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10話 一緒に居る人

俺は日奈との鍵当番を終え、一人で帰路につく。


それにしても今日は帰るのが遅くなってしまった。

だが夏が近づいてきている空はまだ明るい。


今日は家に帰ったら何をしようか。

美咲さんに勧められた本でも読むか。


そんなことを考えながら電車から降り、曲がり角を曲がると二人の人影を見かけた。

そのうちの一人は今までに何度も見たことのある後ろ姿だった。


「美咲さん...?」


低い背、背中まで伸ばした紫の髪、間違いない美咲さんだ。


それにしても一体誰と帰っているんだろうか。

高めの背、短く切りそろえられた後ろ髪から察するに男子だろうか。


二人顔を見合わせて楽しそうに会話をしている。


なんだろうか、この気持ち。

嫉妬という感情が一番近いだろうか。

初めて感じる感情だった。


俺は今、あの男子に嫉妬しているのだ。

美咲さんと話しているあの男子に嫉妬しているのだ。


二人とも楽しそうに会話していて後ろの俺には気付いていないようだ。


美咲さんって俺以外との男子ともあんなに楽しそうに会話するんだな。

別に俺は美咲の彼氏でも何でもない。ただの友達だ。別に何も言うことは無い。


ただ気になってしまう。美咲さんとあの男子の関係が。

彼氏なのだろうか、友達なのだろうか。


友達だといいなと思う自分がいる。


好きな人に彼氏が居ると分かったら、どんな気持ちになるのだろうか。

俺はちゃんとそのカップルを応援できるのだろうか。


美咲さんはその男子に手を振って玄関ドアを開け、家の中に入っていく。

男子も手を振り返して、少し歩き、足を止めた。

美咲さんの隣の家の前に立ち、庭に足を踏み入れる。


そしてドアを開け、家の中に入っていった。


「ご近所だったのか...」


俺は少し、ほんの少しだけ安心した。


===


午後四時の、いつも通りの部室。

日奈以外の全員が各々したいことをしている。


俺は昨日のことを思い出してついチラチラと美咲さんの方を見てしまう。

聞きたい。昨日の男子のこと。あの男子との関係性を聞きたい。


美咲さんはそんな俺の視線には気付かずに小説を読んでいる。

聞いたら美咲さんは何て返すのだろうか。

彼氏?友達?幼馴染?


例えそれが嘘だとしても俺は分からない。

それにもし彼氏だと答えられてしまったら俺は失恋から立ち直れるだろうか。


でもそんな危険性を感じてでも、俺は美咲さんとあの男子との関係性が知りたかった。

俺は心の中で勇気を出すために自分を鼓舞する。


そう言えば俺、美咲さんと恋愛関係の話したこと無かったな。


「ねぇ美咲ってそういえば好きな人居るの?」


「け、健吾君...急にどうしたの?」


「いや、ふと気になっちゃって」


美咲さんは戸惑いながら少し悩む素振りを見せる。


「居、居ないよ...?」


「本当に?」


俺がそう言うと、美咲さんは悩んだ素振りを見せてゆっくりと言った。


「ひ、秘密」


「秘密...うん...秘密か」


俺は小学生の時にクラスメイトから学んだことがある。

好きな人を聞いたときに秘密と答えられたら、その人には好きな人が居ると。

そしてこの反応、もしかしたら美咲さんには本当に好きな人が居るんじゃないのか。


「そういう健吾君には好きな人居るの?」


「え、俺?」


これはどう答えるのが正解なのだろうか。

やっぱり正直に答えた方がいいのだろうか。いや、でもやっぱり美咲さんに好きな人が居ると知られてしまうのもなにか恥ずかしい。


そうなってくると、やっぱり答えは一つになってくる。


「秘密」


「ふふ、二人とも秘密じゃん」


「美咲が秘密っていうから...」


「じゃあ教えてあげようか?本当の私の答え」


美咲さんは笑いながらも、少し耳を赤くさせながら小さな声で教えてくれる。


「居るよ...好きな人」


本当に好きな人が居るのか、秘密と言う言葉で大体察していたが居るというのだから本当に居るのだろう。俺は美咲さんの嘘が分からないので本当かどうかを確かめる術はないのだが。


