「なんか久しぶりだね。この感じ」
「確かに、一年ぶりだしね」
俺と美咲さんは二人で焼きそばを食べながらゆっくりと道路を歩いていた。
いつもと違い、美咲さんの服装は紫の浴衣である。
俺たちの周りにも浴衣の人たちが目立つ。
そう、今日は夏祭りである。空はもう陽が落ちかかっていた。
そしてこの夏祭りで俺は一つ、ある決心をしていた。
ちらっを美咲さんを見る。
いつもと違いコンタクトで、薄めの化粧をしている。
いつもと違う雰囲気で、これも可愛い。
少しの間、俺たちの間に無言の時間が流れる。
俺はこれからしようと決めている計画のことと、この夏祭りの間にも距離を縮めようと頭の中がいっぱいだった。
そんな中、俺の中に一つの案が浮かぶ。
俺は、そっと美咲さんの左手を握った。
「ど、どうしたの?」
美咲さんが驚いたような顔をしながら戸惑いの声を上げる。
俺は何か良い言葉がないか頭を巡らせる。
「あ、あぁえっとね。その...ほら、こんなに人居るからはぐれたらダメじゃん?だからね、うん。もしかして嫌だった...?」
「ううん。全然嫌じゃないよ。去年も一緒に手つないで回ったしね」
「そういえばそうだったね」
少しの無言の時間が流れた後、美咲さんがぼそっと呟く。
「私は人が少なくても、手繋ぎたいけどね」
「え?」
思わず驚きの声を上げてしまう。
「どうかした?」
美咲さんが不思議そうな顔でこちらを見つめる。
その顔と耳は真っ赤である。
「いやさっき美咲さんが...」
「あっ、健吾君!金魚すくいあるよ金魚すくい。やりにいこうよ」
そう言って美咲さんは俺の手を引っ張りながら屋台の方へ小走りで向かっていく。
俺の頭の中は先ほどの美咲さんの言葉でいっぱいだった。
===
「おっカップルさんかい」
屋台のおじちゃんがこちらを見てにこりと微笑む。
「あっいやカップルじゃ...」
「はい!そうです!」
俺が否定しようとすると、美咲さんは俺の腕に抱き着いてきて俺の言葉を遮る。
「み、美咲さん!?」
俺は驚きを隠せないまま美咲さんを見つめる。美咲さんの耳は若干赤く染まっていた。
俺も美咲さんに腕を抱き着かれ、心臓がバクバクと鳴っている。
そんな俺たちを見ながら、屋台のおじちゃんはげらげらと笑った。
「初々しいねぇ。若いっていいもんだ」
俺たちが料金を払うと、おじちゃんがポイを渡してくれる。
俺はポイを持ちながら泳ぐ金魚を見つめる。
だが、頭の片隅にはずっとさっきの美咲さんの姿が思い浮かんでいた。
「ねぇねぇ健吾君。どれから狙う?」
「う~ん。俺はこの小っちゃいやつかなぁ。取れやすそうだし」
「え~。ここは一発デカいの狙おうよぉ」
美咲さんはとある一匹の金魚を指差す。
その金魚は他とは一線を画すほどの大きさだった。もはや金魚とは別の魚のではないかと疑いたくなるほどだ。
この薄いポイじゃ何枚あっても取れなさそうだ。
「流石にそれは無謀じゃない?」
「何言ってるの健吾君。無謀に挑戦してこそだよ」
なんだか最近美咲さんが日奈や誠一に似てきたような気がするのは気のせいだろうか。
「でも流石にそれは無謀すぎるっていうか...」
「おりゃ!」
そんな俺の制止は耳に入っていないかのように、美咲さんはポイを勢いよく巨大金魚の下へ潜り込ませ、勢いよく引き上げた。
引き上げられた金魚は空高く宙へ飛ぶと、そのまま美咲さんが左手に持っていた袋へと落ちる。
「「お、おぉ...」」
俺とおじちゃんが驚きのあまり声が漏れ出る。
「そいつは俺が金魚すくい初めて三十年間一回も取られなかった大物だぞ」
それ本当に金魚か?
まぁ金魚と信じれば金魚なのだろう。知らんけど。
美咲さんが笑顔で取った金魚を見つめる。
「ほら、お兄さんも続いちゃって」
おじちゃんの言葉に促され、俺はポイを構えた。
===
「ま、まぁ。そういう日もあるよ」
美咲さんが俺の顔を見ながら慰めてくれる。
俺の手の袋には一匹も金魚が入っていなかった。
俺はただ、五枚のポイを破いただけである。
ちょっと...いや、普通にショックである。
「あっそうだ!気をとりなしてりんご飴食べようよりんご飴!去年も食べたしね!」
「確かにそうだな」
俺は頭をブンブンと振り、気を取り直す。
これから俺の人生史上1と言っていいほどのことが待っているのだ。
こんなことで悩んでなどいられない。
美咲さんは俺に金魚を預けてはりんご飴を買って来てくれる。
買った個数は、去年と同じ一個だった。
「あれ?一個?」
「うん。去年健吾君と一人一個って多いよねって話した気がするし」
そう言われ、俺は去年のことを思い出す。
そして美咲さんは一口、りんご飴へと齧りつく。
りんご飴を食べる美咲さんを少し眺めていると、美咲さんが不思議そうな声でこちらを見ながら言う。
「どうしたの?食べないの?」
「あ、あぁ食べるよ勿論」
俺は恐る恐る一口食べる。
目を開けるとすぐそばに美咲さんの顔があった。
美咲さんは気にしてないかのようにりんご飴を食べ続ける。
これ俺がおかしいのか?顔が超近くに合って気にしちゃうのって俺がおかしいのか!?
俺は驚きを隠せないまま、りんご飴に齧りつく。
だんだんと美咲さんとの顔の距離が近くなっていく。
その時、俺はあることに気づいた。
視界の端に映る美咲さんの耳は、真っ赤に染まっていた。
だんだんとりんご飴が無くなっていく。
その度に俺と美咲さんの顔は近くなっていった。
近くにある美咲さんの目で、笑ったのが分かる。
もう後二口ほどになった。
俺たちの口が止まる。
俺がどうしようかと考えた瞬間、美咲さんの口が開く。
その口は先ほどより少し大きく、りんご飴を丸ごと食べつくす。
その勢いで、俺と美咲さんの唇が触れ合った。
ペロっと美咲さんが唇を下で舐める。
俺は唖然とする。
「どうしたの?」
美咲さんが俺の顔を見つめながら聞く。
「えっあっ、いやさっき....」
俺は驚きを隠せないまま、視線を右往左往させる。
あれはたまたまだろうか。それとも実は触れてなかったとかそういうことだろうか。
考えを巡らせるが、やっぱり美咲さんが意図的に触れさせたようにしか思えない。
俺はちらっと美咲さんを見て、耳と顔が染まっていたのに気付き、わざとだったと確信する。
そしてこれは美咲さんからの催促状だと、直感で感じる。
「三十分後より、花火の打ち上げを開始いたします」
花火打ち上げのアナウンスが流れる。
「そろそろ去年の所行こうか」
俺は美咲さんの手を引いて歩き始めた。