「出発、しんこー!!」
「「「「「おーー!!」」」」」
「おー...」
一人だけ疲れてそうな声を上げながら、車は進み始めた。
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「運転...疲れた...休みたい...うぅ...」
そう言いながら先生はトランクから荷物を取り出し、とぼとぼとした足取りで合宿先の家に入っていく。
ちなみに合宿先は去年と同じである。
俺も自分の荷物をトランクから取り出す。
車のそばでは由美先輩が優奈ちゃんを、美咲が唯ちゃんへうちわを扇いでいた。
二人の顔が死にそうになっている。
「「は、吐きそう...」」
「大丈夫?」
「「や、やばいです...胃の中からぐちゃぐちゃの私たちの朝ごはんが出てきちゃいます...」」
「そんな事細かに説明しなくていいから...」
美咲と由美先輩が少し呆れたように笑う。
「大丈夫?唯ちゃんと優奈ちゃん」
今にも吐きそうな二人へ日奈が心配そうに声をかける。
「「はい!全然大丈夫です!なんなら元気です!」」
日奈が声をかけた瞬間、今までのことが嘘だったかのように二人はピンピンとし始めた。
表情も死にそうな顔から一転、笑顔で調子の悪さなんて一つも感じられない。
それどころかどこか肌のツヤまで良くなったかのように感じるのは流石に気のせいだろうか。
「ほ、本当に大丈夫...?」
日奈が再度心配そうに声をかける。
「「もうへっちゃらです!ひーちゃん、荷物持ちますよ!」」
そう言って二人は日奈が持っているバックを持とうとするが、日奈がやんわりと断った。
「おいおい大丈夫か?」
二人の後ろから誠一が声をかける。
「「う...吐きそう...」」
「え!?なんで!?」
誠一が驚いた声を上げる。
唯ちゃんと日奈ちゃんが入ってもう四か月ほどが経った。
その四か月の間に色々なことが起きた。
俺と美咲が日奈のライブに行ったり、俺と美咲が付き合ったり、確かに色々なことがあったのだ。
その四か月の間に起きた出来事の一つによって、今若干誠一と二人の仲が悪いのだ。
いや、若干誠一と二人の仲が悪いというのには語弊がある。
正確に言えば、二人が誠一を嫌っていると言った方が正しいだろう。
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あれはそうだな...夏が感じられる季節になってきて、クーラーが無かったら制服の下が少し汗ばむような時のことだろうか。
部室には由美先輩と美咲を除いた部員が居た。
「なぁ俺のポテチ時々盗んでるだろ」
誠一が机に置いてあるポテチをつまみながら日奈を見て言う。
「ん?何の話かな?」
「いやだから俺のポテチ時々盗んでるっていう...唯ちゃんと優奈ちゃんも見てたよな?」
「「ひーちゃんがそんなことするわけないじゃないですか!」」
「そういえばそうだったな。うん」
誠一が諦めたようにポテチをまたつまみだす。
ちなみに俺が観測している範囲だと確実に十枚は取っている。
俺が観測している範囲で、だ。
そんな枚数のポテチを唯ちゃんと優奈ちゃんにバレずに取るなんて前世は怪盗だったに違いない。うん。多分。
そして今、誠一が窓の外を見ている瞬間を狙って日奈がポテチの袋の中へ手を伸ばす。
ちなみに唯ちゃんと優奈ちゃんは二人で一緒に一冊の本を読んでいる。
そして一緒のタイミングでページをめくろうとする。
二人に違うところはないのではないだろうか。
そして日奈が袋から手を抜こうとした瞬間、その手を誠一の手が捕まえた。
誠一がにやりと笑う。
日奈の顔に乾いた笑みが浮かび、冷や汗が流れる。
日奈が誠一の手を離そうと一生懸命手を引くが、誠一も負けずと手を掴み続ける。
