俺は美咲の家の前でポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。
九時四十分。集合時間の十時まで後ニ十分である。スマホのカレンダーには『デート』と三文字書かれていた。
ちなみに俺が到着した時間は九時ニ十分である。流石に少々早く来すぎただろうか。
隣を通るおばさまから少し訝し気な目線で見られたような気がするが、まぁ気のせいということにしよう。うん。
俺は服装をチャックする。うん。大丈夫だな。日奈に選んで貰ったからまぁダサいということは無いだろう。うん。俺が着こなせるかどうかは置いておいて。
今一度、自分の姿をスマホで確認する。
前髪よし、寝癖無し、服装よし、全て確認してからポケットにスマホをしまう。
そうこうしていると、家から美咲が出てくる。
白の半袖にチェックのスカートを履き、頭にはペレー帽を被っている。
肩にはチェーンがついたカバンを下げている。
顔は化粧によってか目にはアイシャドウが引かれ、いつもより唇がピンクに輝いている。
そしていつもの眼鏡とは違いコンタクトのようだった。
「おまたせ。もしかして結構待たせちゃった?」
「いや全然だよ。さっき来たところだから」
「でも私が着替えてるときにちらっとカーテンの隙間から除いたらその時から健吾君立ってたよ?私ニ十分ぐらい待たせちゃったような気がするんだけど...」
「まぁそのニ十分も俺の大切な人生のかけがえなのないニ十分ってことさ」
「ふふっ、なにそれ」
美咲が口を押さえながら笑う。
美咲が少し屈んで俺を見上げながら話す。
「ねぇねぇ、そういえば今日特別メイク上手くいったんだ。どう?」
「か、可愛いと思うよ」
「それだけ?」
「キュートだよ」
「ふふっ、ほとんど意味変わってないじゃん。もっと具体的に褒めてほしいなぁ」
「お目目おっきい!顔小っちゃい!」
「まぁ及第点だね。成長したまえ」
そう言いながら頷き、ぽんと俺の肩に手を置く。
なんかここ最近だんだんと美咲が最初の美咲と変わってきたような気がするのは気のせいだろうか。
まぁ変わったら変わったでそれもまた可愛いのだが。
恋は盲目である。
===
俺と美咲は手を繋ぎながら水族館を探索していた。
水族館にした理由は至極単純で、デートと言えば水族館じゃね?という俺の発案であっさり決まってしまった。
「ねぇねぇペンギン可愛いよ!よちよち歩いてて可愛い~」
美咲は目を輝かせながらガラス越しに歩くペンギンを見つめる。
そしてパシャパシャと写真を取り始める。
俺もガラス越しにペンギンを見る。
すると一匹のペンギンと目があった瞬間、そっぽむかれて後ろを向いて歩いていく。
「ふふっ、健吾君嫌われちゃったねぇ」
「目合わせただけなのに!?」
「健吾君は目合わせるのが下手なんだよぉ」
「目合わせるのに上手い下手があってたまるか」
「ふっふー、そういうならば見本として私を見てなさい」
美咲は俺と同じようにガラス越しにペンギンを見つめると、一匹のペンギンと目が合った。
そのペンギンは美咲に目を合わせたままこちらへ向かってくると、ガラスの前でジャンプして見せる。
「ほら?私上手でしょ?」
美咲が俺の顔を見つめてふふっと笑う。
「な、なぁ。それってどうやってやるんだ...?」
「そりゃペンギンと心を通わせるの。テレパシー?みたいな感じで会話しながらね」
美咲はガラス越しにペンギンと見つめ合い、時々うんうんと頷いている。
「人類で実現可能な方法はないのか...」
俺は小さく呟いた。
俺はちらっとペンギンを見ると、たまたまペンギンもこちらを向き目が合う。
その瞬間、ペンギンはそそくさと退散していく。
「も~。健吾君が目合わせちゃうからぁ」
美咲が少し頬を膨らませながらこちらを見つめる。
それにしても俺は嫌われすぎだと思うの。
===
「うおぉ。高いな」
「ね!こっから落ちたらどうなっちゃんだろう。痛いかなぁ」
「多分痛いじゃ済まないんじゃないかなぁ」
俺と美咲さんは観覧車に乗り、ゆっくりと上昇していた。
下を見るともうそこそこ高いところまで来ている。半分と言ったところか。
「私観覧車乗ったの初めてなんだ」
「奇遇だね。俺も」
「ふふっ、じゃあ私たちどっちとも初めて同士ってことだね」
俺たちの間に、少しの間無言の時間が流れる。
「健吾君、観覧車と言えば健吾君は何だと思う?」
「観覧車と言えば...かぁ」
俺は考えを巡らせる。
観覧車と言えば、う~ん。なんだろうか。
俺が考えていると、美咲が口を開いた。
「私はねぇ。やっぱりカップルかなぁ」
「カップル?」
「そうカップル。カップルが二人で乗ってぇ、その後に二人きりの空間でね」
俺はごくりと唾を飲む。
俺は大体察しがついた。
「しりとりするの」
「ほんとに合ってる?」
俺は思わず尋ねてしまう。
「ふふっ、冗談だよ冗談。ほんとはねぇ」
美咲が瞬きをする。そして唇をぺろりと舐めた。
観覧車はもうほとんど頂上にまで辿り着いていた。
その時、美咲が窓の外を指差す。
「あっ、見てみて健吾君」
俺は美咲に言われた通りに美咲が指差す方向に顔を向ける。
その瞬間、俺の顔に美咲の顔が覆いかぶさった。
唇に柔らかい感触を感じる。
俺が思わず振り返ると、美咲はもうすでに席に戻っていた。
耳も顔も真っ赤である。
「観覧車でのキス...私たちまた一個初めてを達成しちゃったね」
美咲がふふっと笑う。
俺が耳と顔が熱くなるのを感じながら、あることを思う。
最近美咲の小悪魔属性が高くなってきているような気がするのは、気のせいだろうか。