「教えてくれないの...?」


「え?」


「だーかーら、私が教えたんだから健吾君も教えてくれないのかなぁって」


美咲さんは少し頬を膨らませながら少し怒った口調でこちらを見つめてくる。


「い...居るよ。好きな人」


「え!居るの?健吾君」


「うん」


「意外だなぁ。ねぇねぇ、誰なの?」


美咲さんは興味津々の様子でこちらに身を乗り出している。顔が近い、美咲さんがかけている眼鏡に当たりそうだ。


「それは...秘密」


ここで美咲さんと言えば、美咲さんはどんな反応をしてくれただろうか。

告白と受け取って了承してくれるのだろうか、それとも断られるのだろうか。


顔が熱くなる。多分今の俺の顔は真っ赤なことだろう。


「そういう美咲の好きな人は誰なのさ」


俺がそう聞くと、さっきまで眼鏡が顔に当たりそうな程近づけていた顔が一気に離れ、乗り出していた身を元に居た席に戻してしまう。


「健吾君が秘密って言ったから...秘密」


美咲さんは俯いたまま答えてくれる。

秘密...秘密かぁ。少し美咲さんが好きな人を言ってくれるんじゃないかと思い、期待してしまった。


好きな人の好きな人を知ることは、そんなに甘くないということだ。


===


鍵番だった俺と美咲さんは、いつもと同じ帰路についていた。

一緒に美咲さんと話してて、俺の脳裏にはずっと昨日のことが引っかかっていた。


昨日一緒に帰ってた男子は誰だろうかということだ。

美咲さんと楽しく話していても、どうしても気になってしまう。


「健吾君どうかしたの?なんか今日変だよ?」


「ほんと?」


「うん、なんかずっと上の空って感じ。何かあったの?」


「ううん、何もないよ」


「そう?なら良かった」


美咲さんは下から俺の顔を覗き込んでくる。


その後も俺と美咲さんの他愛のない会話が続く。

このままだとあの男子とどんな関係か聞けなくなる。


だが、聞く勇気が出ない。

その時、後ろから男子の声が聞こえた。


「あれ?美咲じゃん。やっほー」


後ろを振り向くと、同じ高校の男子生徒がこちらに手を振っていた。

ネクタイの色が俺と違う。一年生は青のはずなのだが、あの男性とは緑だ。


緑は確か二年生だったはず、つまり上級生だ。


「あ、湊」


美咲さんも反応して男子生徒に手を振り返す。

美咲さんは足を止め、男子生徒...湊がこちらに歩いてくるのを待つ。


近づいてきてだんだんと分かる。

短く切りそろえられた黒髪に目鼻立ちが整った顔、そして高校生男子の平均身長よりは高いだろう身長、間違いない、こいつは確実にモテるタイプだ。モテるオーラを纏っている。


「ん?誰その子、美咲の友達?」


美咲隣で一緒に足を止めていた俺に気付いたのか、俺の顔を見ながら美咲さんに聞く。


「うん、同じ部活の健吾君」


「健吾君か、よろしくね」


湊は爽やかな笑顔をこちらに向ける。


「湊さん、どうもよろしく」


こちらも出来る限りの笑顔で返す。


「湊どうしたの?」


「美咲が居たから話したいなって」


「ふふ、なにそれ」


なんだか、どちらも楽しそうだ。

二人の間に甘酸っぱい空気が流れていて、なんだか場違いな気がする。


「俺、ちょっと先帰っとくね」


「え、健吾君」


美咲さんが俺を呼ぶような声が聞こえたような気がするが、俺は振り返らなかった。

振り返れなかったという言葉の方が正しいのかもしれない。

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