてくれよ」
「ほら誠一は何とかなりそうじゃん?」
「ひでぇ...一年以上同じ部活の部員なのに...」
「うそうそ。冗談だよ。誠一はスマホ持ってるけど、唯ちゃんと優奈ちゃんは二人ともスマホ持って行ってないようでさ。だから心配で...」
「まぁ安心しろ。今俺の目の前に居るから」
「え!?本当か?」
「あぁ、なんでここで嘘つくんだよ」
「じゃあもっと早く言えよ。長く心配させるな」
「なんか俺の扱い酷くねぇか?...はぁ...切るぞ」
「あっちょっと待って誠一」
健吾がそう言うと、電話の向こうでドタバタと足音が聞こえる。
そうして少し経つとスピーカーから別の日との声が聞こえた。
「誠一君も気を付けてねぇ」
「はい!気を付けます!」
そう言って誠一は通話を切る。
最後に好きな人の声が聞けて誠一の気分は先ほどと違い絶頂である。
「ということで、帰るか」
===
誠一と唯と優奈は三人ならんで家への帰路へついていた。
唯と優奈は手を繋いだまま歩いている。
「「そ、その...ありがとうございます。誠一先輩が来てくれなきゃ私たちもっと怖い思いしてたので...」」
「まぁ感謝しろよって言いたいところだけど、実際俺たまたま見つけただけだし礼言われるようなことは何もしてねぇよ」
「「そ、それでも...誠一先輩が来てくれて私本当に安心できて...だからお礼したいです」」
「ほっほー、そこまで言うならお礼貰ったとくか」」
そう言った瞬間、誠一に二人が抱き着いた。
誠一の脳が一瞬フリーズする。
そしてすぐに二人から距離を取った。
「ふ、二人とも急にどうしたの!?」
「「お母さんが最大限感謝を伝えるときはハグしなさいって...」」
「どんな教育だ!?あのな...俺には運命を誓った由美先輩がいるの!だからお礼って言うのは、ありがとうだけでいいんだよ」
「「じゃ、じゃあ...ありがとうございます」」
「それでよし」
そうこうしていると、誠一たちは家へ戻ってきていた。
「お帰り~」
日奈が手を振って出迎えてくれる。
「も~心配したんだから~」
日奈がぷす~と頬を膨らませる。
唯と優奈は少し俯いてしまった。
「ま、まぁ無事に帰ってきてくれたし良しだね。お風呂入る?」
「「入りたいです!」」
そう言って二人は家の中へ小走りで入っていった。
すると遅れて由美先輩も玄関から出てくる。
「誠一君お帰り~」
「由美先輩!ただいまです!」
そう言うと、由美先輩は突然誠一に抱き着いた。
「ゆ、由美先輩!?」
「私はねぇ、誠一君のことも心配してたんだからぁ」
「ははっ、ありがとうございます」
「あれぇ?」
クンクンと由美が誠一の匂いを嗅ぐ。
「ゆ、由美先輩...?一体どうしましたか?」
「なんか誠一君から他の女の子に抱かれた匂いがする...」
「き、気のせいじゃないですかね...」
誠一が顔をそむける。
「ほんとのこと言ってくれないとぉ。私すねちゃうなぁ。あぁ誠一君に隠し事されるなんてなぁ」
「ああ言います言います!」
誠一は慌てた様子でことの様子を説明した。
「な~なんだ。そんなことがあったんだねぇ」
「あっ、そんなすんなり信じてくれるんですか?」
「そりゃ信じるよぉ。誠一君のことも信じてるからねぇ」
「ゆ、由美先輩...」
誠一が涙を拭うような仕草を見せる。
「それに私も一回されたことあるしねぇ」
そう言って由美は誠一の両頬をつまむ。
「ゆ、ゆみへんはい?」
「でも私が居てハグされるのはどんな事情でも許されないなぁ...だからちょっとだけ罰」
「は...はひ」
家に入った誠一の頬は、少し赤かった。