二人が少しの間引っ張りあいを続ける。
ちなみに唯ちゃんと優奈ちゃんはまだ騒動に気づいていないのか二人して集中して本を読んでいる。
そして二人が引っ張りあいを続けて立ち上がった瞬間、日奈がバランスを崩してこける。
日奈の手を掴んでいた誠一はこけそうになる日奈を支えようとして手を掴み続けるが、誠一もバランスを崩して日奈にもたれかかる形でこけてしまう。
ガンッ、ガシャンッ、と大きな音を立てながら二人がこける。
本を読んでいた優奈ちゃんと唯ちゃんも気付いたようで、心配そうな顔を浮かべながら現場へ近づいていく。
「いっっったぁぁ」
日奈が誠一に掴まれていない左手で頭をさする。
現場を確認した唯ちゃんと優奈ちゃんは、信じられないものを見たような目で現場を見ていた。
誠一が日奈に覆いかぶさるようにこけており、誠一の左手は日奈の右手を掴んだままだ。
そして空いている誠一の右手は、日奈の胸を触っていた。
それもこけて覆いかぶさっている体勢のせいで、ソフトではなくがっつりとである。
この現場だけを見たら、確実に誠一が日奈に良くないことをしようとしている現場にして思えない。
そして誠一と日奈は偶然か必然か、同じタイミングで自分たちの状況に気づく。
「えっえっえっ、うそっ、ちょっちょっと」
「ごっ、ごめん!」
日奈の顔と耳が急に赤くなり始める。
事態に気づいた誠一の顔と耳も赤くなり始め、誠一が慌てたように両手を日奈から離した。
そして急いで立ち上がろうとした瞬間、誠一は日奈の履いているスカートを踏み、足を滑らせてまたしてもこけてしまう。
ガシャンッ、とこれまた大きな音がした。
そして不幸なことに、今度は誠一の左手ががっつりと日奈の胸を触っていた。
「いっっってぇぇ」
誠一が右手で頭をさする。
まだ左手の事態には気付いていないようだ。
「あっごめんな日奈」
そう言って誠一が日奈の顔へ振り返ろうとした瞬間、日奈の右手の平がキレイに誠一の左頬にクリーンヒットした。
日奈の右手がクリーンヒットした誠一は少し吹っ飛ばされる。
顔を上げた誠一は状況をあまり理解できていないようで困惑した表情を浮かべながら辺りを見渡している。
そしてふっとばされた誠一を見ながら優奈ちゃんと唯ちゃんが一言。
「「誠一先輩、サイテーです」」
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「唯ちゃんと優奈ちゃん、そろそろ許してやってくれないかな?誠一もぜっっったいにわざとじゃないだろうし、だから...ね?」
「「それでも許せません!」」
「誠一もあの後謝ってくれたし...ね?」
「「許せません!」」
「私、友達ファンの子が喧嘩してるなんて...悲しいなぁ」
「「許します!誠一先輩!荷物運びますよ!」」
「お...おぉありがとな...」
そう言うと二人は誠一の荷物を持って家の中へ入っていく。
「その...なんかありがとな。俺も流石にあのままっていうのはあれだし。お前のお陰で助かってぜ」
「アイドルの胸を揉んだことすら高くつくのに、後輩との関係も良くしてあげるなんて...この貸しは高くつくわよ。ふふっ、何奢ってもらおうかしら」
「げっ、それ目的かよ」
「当たり前じゃない!」
日奈がふふっと笑う。
俺はそんな二人を見つめながら小さく笑う。
こういうとき、嘘を見破る能力は役に立つのかもしれない。
まぁ日奈は嫌だろうが。
そっか、そりゃそうだよな。
日奈だってファンの子と誠一が仲が悪いままなんて嫌だよな。
日奈だって誠一への信頼やら友情やらあるだろうし、優奈ちゃんや唯ちゃんへの気持ちもあるだろう。
俺は二人を見ながらうんうんと頷いた。
ちなみに奢ってもらうという部分に嘘は感じなかった。