「ねぇ、もう一回キスしてもいい?」
「いいよ。どうかしたの?」
美咲は若干驚いたような表情を浮かべながら、こちらを向く。
「美咲に主導権握られてのキスだったから、今度は握ってやってみたくて...」
「ふふっ、まぁ私はどっちでもいいんだけどね」
ふふっと、美咲は笑う。
「目閉じてて」
俺がそう言うと、美咲は目を閉じてくれる。
俺はドクドクとなる心臓を押さえながら、ゆっくりと顔を動かす。
目を閉じる美咲さんの顔がだんだん近づく。近づくたびに俺の心臓の鼓動は早まる。
そしてついに、もう一度俺たちは唇を重ね合わせた。
今度は唇の感触が、唇の温度が、そばにいる美咲の気配が、より鮮明に感じられた。
俺はだんだんと恥ずかしくなってきて、唇を離す。
「ふふっ、初めてキスされちゃった」
美咲は少し頬を紅潮させながら照れ笑う。
「さっきファーストキスを済ませたような...」
「さっきのはファーストキスをしたんであって、キスされちゃったわけじゃないから全然違うものなんだよ」
「そういうものなのか」
「そういうもんなの」
ふふっ、と美咲さが笑う。
その時、ひゅ~、と音を立てて一つの花火が、空へ上がっていった。
その花火は空高くまで飛ぶと、キレイな丸を描き、パンッという轟音と共に散っていく。
その花火に続くように、二個、三個、四個、五個と次々に花火が打ち上げられていく。
「キレイだね」
「だね」
俺たちは手を繋ぎながら座り、二人で花火を眺める。
キレイ、キレイなのだが...
先ほどまでが衝撃の連続過ぎて、花火がなかなか入ってこない。
俺の脳内はずっと先ほどまでのことに支配されている。
ちらっと隣に座る美咲を見ると、美咲は少し笑みを浮かべながら、目を輝かせて花火を見ていた。
美咲のキレイな瞳の中に、花火が映っていく。
まじまじと美咲の顔を見ていたせいで、流石にこちらに気付いたのか美咲が俺の方へ振り向く。
「どうしたの?私の顔そんなまじまじと見ちゃって。なんだか照れちゃうなぁ」
ふふっ、と美咲が笑う。
「あぁ、ごめんごめん。なんだか花火に集中できなくてさ」
「どうかしたの?」
「いや...さっきまでのことが衝撃過ぎてね」
「確かにね。私もさっきほどまでのことなんて人生で一回もないよ」
パンッと、轟音が鳴った。
「でも、告白されて、ファーストキスをされた後の花火なんていうロマンチックなこと、人生で一回ぐらいしかないじゃん?告白も、ファーストキスも花火も全部脳に焼き付けなきゃ勿体なくないような気がしちゃって」
「確かに。それもそうだね」
俺は美咲から目を逸らして空を見上げる。
キレイな花火がテンポよく打ち上げられていく。
そっと、俺の右手に何かが触れて握り始める。
「どうしたの?」
「手を繋ぎながら花火見るっていうのもロマンチックじゃん?」
「ははっ、確かに」
俺は美咲の手をゆっくりと握り返した。
俺は一生、今日の記憶を、この瞬間の記憶を忘れることは無いのだろう。
永遠に。
===
ひゅ~と音を立て、これまでで一番大きな花火が咲き、散る。
遅れてこれまで一番の音が俺たちの耳へ届いた。
「今日の花火は終了致しました」
とアナウンスが流れる。
「そろそろ帰る?」
「そうだね」
俺たちは立ち上がる。
そして俺たちは手を繋いだまま帰路へ着く。
少し歩くと、周りに人も多くなってくる。
その中にはいわゆるカップルと言われるような人たちも見える。
他の人たちから見たら、俺たちもカップル見えるのだろうか。
「足、疲れてきちゃったなぁ」
美咲が足をさすりながら言う。
「俺も」
俺がそう言うと、美咲がむぅとした表情と視線を俺へ向ける。
「ど、どうしたの...?」
「いやぁ、足疲れちゃったなぁ」
「俺も」
少し俺たちの間に無言の時間が流れる。
「誰かの背中に乗りたい気分だなぁ」
