ついに始まる。
全国の学生全員が待ち遠しにしている、夏休みである。
「ふぉーー、やっと夏休みだぜ。夢が広がるー」
部室の中で一人、誠一は両手を上げて歓声を上げていた。
「いつにもまして元気だねぇ誠一君」
ふふっと由美先輩は笑った。
「健吾君は夏休み予定あるの?」
そんな二人を横目に見ながら、美咲さんは質問してくる。
「うーーん」
俺は腕を組みながら考える。あれ?おかしいな。何も思いつかないぞ?
「もしかして...」
「いや全然!ないわけじゃないから!予定入れてないだけだから!」
「ふふっ、大丈夫だよ。私も夏休み予定ないし」
あぁ、微笑んでいる美咲さんが天使に見える。
「みんなにお知らせがありまーす!」
由美先輩がぱんぱんと手を叩く。
「皆さん!部活と言えば何が思いつきますか?」
「部内恋愛!」
「違いま~す」
勢いよく手を上げた誠一が、分かりやすく落ち込む。
「走り込み?」
「美咲ちゃん。文芸部に走り込みがあった日には私はもう文芸部には居ません」
「合宿?」
「おぉ~、健吾君せいか~い」
「合宿って言ったって、何するんですか?」
「誠一君、ここは文芸部だよ?本を書かなきゃ!」
「でも家でも本って書けますよ?」
「ここで先生から伝言。部費が大量に余ってるらしいです」
「まぁ文芸部って部費使わさなそうですもんね」
「まぁでも知らない土地でいつもと違う所で書いたら違うアイデアも思いつきそうじゃない?」
「そんなもんなんですか?」
「ちなみに先輩は合宿で書いた小説で書籍化したらしいよ~」
「思った以上に効果てきめんじゃないっすか」
思わず声を上げてしまった。もしかしてこの文芸部結構凄いんじゃないか?
「ということで皆、開いてない日ってある?」
「あっ、私ほとんど開いてないかもです」
「じゃあ日奈ちゃんが暇な日に合宿入れよっか」
「あれ?俺たちの予定は」
「う~~ん、なんか誠一君たちはずっと暇そうじゃん?」
「ぐっ、何も言い返せない」
あれ?もしかして由美先輩って毒舌系キャラなのか?
「私一番近い休みで言ったら多分月終わりしか空いてないです」
「じゃあ月終わりにしよっか。美咲ちゃんたちもそれでいいよね?」
「おーけーです」
「わ、わかりました」
合宿は月終わりに決定した。
合宿、俺が夢見ている青春生活の一ページに刻まれるはずだ。
そう思うと、だんだん心が踊ってきた。
===
と、いうわけで仕事の日奈を除いた文芸部員四人はショッピングモールに合宿に必要なものを買い物に来ていた。
ちなみに休日なので全員私服だ。
「誠一君、さすがにチェンソーはいらないかな」
「えっ薪割しないんですか?」
「う~ん。するにしても流石にチェンソーで薪は割らないかなぁ」
「そっかぁ。俺薪割りしたことなかったからチェンソーでもいいかと思ってた」
そう言って誠一はしぶしぶチェンソーを元の位置に戻す。
凄い。誠一の言葉から嘘を感じられなかったぞ。
「誠一君ちゃんと選ばなきゃ」
「美咲ちゃん...流石に虫眼鏡もいらないかな」
「えっ、地質調査しないんですか?」
「文芸部の合宿だからねぇ」
美咲さんも明らかに分かるほど、落ち込む仕草を見せる。
本当に地質調査しようとしてたのか。
「合宿っていうのはねぇ、こういうのがいるんだよ」
そう言って由美先輩は棚に置いてある木炭が入っている袋を取り出した。
「木炭...?それで何するんですか?」
「やっぱり合宿と言えばバーベキューでしょ!」
「あれ...由美先輩も実は私たちとあんまり変わらない?」
「バーベキューしたくない...?」
「したい!したいです!」
誠一は勢いよく手を上げる。
「だよねぇ」
そう言って由美先輩は誠一に木炭を手渡す。
「あれ?どうしたんですか」
「誠一君女の子に荷物持たせちゃうの?」
「そんなわけないじゃないっすか~。持ちたいぐらいですよ」
「ふふっ、なら良かった」
