「俺...実は好きなんだ」
手に持っていたコップをそっと机に置き、意を決した表情で言う。
「俺、由美先輩が好きなんだ」
俺は今、誠一の恋愛相談を受けていた。
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夕方、学校近くのファミレス、辺りを見回すと俺と同じ制服を着た生徒を何人も見かける。
窓からはオレンジの夕日が差し込んでいた。
好きと言った誠一の言葉に嘘は感じない。
本当に好きなんだろう。由美先輩のことが。
「由美先輩を好きになるのは分かる。あの人顔も仕草もなんか全部可愛いもんな」
「そうそうそうなんだよ!全部可愛いんだよ!...ってあれ?もしかして健吾も狙ってるのか由美先輩のこと。そうなると俺たちはもうライバルってわけだな」
「違う違う。俺別に由美先輩のこと狙ってねぇよ」
「そうか、なら良かった」
誠一は安心したように腕を組み、深く背をシートに預ける。
「で、急に俺にそんなことを相談して一体どうしたんだよ」
「そこで、お前に頼みがあるんだ」
誠一は机に両手を置いて、頭を下げる。
「俺と由美先輩を、良い感じにして欲しいんだ!」
「...良い感じ?」
「そう、良い感じに」
良い感じに...うーん。良い感じにか。
果たしてどうしたらいいんだろうか。
「良い感じで具体的にどんな事すればいいの?」
「う~ん。由美先輩が俺のことを好きになってくれるようなシチュエーションを作ってくれたら嬉しいな」
「ハードル高すぎだろ」
それが出来るならとっくに俺は彼女持ちだ。
「健吾と由美先輩が鍵当番の日があるだろ?その日どうにかして俺と当番交換してくれないか?」
「いいけど...それだけでいいのか?」
「じゃあ俺が由美先輩を休みの日にデートに誘えるシチュエーションを用意して欲しい」
「それって一緒の鍵当番の時に誘えないのか?」
「でもやっぱムードってあるじゃん?ムード良かったら誘って了承してくれそうだし」
「確かにそういうもんか」
「この通りだ!お願いします!ここ奢るんで」
誠一は両手を合わせて頭を下げる。
数少ない友達のお願いだ。しかも奢られるとなったら断る訳にはいかない。
「任せとけって」
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大口を叩いてみたが、どうすればいいかは全く思いつかない。
良い感じ...うーん。良い感じにか。
俺はベッドに寝転がりながら考える。
その時、一件の通知が俺のスマホに飛び込んできた。
「明日の朝、一緒に登校しない?」
美咲さんからの連絡だった。
思わぬ誘いに一瞬戸惑いながらも二つ返事でOKと返信する。
そしてその瞬間、一つの案が俺の頭に浮かんだ。
「これならワンチャン...?」
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俺と誠一は昨日来ていたファミレスに再び足を踏み入れていた。
正直どこでもよかったのだが、誠一がここが良いと言うのでここにした。
「で、作戦ってどんな作戦なんだ?」
「実にシンプルな作戦だよ」
俺は人差し指を立ててもったいぶる。
誠一はごくっ、と喉を鳴らす。
「一緒に帰ればいいじゃないか」
「...それだけ?」
「それだけ」
「でも俺由美先輩と帰り道反対方向だぞ」
「まぁそこらへんは適当に理由付けとけばいいよ。一緒にご飯食べませんかとかで」
「まぁそれでいいか」
誠一は納得したように頷いて、手に取ったコーラを一気に流し込む。
「でもよ、俺由美先輩と一緒に帰ろうって言える...ゲプ...勇気でねぇよ」
「そのための俺だろ」
「あぁ、健吾がこんなに頼もしく見えたのは初めてだよ」
誠一が俺を神を見るような目で見ている。
俺はこの目の期待に答えなければならい。
俺はそう心に決めた。
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「由美先輩ここらへんに新しいクレープ屋さん出来たの知ってますか?」
「あぁ~知ってるよぉ。友達が美味しいって言ってたぁ」
由美先輩はおっとりした口調で話す。少しまじまじと由美先輩を見てしまう。少したれ目がちな目、澄んでいるキレイな黒の瞳に長いまつ毛、薄いピンク色の唇、白くきめ細やかな肌、女子の中では高いほうの身長、それなのに小顔、学年に一人居るかレベルの美女だ。
