「うおーーー田舎だーーーー」
車から降りた瞬間、両手を上げてこれから泊る家に向かって叫ぶ。
俺たち文芸部員は先生の車で走る事三時間、俺たちは山の中に来ていた。
「ちょっと誠一自分の荷物持ってきなさいよ」
そんな日奈の言葉なんて聞こえていないのか、家のドアの鍵を開けると、家の中に消えていった。
「はぁあいつ早すぎでしょ。あいつの荷物が一番多いのに」
「みんなで分けても持とっか。私一番大きい荷物で良いよぉ」
俺たちは誠一の荷物を持ちながらも、心を躍らせて家の中に入っていった。
===
「すげぇ暖炉あるぞ暖炉。薪くべるタイプのやつ」
誠一が嬉しそうに暖炉に首を突っ込んでいる。
「はーいみんなちゅうもーく!」
パンパンと由美先輩が手を叩く。
「あのねぇ、私昨日ここの家の資料見たら気付いちゃったんだけどねぇ。
この家、部屋五部屋しかなかった」
「五部屋だと、どうなるんですか?」
「一部屋に一ベッドで、ここ布団もないから、一人だけここのリビングのソファーで寝てもらうことになります」
「やっぱ俺がソファーで寝るよ。ちゃんと確認しなかったの俺だし」
先生が申し訳なさそうに手を上げる。
「先生はダメですよ。ちゃんと寝なきゃ」
「ゆみぃ、流石お前は出来る生徒だ」
「明日も明後日も運転してもらわないといけないからねぇ」
由美先輩がニコニコと先生を見つめる。
先生、お疲れ様です。
「と、いうことで一つ勝負をしましょう」
「勝負?」
「うん、ちょー公平な勝負だから」
そう言うと由美先輩はカバンを漁り始めた。
===
「美咲、こっちがジョーカーだね?」
「違うよ?」
「じゃあこっち?」
「そっちもジョーカーじゃないよ?」
美咲さんの顔をじっと見つめるが、美咲さんの表情は変わらない。
それにしても今日は眼鏡じゃなくてコンタクトなのか。
いやいや、今はこのベッドをかけたババ抜きに集中しないと。
それにしてもへまをした。
ババ抜き全部全勝の記録に初めて黒星を付けられそうだ。
今まで嘘が見抜けて何とかなっていたが、美咲さんの嘘だけは見抜けない。
それが仇となっている。
「うーーん。こっち!」
勢いよく右のトランプを引いたが、そのカードは無情にもスペードの7。
「ここで9引かないと....引かないと」
美咲さんがじっと俺の持っている二つのトランプを見つめる。
そんな美咲さんに由美先輩が近づいていくと、そっと右に立ち、耳打ちし始める。
「そんなことで本当に通用するんですか...?」
「絶対にいけるよぉ。私これで何回もババ抜き切り抜けてきたからね」
「それなら...」
美咲さんは不思議そうな顔をしながら俺の目を見つめる。
「こっちが、じょーかー?」
人差し指を唇に当てながら上目遣いで美咲さんがこちらを見つめてくる。
その顔は少し赤い。声も心なしかいつもと違う。
「ち、違う」
「じゃあこっちぃ?」
「ち...違うよ?」
俺がそう言った瞬間、パッと美咲さんが俺のトランプを一枚引き抜いた。
「やったぁ!勝った勝った」
「ま...負けた...」
両手を上げて喜ぶ美咲さんとは正反対に、俺は膝をつく。
無敗記録が...途絶えた。
数えている限り72連勝だったのに...
