勢いよく階段を昇ってくる音が部室に響く。
そして勢いよく部室のドアが開かれた。
「やべぇよ!」
誠一が深刻そうな顔でこちらに向かってくる。
「聞いてくれよ健吾」
そして俺の膝に座り込んできた。
何かデジャヴを感じるのは俺だけだろうか。
「おいおい今日はどうしたんだよ」
「由美先輩が喧嘩に巻き込まれてたんだよ」
「由美先輩が喧嘩!?」
思わず俺も声が大きくなってしまう。
あの優しそうな由美先輩が喧嘩か....想像もつかない。
「どんな状況だったんだ?」
「なんか二年生の怖そうな女子の先輩二人に怒鳴られてるって感じだった」
「まじか、やべぇじゃん。それでどうなったの?」
「俺が声掛けたら怒鳴ってた女子が逃げちゃって。その後由美先輩にも逃げられちゃった」
その時、静かに部室のドアが開いた。
「二人で集まっちゃってどうしたのぉ?もしかして内緒話?私も混ぜてよぉ」
噂の張本人、由美先輩だ。笑顔の顔の頬と額には絆創膏が貼られている。
「どうしたんですかその怪我」
聞いてみるが、理由は分かっている。
「これぇ?ちょっと転んじゃってね」
嘘だ。やはり、誠一が言っていた詰められている時に何かあったのだろう。
よく見ると、半袖のワイシャツからあざが見える。
「由美先輩やっぱりその怪我...さっきのやつらにやられたんじゃ...」
「さっきのやつら...?何言ってるの誠一君?もしかして暑くて頭ばててるんじゃないの~?」
由美先輩は笑顔のままだ。いつもと同じような、全員を笑顔にしそうな笑顔。
「俺、何かあったら必ず力になりますから...」
「ふふっ、頼もしい後輩だねぇ」
結局、その日由美先輩は本当のことを話してはくれなかった。
===
「はぁ、俺信用されてないのかなぁ。それとも嫌われちゃったのかなぁ」
俺と誠一、美咲さんは昨日来たファミレスに再び訪れていた。
「べ、別に嫌われてないと思うよ?」
「そうだよ。嫌われてるんじゃなくて好きだから秘密にしてるんじゃない?」
「好きだから...?」
「うん、やっぱ好きな人には迷惑かけたくないじゃん?」
「つまり由美先輩は俺のこと好きって...つまり惚れてるってことか!?」
「いや別にそこまでは言ってな....」
「ありがとう健吾、お前良いやつだな」
誠一は机に身を乗り出して、俺の肩をトントンと叩いて涙ぐむ仕草をする。
幸せそうなやつだ。
「で、問題はどうやって由美先輩がまたトラブルに巻き込まれないようにするかだよな」
「先生に言っちゃダメなのかな?」
「それだとしたらもう由美先輩が先生に言ってると思うんだよな。でもまだそんな話聞いたことないし。喧嘩の原因も知らないしな」
「そればっかりはやっぱ由美先輩に聞かないとだよなぁ」
誠一は一気にコップに入ったコーラを飲み干し、話す。
よくちゃんと話せるものだ。
「それでも暴力を振るうなんて酷くないか?それも顔にだぜ?あぁ、なんか思い出すと腹立って来たぜ。許せん」
「私も由美先輩好きだから許せないかな。暴力は良くないよ」
「でも殴ったやつも原因も分からないから何も出来ないよなぁ」
「それでさ、俺に一つ案があるんだけどさ」
俺は静かに話し始めた。
===
「なんか悪いことしてる気分」
「まぁ良いことではないしね」
「おいおい、ばれるぞ」
誠一は口元に人差し指を立てる。
俺と誠一、美咲さんの三人で体育館裏に生えている生垣の裏に隠れている。
隣から美咲さんの良い匂いが鼻を刺激して、少し心臓の鼓動が早まってしまう。
その時、体育館の角から由美先輩の姿が現れる。
そしてその前には、腕を組みながらスマホをいじっている二人組が立っている。
「で、答えは決まった?」
「あんたさぁ、聡一がどんな思いで告白したか分かってんの?」
「そうよ、聡一はあなたに告白するために他の女の子の告白も断ってたし、あなたのために出来る限りのことしてたじゃない。聡一が誕生日にあなたに上げたプレゼント。あれ凄く高かったのよ。聡一がどれだけバイトしたことか」
「そうよ、断るのは千歩譲にしてもデートの一回や二回ぐらい行ってあげてもいいじゃない。そのデートで判断してあげても良かったじゃない」
「私...好きな人が居るから」
由美先輩の口から衝撃の事実を知ってしまう。
恐る恐る、隣に屈んでいる誠一の様子を見てみる。
顔が真っ白で今にでも倒れそうだ。
「い...居るのか...好きな人」
かすれるような小さな声で誠一が呟く。
「好きな人って誠一のことかもしれないしな。気を強く持て!」
「あっ、そういえばそうだな!」
真っ白だった顔が一瞬にして顔に血の気が戻る。
「それでもちょっとくらい聡一のこと知ってあげてもいいじゃない!」
「例え知ったとしても、私の思い人は揺るがないわ。それなら付き合わないのに期待を持たせるようなデートをしたって、聡一君は私のこと諦めてくれないじゃない」
「何よその言い草!聡一が勇気を出してあんたに告白したっていうのに」
「その勇気はちゃんと受け取ってるよ。何回も受け取った。諦めてくれるならっていう条件で何回もデートしたこともあった。だけど全然聡一君は諦めてくれなかった。
でも今回は私にも好きな人が出来たの。だからもうデートはもうおしまいにしたの。ただそれだけ」
「あーもうそんなことどうだっていいのよ。結局あなたは聡一の気持ちを無下にしたってことじゃない」
「別に無下にしたってわけじゃ...」
「もういいわ。じゃあ私たち部活の時間だから」
そう言って女子生徒二人は立ち去っていった。
「なんなんだよあいつら」
誠一が小さく言葉を洩らす。
その時、バキッと木の枝が折れる音が鳴った。
ふと隣を見てみると、美咲さんの足元に折れた枝が転がっていた。
「ずっと聞いてたの...?」
隠れていた俺たちに気付いた由美先輩がこちらに近づいてくる。
「...はい」
「なんであいつらに何もしないんですか?殴られたことだって先生に言えば」
小さく頷いた俺とは正反対に、誠一は立ち上がって主張する。
「かなちゃ...あの子本当はあんな子じゃないんだよ。もっともっと優しい子なんだよぉ。ちょっと気が動転してるだけ。それにあの子たち部活の大会近いし、これのせいで大会出れないなんて可哀想じゃない。」
「あんなやつらのためにそこまで考えなくても」
「私の友達をあんなやつらって言うのは、いささか感心しないなぁ」
「うっ...すみません」
「うん。それでよろしい」
そう言って由美先輩は去っていった。
果たして俺たちは、何をするのが正解なのだろうか。