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55話 告白

俺たちはしばらく歩くと、目的の所へ辿りついた。


その場所は去年と同じように、誰一人としていなかった。


俺たちは二人でフェンスのそばへと座る。


「海のそばまで行けなくなっちゃったね」


「だね。まぁここでも十分キレイに見えそうじゃない?」


「ふふっ、それは確かに」


波の音が、微かに小さく俺の耳へ届く。

俺たちの間に無言の時間が流れた。


俺はすーはーと深呼吸を繰り返す。


言うぞ言うぞと自分を鼓舞するが、なかなかその行動へ移せない。


自分の勇気のなさを恨むばかりだ。


「私ね、中学校に居た時はまさか健吾君と二人で花火見るぐらいの仲になるとは想像出来なかった」


「俺もだよ」


「まぁ健吾君は私の中学校時のこと一ミリも覚えてないぐらいだからね」


「でも高校の思い出の容量を一番占めてるのは美咲だよ」


「嬉しいこと言ってくれるね」


ふふっと美咲さんが笑う。


「まぁ私も健吾君と同じように健吾君との思い出が一番占めてるんだけどね」


「俺は美咲さんが一番占めてるのに、美咲さんにとっては俺が別に一番占めてるわけじゃないって言われたら泣いちゃうよ」


「ふふっ、確かにそれもそうだね」


また少し、波の音しか聞こえない時間が流れる。


「私ね、家族以外でこんなに仲良くなったの健吾君が初めてなんだ」


「俺もだよ。美咲さんが初めて」


「私たち初めて同士だね」


「だね」


また、無言の時間が流れる。


「私ね、一つだけ出来なことがない関係があるんだ」


「出来たことない関係?」


「そう、出来たことない関係」


「それって一体...?」


「あぁ、彼氏欲しいなぁ」


美咲さんはわざとらしく俺の言葉に大きな声で被せる。


「急にどうしたの...?」


「いやぁ急に彼氏と花火みたいなぁって思って」


ちらちらと美咲さんは俺の顔を見ながら言う。美咲さんの耳は真っ赤だ。


俺は理解する。美咲さんはこんな状況になってなお、勇気が出せない俺の尻を叩いてくれているのだ。


美咲さんの嘘を俺が見破れなくても嘘を見抜けなくても、ここまできて分からないはずはない。


俺は美咲さんの嘘は見抜けない。他の人の嘘は見抜けるのに、美咲さんの嘘だけは、見抜けない。正直初めは関わるのが怖かった。


その言葉が嘘じゃないのか、本当のことなのか分からないのが初めてだから。

だけど、それと同時に話すたびに嘘を見破れなくても別に怖くないんじゃないかと思ってた...いや、もしかしたら最初から実はそうだったのかもしれない。


美咲さんの雰囲気がそうさせたのだ。


俺は覚悟を決める。


「美咲」


ここで勇気を出せないなら、俺は一生勇気を出せない。


「どうしたの?」


と言いながらも、これから俺がすることを理解したのか、こちらを正座しながら見つめる。


「俺はこれから、人生で初めてのことをします。俺はこれから初めてのことをします。ちゃんと聞いてくれますか....?」


「もちろん。健吾君のことならなんでも聞くよ」


すぅ...はぁ...と深呼吸をし、無理やり心臓の鼓動を落ち着かせる。


俺はしっかりと美咲さんの目を見る。

俺が惚れた、キレイな紫の瞳がそこには映っていた。


そして俺はついに、ずっと言いたかった言葉を伝える。


「美咲のことが好きです。俺で良ければ付き合ってください」


美咲さんの顔が火照る。


そして少しの間相手から、美咲さんは恥ずかしそうに顔を俯かせながら答える。

その顔は笑顔だった。


「ずっと待ってたよその言葉。私もね...健吾君のことが好きだよ」


美咲さんが俺へ向き直る。


俺たちはしばらく見つめ合う。

そんな状況を打破しようと美咲さんが口を開いた。


「催促しちゃったのは私だし、ずっと告白されたいって思ってたけど...いざされるとなんか少し恥ずかしいね」


「セリフ変えた方が良かったかな...?」


「ううん、私史上一番ときめいた言葉だったよ」


「ふふっ、なら良かった」


俺は安心からか顔から笑みが漏れ出る。


「私ね。まだ初めてなことがあるんだ」


「初めてなこと?」


「そう、初めてなこと。なんだと思う...?」


「...パチンコ?」


「この状況で私がそれ言ったらびっくりだね」


ふふっと美咲が笑う。


「正解はね~」


美咲は少しもったいぶる。


そして人差し指を唇に当てながら答えを言う。


「キス、私まだしたことないんだ」


キス、その言葉を聞いた瞬間、少しドキッとしてしまうと同時に先ほどのことを思い出す。


「あれ?でもりんご飴食べた時当たったような...?」


「あれはノーカン!ノーカンだから!」


美咲は慌てて手を振って顔を赤らめながら否定るする。


「ははっ、ノーカンか」


「そう、ノーカン...だからね。私のファーストキス、健吾君に貰ってほしいな」


人差し指は唇に当てながら、うっとりとした目で美咲さんは俺を見つめる。

小悪魔的な仕草で悪魔的な可愛さである。


「だめ....かな...?」


「ダメじゃないよ!むしろウェルカムって感じ!」


「ふふっ、なら良かった」


そう言うと、美咲は目を閉じた。


俺はまたすぅ...はぁ...と深呼吸をする。


さっき告白できたじゃないかと自分を鼓舞する。

今度は唇と唇を重ねるだけじゃないかと自分を説得するが、なかなか踏み出せない。


なかなか来ないことを不思議に思ったのか、美咲が閉じていた目を開ける。


「健吾君顔真っ赤だよ?」


「あ、あれ?そうかな?あれー暑いのかな」


俺はとりあえずそれっぽい理由で言い訳するが、多分俺がキスを恥ずかしがっていることはバレているのだろう。


「確かに私が待ってばっかじゃ不公平だよね」


「え?」


「ほら健吾君、目閉じて」


俺は美咲に言われた通りに目を閉じる。


「そしてゆっくり顔を前にして」


俺はまた美咲に言われた通りに顔を前に動かす。

そして少し動かしたところで、俺は唇に柔らかい感触と少し暖かい温度を覚える。


俺は思わず目を開けてしまう。

俺の目の前には美咲の顔があった。


俺が驚きのあまり思わず顔を後ろに下がらせようとすると、美咲は俺の抱くように背中に両手を回すと、より厚く、キスを続ける。


それは時間にして十秒ほどだっただろうか。


だが、俺には無限と感じられるような時間だった。


チュパッと音を立てて俺たちの顔が離れる。


俺の心臓はりんご飴を除いたら初めてのキスに驚いたのか、人生史上一番の速さで鼓動を鳴らしている。


大丈夫だろうか?このペースのまま心臓が鳴り続けると早死にしそうだ。


美咲を見ると美咲も顔を真っ赤にさせてこちらを見つめていた。


そしてふふっと笑うと美咲は幸せそうに呟いた。


「今日だけで私の初めて二つ終わっちゃった」


「俺で良かったの?」


「何言ってるの」


美咲さんはふふっと笑うと、湿った唇をぺろりと舐め、笑いながら言う。


「健吾君だから良かったんだよ」


俺は今この瞬間を、この日を、人生で一度も忘れることは無いだろう。

暗闇の中を照らすような、キレイで可愛い笑顔を見ながらそう思う。


あぁ、幸せだ。世界で一番、幸せだ。

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