「はぁ...はぁ...本当に殺されるかと思った」
ソファーで寝転がっている先生の顔は青い。
そんな先生とは正反対に、誠一と日奈、由美先輩の顔には笑顔が浮かんでいた。
「そんなぁ。本当にやるわけないじゃないですか。ねぇ由美先輩」
「そうですよぉ先生。私たちが本当にやるわけじゃないですかぁ」
「そ....そうだよな。信じてるぞ僕は。じゃあ僕は先寝とくね」
そう言って先生はとぼとぼと自分の部屋へ歩いていった。
あの三人の笑顔が、今は怖く見えた。
「じゃあ私たちも寝よっか」
「あれ?もうっすか」
「誠一君夜更かしはお肌に悪いんだよぉ?」
「でも俺人生ゲームもウノもトランプも花火も持ってきてますよ?」
「うーん。じゃあ明日しよっか」
「もしかして誠一怖いの?」
「こ、怖くねぇぜ。おやすみ!」
そう言って誠一が自分の部屋にへと歩いていった。
「じゃ、私たちも寝よっか」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみです」
そう言ってそれぞれ自分の部屋にへと戻っていく。
そんな中俺はリビングの電気を消し、タオルケットを一枚を被って眠りに就く。
が、一向に眠りに就けそうにない。
そもそも俺は枕が変わると寝れないタイプなのだ。
なのに今の俺の枕はクッションである。寝れるはずがない。
もう三十分は経った気がする。いつもは五分で眠りに就けるのに、今は就けそうにない。
スマホでもいじろうかとかと思ったが、それで今以上に目が覚めてしまっては明日に支障をきたしてしまう。いや、今日というべきだろうか。
いやいやいや、そんなことはどうでもいい。今は寝ないと。
そう意識するほどに、目が覚めてしまう。
その時、がちゃっとドアが開く音が小さく聞こえた。
そしてそのドアから足音が近づいてくる。
由美先輩の話を思い出す。
「ここ、出るらしいよ?」
実は先生でしたというオチだと思っていたが、もしかして本当に出るんじゃないか。
そう考えると、額に冷や汗が流れてくる。
その足音はだんだんと近づいてきて、俺のソファーの前で止まった。
何かされるかもと思い、身を強張らせるが、特に何も起きない。
恐る恐る目を開けてみると、暗闇に目が慣れていないせいでよく見えないが、確かに見たことがあるシルエットがそこには立っていた。
「美咲...?」
「あっ、健吾君起こしちゃった?」
「いや、まだ寝つけてないよ」
「ふふっ、なら良かった」
だんだんと目が慣れてきて、美咲さんが見えてきた。
珍しく眼鏡をかけてない。寝るからだろうか。
「どうしたの?なんかあった?」
「ちょっと恥ずかしいんだけどね...怖くて一人じゃ寝れなくなっちゃったから...」
「から...?」
「一緒に寝てもらっていい?」
「一緒に寝るって....」
それは果たしていいのだろうか。
いや、美咲さんから来たのだから良いのだろうが。
「やっぱいやだよね」
「全然嫌じゃないよ」
「ほんと!?なら隣で寝ていい?」
「いいよ」
「ありがと!じゃあ私枕とタオルケット持ってくるね」
そう言って美咲さんが自分の部屋に歩いていく。
美咲さんは本当に自分のことが好きなんじゃないか。
その心がだんだん確信にへと近づいていく。
だってそうだ。由美先輩や日奈が居るのに俺の隣で寝たいということはつまり...つまりそういうことなのだ。
いやいやいや、自惚れは良くない。
そう心の中に念じる。
「隣失礼するね」
そう言って美咲さんが枕を置き、隣に寝っ転がる。
「ソファー変わろうか?」
「でもそれは悪いしいいかな」
「美咲って寝れそう?」
「うーーん。ちょっと眠くなってきたかも」
「そう?なら良かった」
俺も目を瞑る。
俺の方は全然眠れそうにない。
ソファーから下ろしていた俺の右手がそっと握られれる。
「美咲...?」
「握ってちゃダメかな...?」
「いや、俺も握ってたい」
「なら良かった」
美咲さんが笑う声が聞こえる。
なぜだろうか。手を握られると安心する。が、それとは反対に俺の心臓の鼓動は早まっていた。
結局俺は寝るのに三時間は掛かってしまった。
===
俺は周りのざわめきで目が覚めた。
寝るときに繋いだままだった手は、まだ繋いだままだ。
もう陽は昇っていて、窓から入ってくる陽が眩しい。
ぱちぱちと目を開けて、だんだんと眩しさに目が慣れてくると同時に、俺たちの周りに三人の人が立っていることも確認できた。
そして周りに立っている三人が、変な目で俺を見ていることも分かった。
「健吾君と美咲ちゃん...流石に大胆かなぁ」
「健吾...大胆に行けって言ったけど流石に大胆すぎじゃないかなぁ」
「健吾お前は先に行ってしまったんだな」
あれ?もしかして酷い勘違いが生まれているんじゃないか?
