俺は深呼吸する。大丈夫だ。休日に一緒に出かけようよと言うだけだ。
俺はこの前の誠一のことを思い出す。誠一だって勇気を出して由美先輩を誘ったんだ。
俺も勇気を出せるはず、と自分を鼓舞する。
「あ、あのさ美咲」
本を読んでいた美咲さんが
「ん、どうしたの?健吾君」
「今度の日曜日なんだけどさ」
「うん」
「一緒に出かけませんか?」
「うーーん、日曜日かぁ」
美咲さんは顎に手を当てて悩んでいる。
もしかしてダメだったか。誘ったら来てくれるかも、何て言うのは俺の思い違いだったのか。
「それさ、土曜日に出来ない?」
「土曜日?」
「うん、日曜日はちょっと予定入っちゃってて...難しいかな?」
「全然!土曜日で大丈夫だよ」
良かったぁと心の中で安堵する。別に嫌と言うわけじゃなかったようだ。
心の中にあった緊張が一気に溶け、首筋に汗が流れてきた。
あぁ、美咲さんの顔が天使のように見えるぜ。
===
今日は待ちに待った土曜日だ。
鏡の前で今日の服装を確認する。今までファッションに興味を持ったことがないせいでこの服装がカッコいいのかダサいのかがいまいち分からない。
「ん?何してるの兄ちゃん」
眠たそうに目を擦っている妹に後ろから声をかけられる。その長い黒髪からは少し寝癖が立っている。
「この服装ださいと思うか」
やっぱりここは現役女子中学生に聞くのが一番だと思い、俺は今日の服装の感想を聞いてみる。
「うーーん、兄ちゃんにしては良いんじゃない?」
「なんだ兄ちゃんにしてはって」
「だって正直言ってダサいんだもん」
ダサい、この三文字の言葉が大きく俺の胸に刺さる。
昨日二時間も考えたコーデがダサいと言われ、思わず泣きそうだ。
「そんなにダサいか?」
「うん、多分女子百人に聞いたら九十九人はダサいって言うよ」
まじかそんなにダサいのか。俺のファッションセンス一体どうしてしまったんだ。
俺は少し考え、勇気を出してあることを言ってみる。
「頼む明衣よ我が妹よ。この情けない兄にコーデを考えてくれないか」
「もしかして兄ちゃん...デート?」
「まぁ、デートって言えばデートかも」
「兄ちゃんに春が来てる」
明衣の顔がニヤニヤし始める。
「あー兄ちゃんに春かぁ。考え深いなぁ、中学時代あんなのだった兄ちゃんに春かぁ」
明衣は腕を組んで、涙ぐむ仕草をする。
「しょうがないなぁ。不甲斐ない兄のために私がコーデを考えてあげよう。これから私のことは師匠と呼ぶんだな」
すげぇ腹が立つが、背に腹は変えられない。
「お願いします師匠」
「ふぉっふぉっふぉ情けない弟子よ」
明衣は腕を組んで笑う。明衣の今の服は縞々のパジャマなのにすげぇ頼もしく見えた。
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「なんで兄ちゃんの服ってこんなのしかないの?」
「うぅ、面目ない」
俺の持っている全ての服が部屋に散らかっている。
「もう最悪制服の方が良いんじゃない?」
「俺の服ってそんなに全部ダサいの!?」
「うーん...でもこの服の中から選ぶんだったらこれとこれかなぁ」
明衣は散らかっている俺の服から良い感じのTシャツとズボンを選ぶ。
「おっ、なんか見た感じ良い感じそう」
俺は今着ていた服を脱ぎ、選んでくれた服を着てみる。
もう十何年も一緒に暮らしていると、着替えを見られる恥ずかしさはどこかに行ってしまった。
「うん、さっきよりは良い感じじゃん」
「これだったら恥ずかしくない?」
「うん、かっこよくはないけどダサくないよ」
「うーーん...まぁいいか」
さっきまではダサいという評価だったのがダサくないに進化したのだ。成長したというべきだろう。
「じゃあ兄ちゃん、一世一代の大勝負に行ってくるわ」
「涙は拭いてあげるからね」
「なんで失敗する前提なんだよ」
俺は明衣に手を振って部屋から出る。
スマホで時間を見てみると、時間がもうギリギリになっていた。
明衣のためにもこのお出かけ、絶対成功させなくては。
===
集合場所に設定してあった美咲さんの家の前には、もうすでに美咲さんが立っていた。
水色のワンピースに麦わら帽子、茶色の手提げかばんをさげている。
そしていつもかけている眼鏡ではなくコンタクトだ。
いつも背中まで伸びている紫の髪は高い位置でポニーテールに縛られていて、いつもと違う雰囲気だ。
「ごめん。遅れた?」
「いや全然、五分前だよ」
「服に合ってるね。眼鏡じゃないの初めて見るから新鮮だよ」
「ふふ、そう?結構早く起きて準備したんだよ?」
俺と出かけるために早く準備してくれたのか。