「ん?どうしたの?私の顔に何かついてる?」
「いや全然、ちょっとぼーとしてました」
「なら良かった」
由美先輩はにこっと笑う。
そして表情豊かだ。
「所でそのクレープ屋なんですけど、今日一緒に行きませんか?」
自分でも驚くほど自然に誘えている。
「健吾君と?」
「はい、後誠一も居ます」
「う~~ん」
由美先輩は顎にに手を当て、顔を上に向けて悩んでいる。
もしかしてダメだろうか。ダメだったら誠一に申し訳ないなという思いが出てくる。
「うん、いいよ。今日の放課後別に私用事無いし」
「ほんとですか!?よかった」
「じゃあ放課後校門前に集合で良い?」
「それで大丈夫です」
後ろに座っている誠一の方を見ると、小さく親指を立てていた。
俺が食べたカルボナーラ分の働き、してみせたぜ。
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俺たちの作戦としてはこうだ。
三人でご飯を食べるという約束を立て、途中まで三人で過ごす。
そして良いタイミングで俺が抜ける作戦だ。
だが、今その作戦に破綻が生じている。
クレープ屋に行くまでに俺は抜ける作戦だったのだが、抜けるタイミングを見失ってしまった。
俺と誠一と由美先輩、三人で席を囲んでメニュー表を見ている。
「おい、どうなってんだよ」
隣に座っている誠一が俺に耳打ちしてくる。
前に座っている由美先輩は楽しそうにクレープをどれにしようか悩んでいる。
「わぁ、全部美味しそうだね」
由美先輩は俺たちに笑いかける。
「そうっすね、俺どれにしようかな」
「やばい、すみません。俺親に急用があるって呼ばれちゃいました」
俺はスマホを取り出して、焦っている演技をする。
俺のスマホの通知欄に親からの連絡など来ていないのだが。
「えぇ~ほんと?私楽しみにしてたのに...残念」
由美先輩の言葉から嘘は感じられない。
可愛い先輩に抜けられて残念とか言われると少し嬉しい気分になってしまう。
残っちゃだめだろうか。
いや、だめだ。俺は友達の誠一のためにも心を鬼にしてここから立ち去らねばならない。
俺はカバンを持って席を立ち、店から立ち去る。
小さく誠一に向かって親指を立てる。
がんばれよ、親友。
心の中で俺はそう呟いた。
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店から立ち去ったが、どうしても誠一と由美先輩が今どんな雰囲気なのか気になってしまう。
俺は足早に店の横に移動すると、さっきまで俺が座っていた席、つまり今誠一と由美先輩が座っている席の窓の下に移動する。
ここからなら凄く小さいが会話も一応聞き取れるし、チラチラと顔を出せば表情も見ることができる。
「俺由美先輩にお願いがあるんです」
小さいが、誠一の声だ。
チラッと顔を出してみると、誠一が今までに見たことがないぐらい真剣な顔をしている。
そんな誠一とは反対に、由美先輩は何が起こるのかと不思議そうな顔をしていて、その頬にはクリームが付いている。
「のぉになの」
由美先輩はクレープを食べているせいか、何を言っているか全く分からない。
「えっと...その....」
誠一が言い淀む。
がんばれ誠一、ここで男を見せるんだ。
由美先輩の視線が誠一に突き刺さっている。
思わず俯いてしまった誠一だが、再び顔を上げ、由美先輩の顔を見つめる。
「俺と今度の休日デートしてください!」
ここからでもちゃんと聞こえる、はきはきとした声だった。
「私と?」
「はい、由美先輩とです」
「私でいいの?」
「由美先輩が良いんです」
誠一にそう言われ、由美先輩の顔が少し赤くなる。
「誘ってくれて嬉しい」
そう言った由美先輩の言葉に嘘は感じられない。由美先輩の次の言葉が開く。
「やっぱだめっすか...?」
「ふふっ、誰もダメだと言ってないよ」
少し泣きそうで心配そうな顔をしていた誠一に、由美先輩がいたずらっぽく笑いかける。
心配そうな誠一の顔に光がともる。
「じゃあ...」
「うん。いいよ。デートしよっか」
思わず小さく拍手してしまう。
俺はそそくさとバレないように店から離れた。