「ち、違う違う!みんな絶対何か勘違いしてるって!ねぇ美咲さん?」
「う...うーん?みんなどうしたの?」
今起きたであろう美咲さんが目を擦りながら背を起こす。
「一回だけ聞いときたいんだけど美咲ちゃんと健吾のどっちから誘ったの?」
「だから勘違いしてるって日奈。俺たち何もしてないから!ねぇ美咲さん?」
「誘ったって...日奈ちゃん何の話してるの?」
「誘ったって....誘ったっていったらそりゃあれに決まってるでしょ」
だんだんと日奈の顔が赤くなっていく。
「あれって...?」
「あーーー!!!!私着替えなきゃ!じゃあね!」
そう言って日奈が自分の部屋にへと走っていく。
美咲さん、恐るべし。
いや、わざとじゃないかもしれないが。
「私も用意しようかなぁ」
「俺も用意しなきゃな」
由美先輩も誠一も自分の部屋に戻っていった。
「誘ったってどういうことなの?」
美咲さんが不思議そうな顔でこちらを覗き込んでくる。
あの反応は、わざとじゃなかったようだ。
===
「由美先輩、ここってどういう表現の方がいいですか?」
「う~~ん。ここはねぇ。そうだねぇ。直接的な表現は避けた方がいいかも」
「ありがとうございます」
俺は自分のノートパソコンの前に戻る。
俺たち文芸部は今、次に全員で応募する予定にミステリー賞に向かて執筆を開始していた。
だが由美先輩と誠一以外執筆経験がないので手探りの状態だが、今の所楽しく書けている。
「健吾君ここの文章って変かな?」
「読んだ感じ変じゃないし別に良いんじゃないかな?」
「そう?なら良かった」
美咲さんが執筆に戻っていく。
俺は頭の後ろで手を組んで考えていた。
次の展開が思いつかない。
周りを見渡すが、誠一や由美先輩ですら手が止まっている。
そんな中、慣れないタイピングの手を止めずに執筆を進めていく人物が一人居た。
「ふー、一段落着いた」
日奈は満足げに身体を伸ばしながら寝転がる。
「日奈ちゃんすごいね。こんなにずっと指止めずに書けるなんて才能だよ」
「ふはははは、やっぱ私才能があったのね」
「なんで悪役みたいな笑い方なんだよ」
「このー言ったわね!」
日奈が誠一に飛び掛かる。
ちらっと日奈の画面を見てみると、もう一万字に到達していた。
俺の倍だ。
「あーー見ないで見ないで。終わるまで誰も見ちゃだめだから!」
俺の鳩尾に日奈からの頭突きが飛んでくる。
そしてその勢いのまま、倒れると柔らかい感触が俺の後頭部を包んだ。
目を開けると、そこには美咲さんの顔があった。
「だ、大丈夫?」
心配そうな顔でこちらを見ている。
「大丈夫じゃないかも」
そう言ってしまった俺は、悪い男なのでしょうか。
===
「うおっ!つめてぇ」
真っ先に川に飛び込んでいった誠一が、急いで陸に上がってくる。
昼まで執筆をしていた俺たちは、川に来ていた。
「おーーい。お前たちも早く来いよー」
誠一が川の中から手を振る。
「あんたが早すぎなのよ。女の子には色々しなきゃいけないことがあるんだから」
日奈が身体に日焼け止めを塗りながら答える。
「美咲ちゃん背中塗ってもらっていいかな?」
「あっその後私の背中も塗って欲しいです」
「いいよー」
「私もその後塗ってもらっていいかなぁ」
「任せてください!」
そんな女子の会話を聞きながら、俺は一歩ずつ川にへと歩いていく。
実はこの日の為に腹筋を初めては見たが、そんな付焼き刃じゃ全然効果がなく、俺の腹筋は全然割れてなかった。
俺はゆっくりと川に入りながら女子たちが居る方向を見つめる。
美咲さんは俺が選んだワンピース型の黒の水着、日奈は黒のビキニで由美先輩は白のビキニを着ている。
チェリーボーイの俺には少し刺激が強いかもしれない。
日焼け止めを塗り終わったのか、女子たちが続々とこちらに向かって歩いてくる。
「おーいお前たちー。安全第一でな」
先生はテントの下でサングラスをかけて優雅に過ごしている。
「さっきの恨み!」
そう言いながら日奈が誠一に向かってタックルしていく。
先生の声は果たして届いていたのだろうか。
「健吾君実は私泳げないんだ...だから...」
「だから...?」
美咲さんが恥ずかしそうに顔を俯かせたが、こちらを向く。
「泳ぎ方、教えて欲しいです」
===
「健吾君、ぜっっっったいに手離さないでね」
「相当なことがない限り離さないよ」
「相当なことがあったら離すの!?」
美咲さんが驚愕の表情を見せる。
安心させるために言ったが、逆効果だったようだ。
「もうそろそろ足届かなくなるけど、準備良い?」
「私は準備万端だよ」
「じゃあ行くよ」
俺は後ろに泳ぎながら美咲さんの手を引っ張る。
美咲さんは俺に手を引っ張られながらバタ足を続ける。
顔は上げたままだ。
「落ち着いてリラックスすれば絶対に泳げるようになるよ」
「わ...わかっ...た!」
美咲さんが慌てながら返事する。たぶん分かってない。
「じゃあ顔つけてみよっか。で、定期的に息継ぎしてみよっか」
美咲さんは俺に言われた通りに顔をつける。が、顔が上がってこない。
俺は急いで足の着く場所に戻ると美咲さんの顔が上がってくる。
「大丈夫だった?」
「ごめん。息継ぎの仕方分からなくて...」
「全然大丈夫だよ。ゆっくり行こうか」
髪が濡れていて、前髪が全部オールバックになっている美咲さんは、どこか新鮮だった。