そう聞いて嬉しくなる。
「じゃあ行こうか」
「うん」
俺たちは目的地に向かって歩き始める。
いつものように駅にまで歩き、電車に乗る。
俺と美咲さんは座席の角に座る。
電車には結構な人が乗っており。俺と美咲さんは詰めて座った。
美咲さんの腕に当たり、少し温かい。
そして美咲さんの甘い匂いがして、心臓の鼓動が早くなる。
いつも降りる駅から数駅過ぎて、俺達は降りる。
「楽しみだね」
俺たちはある店に入る。
入った瞬間、三毛猫が俺たちの足元を歩き回る。
そう、俺たちが来た所は猫カフェである。
「二名様あちらの席にお座りください」
俺たちは定員さんに案内されて角にある席に座る。
「わぁ可愛い。この猫私のこと好きなのかなぁ」
さっき玄関で俺たちを出迎えてくれた三毛猫が美咲さんの膝に乗って気持ちよさそうに目を瞑っている。
美咲さんには続々と二匹ほど猫が近寄ってきている。
それに比べて俺の元には猫がゼロ匹だ。
「俺嫌われてんのかなぁ」
「ふふっ、健吾君嫌われてるね」
その時、一匹の猫が俺の足元に寄ってくる。
すりすりと頭を俺の足にこすりつける。
「おおぉお前は俺に構ってくれるのか。お前は俺の天使だ!エンジェルだエンジェルだ。もうお前が娘のように見えるぜ」
「その子メスですよ」
隣に立っていた店員さんに指摘される。
「息子だな息子。我がジャクソンよ」
「コルク君です」
ごめん、コルク君。
===
俺たちの元に香ばしい香りを放っているクッキーが俺たちの机に運ばれてくる。
「ほらコルク食べるか」
ここのご飯は全て猫も食べれるように作られている。
俺がコルクにクッキーを差し出すと、美味しそうに食べ始める。
「超可愛いんだけど。私も猫欲しいなぁ」
美咲さんは膝に猫を乗せてクッキーをあげている。
可愛い女の子に可愛い猫...絵になるな。
「ふふっ、そんなに見つめてどうしたの?」
「いや何でもないよ」
恥ずかしくて思わず目を逸らしてしまう。
可愛くて見つめていたなんてとてもじゃないが言えない。
「それにしても凄く懐いてるねその子」
「そうなんだよー。懐かれすぎて困るぐらい」
美咲さんは三毛猫に頬をこすりつける。正直羨ましい。
「懐かしいんですよその子が人に懐くなんて。その子全然誰にも近づかないから」
店員さんが笑いながら説明してくれる。
試しに俺が触ろうとすると威嚇されて引っかかれそうになる。
正直猫に嫌われたことが無かったので少しショックだ。
「もうこの子は私だけのものなんだから」
美咲さんの頬を三毛猫が舐める。
「きゃーくすぐったい」
美咲さんは笑顔で反応する。
なんだろうかこの幸せな空間は。
俺の頬は思わず緩んでしまった。
===
「もう夕方だね」
「そうだな。結構遊んだしな」
俺と美咲さんは猫カフェで遊んだ後、近くにあるデパートで買い物をして帰路についている所だ。
荷物は全部俺が持っている。昨日日奈が絶対荷物は持てよと最低でも十件は連絡をくれた。
「今日は楽しかったぁ。ありがとね誘ってくれて」
「俺こそ付き合ってくれてありがと。友達と出かけるなんて久しぶりだよ」
久しぶりと言ったが、友達と出かけるなんて初めてだ。
だが、初めてと言ったらなんか美咲さんに可哀想な目で見られる気がして嘘をついてしまった。
「またいつか遊ぼうね」
「...いいの?」
「ふふっ、いいのってどうしたの?良いに決まってるじゃん」
嘘じゃない...嘘じゃないんだよな!?
つまり美咲さんはまた俺と遊びに行ってくれるということだ。
心の中でガッツポーズを決めてしまう。
「あっ電車来た」
俺たちは行きに乗った電車に乗り帰る。
行きとは違い、電車は結構空いていた。
俺は隅の席に座る。
美咲さんは少し悩んでから俺の隣に座った。
大分近くにだ。
美咲さんの美咲さんの匂いが鼻を通る。
横を見るとすぐそばに美咲さんの顔があった。
「あ...あの美咲、ちょっと近く...」
「ん?どうしたの?」
美咲さんがこちらを向き、こちらを見つめてくる。
「いや、やっぱなんでもない」
まぁいいか近くても。別に心臓の鼓動が早すぎて死ぬんじゃないかと言うこと以外俺に損はない。
電車のドアが閉まり、電車が動き出す。
しばらく乗っていると、肩に重みを感じて肩を見ると、寝ている美咲さん顔があった。
寝顔はどこか幸せそうで、可愛い。
俺も睡魔に襲われ、目を瞑る。
今日は良い日だったな。そう思いながら。
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「寝過ごした...」
着いた駅は、終点だった。