あぁ、あの由美先輩の属性、刺さる人には刺さりそうだ。
「あとなんか必要なものはあるんですか?」
「あ~~、あと水着!川に行くから水着各自で買わなきゃ!」
「あれ?文芸部の合宿じゃ」
「まぁ文芸部だって川に行くこともあるよ」
「あるのか...」
まぁでも川か。小学生以来川に行ってないので久しぶりに行ってみたいものである。
===
「なぁなぁ、水着って男女一緒に選ぶものなのか?」
「さぁ、経験ないから分かんないや」
「ねぇねぇ美咲ちゃん、この水着可愛くない?」
そう言って由美先輩は美咲さんに黒のスカートのようなものが着いた水着を被せる。
「私に似合うかなぁ」
「似合うよぉ。全男子の心掴めちゃう。思うよね?健吾君」
「思います思います」
勢いで言ってしまった。まぁ嘘はついていない。が、何か少し気恥ずかしい。
少し恥ずかしくて美咲さんの顔を見れない。
「でも由美先輩の方が似合いそう....かな」
「えーそうかなぁ」
えへへと由美先輩が照れる。
何だろうか。この幸せな空間は。
「誠一君たちも水着選んだら?」
「男の水着なんて何でもいいだろ」
「ふふっ、確かにそうかもねぇ。じゃあ誠一君私の水着、選んでもいいよぉ」
「えっえっ、俺っすか!?」
「ふふっ、君以外に誠一君が一体どこに居るのよぉ」
「えっ、でも本当に俺が選んじゃっていいんっすか」
「つべこべ言わないの」
そう言って由美先輩は誠一の唇を人差し指で押さえる。
普通に羨ましいと思ってしまう。
「美咲ちゃんの水着も健吾君の一緒に選んだら?」
「「え!?」」
「やっぱ嫌かぁ。美咲ちゃんは」
「い、いや。別に嫌ってわけじゃないですけど...でも健吾君は嫌じゃないかなぁって」
「健吾君は嫌?美咲ちゃんの水着選ぶの?」
「別に嫌って訳じゃないですけど...」
「じゃあ決定だね!二人で選んできなよ」
そう言って美咲さんはしっしと俺たちに合図する。
いやっ、しっしと言われましても女性水着コーナーここにしかないんですけどね。
「う~~んそうだな。これとかいいんじゃないか」
そう言って俺は下心がないと思われるために出来るだけ露出度が低い水着を適当に選ぶ。
「健吾君これ...小学校低学年の子が着る水着だよ...流石の私でもサイズ合わないよ」
「あーごめんごめん」
俺は急いで水着を元の位置に戻す。
いけないいけない。ちゃんとサイズ見て選ばなくては....だがそれにしても
ちらっと美咲さんを見る。
一体どのサイズの水着が正解なんだ....
美咲さんの服装を見る。
白のTシャツにレザーショートパンツを履いてる。
これぐらいじゃないか。と思い、黒のワンピース式の水着を手に取る。
これどう?
「うん。これだったらサイズ合いそうかも。ちょっと試してみるね」
そう言って美咲さんは駆け足で試着室に入り込んでいく。
「誠一君...言ったらあれだけど...うん。誠一君ってかなり未来のファッションセンスを持ってるね。今風じゃないかも」
由美先輩、それファッションセンスないって言ってるのと同義です。
「えっほんとっすか?嬉しいなぁ」
そしてこいつはなぜこんなにポジティブ思考なのだろうか。
「誠一君ポジティブだねぇ」
ふふっと由美先輩は笑う。
「俺そんなポジティブじゃないっすよぉ。ペットのカブトムシに逃げられた時泣いちゃったし」
その時、ガラガラと試着室のカーテンが開く音が聞こえ、後ろを振り向くとかごに俺が勧めた水着を入れている美咲さんが出てきた。
「健吾君。これ買うことにするね」
「気に入った?」
「うん」
「なら良かった」
俺のセンスは多分間違ってなかったのだ。
「おぉ、攻めてるねぇ....」
「だめっすか...?」
「いや、いいんじゃない?これにしようかな」
「やっっっったぁ」
誠一が嬉しそうに両手を上げる。
かなりダメだしされていたので嬉しいのだろう。
「合宿楽しみだね」
美咲さんがそう言って笑った。