それでようやっと、俺は美咲が言いたいことを理解する。
「しょうがないなぁ」
俺は少し屈む。
「健吾君優しい。好き」
そう言いながら美咲は俺の背中へ飛び乗った。
俺は美咲の重みを感じながら歩き始める。
「なんか美咲軽くなった?」
「ふふっ、嬉しいこと言ってくれるね。ノーコメントでお願いしたいけど」
「じゃあ重くなった?」
俺がそう言った瞬間、美咲のどこにそんな力があるのか分からないほどの力で頬を引っ張られる。
「ご、ごめんなはい」
「それでよし」
美咲が手を離すと、頬は少しひりひりした。
そうこうしているうちに、俺たちは美咲の家の前にまで辿り着いていた。
「健吾君ありがと」
「明日筋肉痛になりそう...」
「そんな冗談言っちゃってぇ」
美咲はふふっと笑う。
いや、冗談じゃないのだが。
だがそんな俺の思いは美咲へは届いていないようだ。
美咲が俺の背から降り、一気に自分の身体が軽くなったような感覚に陥る。
「じゃあね!健吾君」
そう言って美咲は俺の横を通り過ぎると思いきや、俺の隣で止まり、俺の方へ向く。
俺がどうしたのかと振り向こうとした瞬間、俺の右頬に柔らかいものが触れた。
俺は驚いて思わず横へ退いてしまう。
「きゅ、急にどうしたの...?」
「ま、まぁ?カップルだしするものかなぁって」
「世の中のカップルすげぇ...」
俺の視界に映る美咲の耳は、真っ赤だった。
美咲はそそくさと歩き、玄関の前へ辿り着くと、手を振ってくれる。
俺が手を振り返すと、笑みを返して家へ入っていった。
俺は右頬を触る。
頬にキスされた時から心臓はバクバクである。
「世の中のカップルすげぇ..」
俺は小さく呟いた。
===
「ただいまぁ」
俺が玄関のドアを開けながら帰ってきたことを家族へ明らかにする。
「おかえりー兄ちゃん」
廊下の奥からパジャマ姿の明衣が小走りで走ってくると、俺の手自分の手を重ねながら俺に何かを持たせた。
「はい、兄ちゃんへプレゼント」
明衣がニコッと微笑む。
「おぉありがとな」
俺はそう言ってプレゼントの正体を見る。
俺の手には、初めて見るおもちゃのようなものが握られていた。
「これってなんなんだ...?」
「これはね、兄ちゃんのためにって思ってくじ引き引いたら出てきたんだ。可愛い妹からのプレゼントだと思って受け取ってね!」
この明衣の言葉を翻訳すると、はずれくじを引いたから俺に押し付けますということだ。
俺はそっと日奈のズボンのポケットに戻しておいた。
「それにしても兄ちゃんの彼女さんって積極的だよねぇ」
明衣が俺の顔を見ながら話す。
「積極的って、一体何の話だ?」
「いやそりゃぁ、口にもほっぺにもキスマークつけられてこられちゃ積極的と言わざるおえないでしょ」
「え!?」
俺は急いで洗面台の鏡で確認すると、確かに俺の顔には二つのキスマークがついていた。
なんかデジャブなような気がするな...
そう思いながら、俺はどこか勿体ないような気がして俺はキスマークを消さずに部屋へ戻った。
おまけ
「先客がいるみたいだねぇ」
健吾と美咲が花火を見る場所に辿り着いたとき、その後ろには由美と誠一の姿が見えた。
「ん?ていうかあれ健吾と美咲ちゃんじゃねぇ?」
「え!?うそうそ!」
由美のテンションが目に見えて上がるのが分かる。
「もしかしてぇ、今二人良い感じの所なのかなぁ」
「どうなんでしょうね」
そうこう話していると、健吾と美咲がキスし始める。
「ねぇねぇ!キスしたよぉ!キス!キャー」
由美は両手で頬を押さえて喜び始める。
「ねぇねぇ!これもしかしてぇ見ちゃったらダメな奴だったかなぁ!」
そう言いながらも、由美は健吾と美咲のキスシーンから目を離す気配がない。
すると突然由美は誠一の方を向くと、唇を重ね合わせた。
誠一が驚いて退くと、由美は唇をペロっと舐めると、笑顔で言う。
「私もしくたなっちゃったぁ」