いつも通りの、普通の日だ。
少し暑くなってきて、外には少し雨が降っている。
美咲さんと俺、日奈が静かに本を読んでいる。
部室には雨の音しか響いていない。
「やべぇよぉ!」
そんな静寂を切り裂くように、誠一がドアを勢いよく開けて大声で部室に入ってくる。
その顔は少し泣きそうだ。
「聞いてくれよ健吾ぉ」
誠一が俺の元に駆け足で近づいてきて、俺の膝に縋りついてくる。
「聞いてくれよぉ」
「分かった分かった。聞くから聞くから、だからちょっとその鼻水拭いてくれ」
泣きそうだった誠一の顔は、ついに涙と鼻水で濡れていた。
ポケットティッシュを差し出すと、勢いよく鼻をかみ始める。
しばらくかみ続ける。ずっとずっとかみ続ける。しばらくかみ続ける。
「もう一袋ない...?」
一体いつまでかみ続けるのだろうか。
===
結局三袋分のティッシュを使った誠一は、目を赤く腫らしながら話す。
「由美先輩が...由美先輩がぁ」
「由美先輩が?」
「告白されてたんだよぉ」
「「え!?」」
俺と美咲さんは思わず驚きの声を上げてしまう。そんな俺たちとは正反対に日奈は驚いた表情の一つも見せない。
「まぁ由美先輩可愛いし一人や二人に告白されてもおかしくないでしょ」
日奈が本を読みながらこちらに目をくれることもせず、いつも通りの声でそう言った。
「由美先輩断ったかな?もしかしてオッケーして付き合ってるのか...?」
誠一は頭を抱えながらぶつぶつと何か呟いている。
「ま、まぁ。由美先輩が告白断ったかもしれないし...ね?」
美咲さんが心配そうに誠一の顔を覗き込んでいる。
「だ、だよな!由美先輩がオッケーしてる訳ないよな!」
「うん、そうだな」
誠一のその根拠は一体どこから出てくるのかは分からないが、まぁそう思っていた方が気持ち的に楽だろう。
分かるぞ。その気持ち。
噂をすればなんとやら、部室のドアが開くと由美先輩が姿を表した。
「え、え、え?何々みんなどうしたの?なんかいつもと雰囲気違うよ?」
事情を知ってか知らずか、由美先輩は頬に人差し指を当てながら不思議そうな顔をしている。
「あっ由美先輩」
まだ目を赤く腫らしながら誠一は顔を上げる。
「え!?どうしたの誠一君。目真っ赤じゃん。どうしたの?」
由美先輩は足早に誠一の元に駆け寄ると、誠一の顔を両手で包み、まじまじと顔を見つめる。
みるみる内に誠一の顔が赤くなっていく。うっすらと頭から湯気が昇っているように見えるが気のせいだろうか。
「い、いや別に何もないっす」
「そう?なら良かった」
そう言ってふふっと由美先輩は笑う。
「あっ...あの」
「ん?どうしたの?」
自分のノートpcが置かれてある机に向かおうとしていた由美先輩が誠一に向かって振り向く。
「あっ、いやなんでもないです」
「...へたれじゃん」
そう小さく日奈の声が聞こえた気がする。気のせいだろうか。ちらっと日奈の方を見てみると何もなかったかのように本を読み進めていた。
ちらっと俺の方を見ると、少し気まずそうな顔をしてもう一度本に視線を戻した。
どうやら気のせいではなかったようだ。
===
「なぁ、やっぱ由美先輩に彼氏できたと思う?」
由美先輩を除いた文芸部員は、誠一近くのファミレスに集合していた。
「そんなのあんたが聞けば一発じゃない。ヘタレ小僧じゃん」
「なんか日奈って俺にだけアタリ強くね?美咲さんにも健吾にもそんなにアタリ強くないじゃん」
「だってぇ、誠一君ならちょっと強く言っちゃっても許してくれるかなぁって思っちゃってぇ」
日奈が今まで聞いたことがないような甘い声で、両頬に手を添えながら上目づかいで誠一を見つめている。
「うーん。じゃあしょうがないな」
「「...ちょろ」」
日奈だけでなく、美咲さんからも同じ言葉が聞こえた。
現役アイドルの演技力、恐るべし。
日奈は俺と出会った時からだんだんと変わってきている気がする。いや、変わっているのではなくて素を出しているだけか。
元の日奈に戻っただけ。ただそれだけのことだ。
クラスでの日奈はまだ素じゃないようだが、まぁそれは日奈がそうしたいから素を出していないのだろう。
「...っておーい、健吾聞いてるか?」
「ごめんごめん。聞いてるよ。で、誠一の失恋慰めパーティーの話だっけか」
「聞いてねぇじゃねぇか」
「しょうがないなぁ、不甲斐ない誠一に変わって私が由美先輩に彼氏出来たか聞いてきてあげようか?」
コーラをちびちびストローで吸いながら、日奈が仕方なさそうに話す。
身バレ防止のためか、店内なのにサングラスのままだ。
それ逆に目立つんじゃないか?
「え!?いいのか」
「いいわよそれぐらい」
「おぉーー!、今度お前のライブ行くからな!」
「まじで来ないで欲しいんだけど」
日奈は本当に嫌そうな顔で誠一を見ている。
やっぱ同級生には来てほしくないものなのだろうか。
===
「由美先輩って彼女いるんですか?」
「え!?急にどうしたの日奈ちゃん」
「いやぁ、気になっちゃって」
由美先輩が部室に来て席に座った途端、いきなり日奈が質問する。
いきなりで心の準備ができていないのか、誠一が胸を抑えて過呼吸になってしまっている。
顔に至っては青くなっている。
「居ないよぉ。私これまで彼氏居たことないんだぁ」
由美先輩の言葉から嘘は感じられない。本当に居ないのだろう。
「なぁ健吾、居ないってことはつまり居るってこの前どこかで聞いたんだけど、やっぱ居るのかな」
誠一が涙目になりながら俺の肩に縋りついてくる。
めんどくせぇなこいつ。
「本当に居ないと思うよ。由美先輩もああ言ってるわけだし」
「そう思うか?なら良かったぁ」
誠一が安堵のため息を洩らす。
俺はふと気になったことを聞いてみる。
「由美先輩って...何回告白されたことありますか?」
「あるよぉ、えっとね...」
誠一が聞くと、由美先輩は指を折り始める。
1...2...3...4...5...6...あれ?止まらないぞ?
「20...う~んもう数えられないや!」
「20...回...」
誠一の開いた口が閉まらなくなっている。そういう俺も開いた口が閉まらない。
可愛いから多いだろうなと思っていたが、まさかそれほどとは。
「うん?みんなどうしたの?」
由美先輩は不思議そうな顔で俺たちを見回している。
「それでも由美先輩はオーケーしたことないんですよね?」
「うん!私ガード硬いからね!」
由美先輩はにこりと笑った。