「ほらね?言ったでしょ?」
「はい!でも...ちょっと恥ずかしいです」
ちらっと見ると、美咲さんの耳が少し赤くなっていた。
まぁでも、あの美咲さんが見られたのでいいかという気分になる。
「これは文芸部1の演技上手は美咲さんに決定だな。残念だったな日奈」
誠一はそう言って日奈の肩に手を置く。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。それ私の称号だから」
「じゃあ日奈に美咲さん以上の演技が出来るっていうのかよ」
「で、出来るわよ...」
そう言って日奈は座り、誠一へ上目遣いの表情を見せる。
「ト、トランプ頂戴」
日奈は美咲さんからトランプを受け取ると、それを誠一に持たせて一枚のカードに触れる。
「こっちがぁ、じょーかぁ?」
そう言って首を傾げる。
人差し指を唇に当てて上目遣いの表情と、歯が抜けた感じの声が可愛い。
「ちょっとスマホ取ってきていい?」
「いいよぉ」
演技に入り込んでいるのか、声がまだ一緒のままだ。
「おっけーいいぞー」
誠一は日奈にカメラを向ける。
「こっちがぁ、じょーかぁ?」
さっきと同じように、日奈が演技をする。
「よーし完璧に取れたな。見るか?」
「見ないわよ!ていうかハメたわね!その動画消しなさい!」
「やだねー」
広いリビングの中で動画を守り抜きたい誠一と動画を消したい日奈の乱闘が始まった。
「混ざりたいなぁ」
ぼそっと、由美先輩の声が聞こえたが気のせいだろうか。
===
「ホントに動画消したわよね?」
「消した消した。完璧に消したよ」
日奈と誠一の乱闘は一時間近く続き、終わったころにはもう日は落ちていた。
「もうそろそろ夕飯出来るから食べようか」
バンダナを頭に巻いた由美先輩が鍋の中身をお玉でかき混ぜながら呼びかける。
隣には美咲さんも立っている。
そんな中俺は指に切り傷を五個ほど作り、カレーを混ぜると少し火傷したため、休んでてもいいよと言われ泣く泣くソファーで寝転がっている。面目ないがまだ結構痛い。
「由美先輩俺運びますよ」
そう言って誠一が台所に駆け寄って行く。
「ねぇねぇ」
そんな中、日奈がこちらに誠一のスマホを持ちながら近寄ってくる。
「どうしたんだ?」
「男子のロックが解けてるスマホを持ったらやることは一つでしょ!」
そう言って日奈はウキウキで誠一のスマホをいじり始める。
待て、それはまずい。
男として、誠一の名誉の為にもこれだけは阻止しないと。
「ちょ、ちょっと待って。一旦考え直してみて」
そう言ってスマホを操作する日奈の手を止める。
「急に何よ。別にちょっと見るだけじゃないの」
日奈の顔は明らかに不満気だ。
日奈は男子の履歴を見るという行為の重大さを分かっていないようだ。
人によっては人生が終わってしまう。それほどの事なのだ。
「そんなに見ませまいとするということはもしかして...健吾もしかしてあれ系のこと調べてたりするって...こと?」
「だ、断じて調べてない」
「ほんとかなぁ。男子はすぐ調べるらしいしなぁ」
「ちょ、お前ら何やってんだ」
台所に居た誠一が飛び込んで来る。
「はいはいはい、もうご飯だよぉ。みんな座って座って」
美咲さんと由美先輩がカレーを机に持ってくる。
少し美咲さんと目が合った。
少し笑ってみると、美咲さんの頬がぷくっと少し膨らんだ。
怒っているのだろうか。
一体何をしたのだろう。少し不安である。
===
夜。空は曇り空で月は見えなかった。
そんな空の下、俺たち文芸部員五人は家のそばにあった森の近くに居た。
風呂上がりだからか、身体がポカポカしている。
「星キレイだね」
ふふっと笑いながら美咲さんが言う。
「そうだね。あっちじゃこんなにキレイに見えないかも」
ちらっと美咲さんを見てみる。
上下ピンクのパジャマに猫の顔のイラストが描かれたゴムで後ろ髪を結っている。
どこか新鮮だ。
「みんなぁ。ここって出るらしいよ」
先頭に立っている由美先輩が低い声で言う。
風呂上りだからか、真ん中の前髪だけ上に留めている。
前髪を下ろしていない由美先輩もどこか新鮮だ。
「せんぱーい、ほんとに出るんですかぁ?」
そう言う日奈は頭にヘアバンドを付け、モコモコの動物のパジャマを着ている。
これまた新鮮だ。
「日奈ちゃん。出るって先生が言ってたから多分出るよ」
「じゃあ出るかぁ」
そう言って日奈は手を叩いた。
先生への信頼が暑くて何より。
「でもねぇ、五人とかの大人数で行くとなるとやっぱドキドキ肝試し感がないじゃん?」
「そうなのかな?」
「きっとそうだよ。見たことない?男女二人のドキドキ肝試し」
「そりゃありますけど」
「でも残念。ここの部活は奇数だからねぇ」
「じゃあどうするんですか?」
「二人組と三人組で分けよっか」
そう言って俺たちはペアを作る事となった。
===
「ホントに出るのかなぁ」
「美咲って霊感あるタイプ?」
「全然ないや」
「ははっ、俺も」
俺と美咲さんは共に森を歩いていた。
公正なるくじ引きの結果、俺と美咲さん。由美先輩と日奈と誠一の三人組の二つの組に別れることとなった。
ちなみに三人組は俺たちの先に出発している。
俺たちは木々に結び付けられているピンクのテープに沿って歩きながら前へと進む。
正直、俺はこのくじ引きの結果に心の中でガッツポーズをしていた。
美咲さんと一緒に肝試しできるなんて、なんて運が良いんだろう。
何事にもビビらないぞ。と心に強く誓う。
その瞬間、スマホのライトでも照らしきれない先で悲鳴が聞こえる。
「きゃっ」
美咲さんが驚いた表情を見せる。
そんな美咲さんの腕に、俺は抱き着いていた。
「あっ、いやっ、ごめん。わざとじゃなんだ」
「いや、大丈夫だよ?もしかして健吾君って怖いの苦手?」
「まぁちょっとね」
思わず耳が熱くなる。
いけないいけない。これぐらいでビビってたら。
よし、もう何事にも動じないぞと心の中で決心する。
その時、俺の左手がそっと握られる。
「ど、どうしたの?」
「嫌だった...?怖いならって思って」
「嫌じゃないよ」
「ふふっ、なら良かった」
隣で美咲さんが笑う声が聞こえる。
隣を見てみるが、美咲さんの顔は暗くて良く見えない。
がさごそと、森の中から聞こえるが、手汗がいっぱい出て引かれてないか心配で、森のざわめきに意識を割けない。
前から誠一たちの悲鳴が聞こえるが、脳のリソースが手汗に割かれているせいでさっきのように美咲さんに飛びつくなんてことは無い。
「誠一たちは大変そうだね」
「だね。前で何かあったのかな?」
「怖いね」
「ふふっ、でも健吾君がいるいから安心かも」
待ってこの発言、絶対俺のこと好きじゃん。
美咲さんの嘘を見抜けないから真偽は分からないが、もし本当だとしたら手を繋いだり、この発言だったり、確信に近づいてきた気がする。
まぁ女性経験が今まで一切ないので推測でしかないが。
バキッ、と足元で音がする。
俺が木の枝を踏んだのだ。
「きゃっ」
隣で可愛い小さな悲鳴が聞こえ、俺の腕に誰かが抱き着く感覚を覚える。
「だ、大丈夫...?」
「うん、でもちょっとこのままでいい?」
「うん。大丈夫だよ」
「ふふっ、良かった」
美咲さん。好きです。
心の中でそう呟いた。
===
「ゼーハーハーハー」
「こ、殺される...」
「死んじゃう...」
俺と美咲さんがゴールに辿り着くと、前を歩いていた三人が横たわっていた。
全員の顔は青い。
「どうしたんだ?」
「どうしたんだって見てないのか?チェンソー持ってたガスマスクを被った男」
「見てないよ」
「し、しかも...そのガスマスク男のガスクマスク...血が付いてたんだ」
「「ひえ...」」
俺と美咲さんが同時に小さく悲鳴を上げる。
そんな化け物みたいな奴が居たのか...それは果たして幽霊というのだろうか。
幽霊と言うより殺人鬼である。
「じゃじゃーん」
草むらから片手にチェンソー、もう片手にガスマスクを持った先生が出てくる。
「みんな驚いた?驚いたでしょ?このチェンソーもガスマスクも高かったんだよ?でもさぁ皆が驚く顔想像したらつい買っちゃった」
皆のスマホのライトで照らされている先生の顔は、笑顔で一杯だった。
「あれ?みんなどうしたの?元気ないよ?あっ、もしかして驚かせすぎちゃった?ごめんね驚かせすぎちゃって」
「先生ちょっとそのチェンソー貸してください」
日奈が先生に近づいていき、チェンソーを持つ。
「うんいいけど、どうしたの?」
日奈が頑張ってチェンソーを起動させようとするが、なかなか起動しない。
「ちょっと誠一手伝って」
「おういいぜ」
誠一がチェンソーを起動させると、日奈はたかだかとチェンソーを振り上げた。
「ちょっと待って、僕が悪かったから話しあおう!ね?ね?」
先生の命乞いが、暗い空の下で響く。
ああ、相当怖かったんだな。
後ろから笑顔で見守っている由美先輩を見て、そう確信した。