「文芸部?」
「うん、文芸部。俺文芸部に入ってるんだ。文芸部入ってて楽しいなぁって感じるからさ。良い人ばっかだし。日奈さんもどうかなって」
俺の記憶が正しければ日奈さんは部活に入ってないはずだ。
「う~~ん。お誘いは嬉しいけど私部活する時間取れないかもだし」
「大丈夫だよ。文芸部緩いから」
「ふふっ、それ言っちゃうんだ」
「まぁ事実だからね」
「う~~ん。でも私全然顔出せないかもしれないよ?途中入部で全然馴染めないかもだし」
「全然大丈夫。みんな良い人だし」
「じゃあ今度一回だけお邪魔してみようかな」
「うん。待ってる」
こうして俺は日奈さんに手を振り、家に入るのを見送ってから来た方向を再び戻り歩き始めた。
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「ということで、新入部員候補のパルマ日奈さんに来てもらいました」
俺は拍手しながら紹介する。紹介された日奈さんは頭を下げて挨拶する。
由美先輩は少し跳ねながら嬉しそうに拍手している。その顔には満面の笑みが浮かべられている。
美咲さんと誠一に関しては状況があまり理解できていないのか、ぽかーんとしている。
そして二人とも状況が理解できたのか、驚いた表情を浮かべる。
「あれ!?日奈さんってアイドルで忙しいんじゃなかったっけ」
「健吾君がそこらへん緩いから大丈夫って言ってて...」
「健吾く~ん。そんなこと言ったの?」
由美先輩が俺を睨みつける。こんなこと言ってはあれだが睨むのに慣れていないのか中に可愛さが残っている。
「あ...すみません」
「ふふっ、いいよいいよ。全然事実だしね。ゆるゆるだよ文芸部。ちょ~ゆるゆる」
睨みつけていた表情から一転、可愛い癒される笑顔に変わる。
由美先輩は足早にこちらに駆け寄って来て日奈さんの手を握りぶんぶんと振る。
「わぁ~凄い肌きれーい。アイドルなんでしょ?やっぱ肌の手入れってこだわってるの?」
「先輩も超キレイですよ。全然他のアイドルの子たちに負けず劣らずっていう感じで」
「え~そう?現役アイドルの子に言われると照れるなぁ」
由美先輩と日奈さんは手を握りあったまま、お互いを褒め合う平和な空間がそこには展開されている。
ちらっと美咲さんを見てみると、俯いてはチラッと日奈さんの方を見てそしてまた俯いての繰り返しをしている。
「先輩、部員ってここに居る人だけですか?」
「うん。この四人だけだよぉ」
日奈さんは一人一人の顔を確認していく。
「こっちの子が美咲ちゃんで、あっちの子が誠一君」
「ども」
「はじめまして...」
「で、私が由美。唯一に二年生だよぉ」
由美先輩の紹介を聞くと、日奈さんは美咲さんに向かって歩いていく。
美咲さんは驚いて顔を右往左往させている。
日奈さんは美咲さんの前に立つと、美咲さんの手をぎゅっと握った。
「超可愛い~」
「え」
「超小顔だし目大きいし肌も超きれいじゃん。ノーメイク?」
「...うん、メイクしてないです」
突然手を握られて褒めだされた状況に驚きを隠せないのか美咲さんは目を大きく開かせている。若干腰が引けている。
「髪もちょーサラサラだし。シャンプーとリンスって何使ってるの?」
日奈さんは髪を縛っていない美咲さんの髪を触り始める。
「普通にスーパーに売ってるシャンプーとリンスです...」
「え!?それだけでこんなサラサラになるの!?」
「あ、ありがとう...」
美咲さんは指をもじもじさせながら俯いてしまっている。
教室の端に居た誠一がこちらに歩いてきて、俺に耳打ちする。
「なぁ、なんか俺ら空気じゃね?なんかあそこに女子の空間が展開されててすげぇ居ずらいんだけど」
奇遇だな。俺もだ。
俺は同意の意を込めて頷く。
そんな俺らには目もくれず、日奈さんは美咲さんの髪を楽しそうに観察している。
「ちゃんと毛先までつやつやだし。それになんか凄い良い匂いするね」
だんだんと美咲さんの耳が赤くなり始める。大きく見開いていた目は今は瞑っている。
そんな美咲さんの状況に気付いたのか、日奈さんは大きく後ろに下がる。
そして慌てた様子で謝罪の言葉を投げかける。
「わーごめんごめん!別に困らそうとかそういうつもりじゃなかったんだよ。 私可愛い子見るとついこうテンション上がっちゃうんだよ」
「全然大丈夫です」
「ほんとごめんね。嫌わないでね」
「いやそんな嫌ったりしないです」
「え?ほんと?なら良かった。こんな可愛い子に嫌われたら私泣いちゃうかも」
日奈さんはそう言って泣く仕草をしてみせる。
美咲さんの耳はまだ赤く、顔も少し火照っている。手は未だにもじもじさせている。
心なしか頭から湯気が昇っているように見えるのは気のせいだろうか。
嘘は見破れないが、まぁ恐らく嫌がっているのではなくて多分恥ずかしがっているのだろう。
まぁ距離が縮まったということで、いいのだろうか。
「あっ、そう言えば日奈ちゃんに文芸部の説明しないといけないね!新入部員だし!」
「一応仮ですけどね」
「そんな悲しいこと言わずにさ!もう日奈ちゃんは立派な文芸部員だよ!」
「もう入部することが確定してる...」
「え、もしかして日奈ちゃんこの部活のこと嫌いになっちゃった?」
「いや全然!むしろ好きですよ」
「じゃあ入ってくれる?」
「それはもうちょっと考えてからっていうか」
「入部してほしいなぁ」
由美先輩は日奈さんを潤った目の上目遣いで見つめる。腰は前かがみになり、手は唇に当てている。
「うっ...」
そんな由美先輩に圧倒されてか、日奈さんは一歩退き、視線が空中を泳いでいる。
「ダメなの...?」
「入ります入ります!入らせてください!」
由美先輩の押しに負けてか、日奈さんは首を縦に振った。
「ホント?嬉しい~」
日奈さんは手を思いっきり由美先輩に握られ、凄い勢いで振られる。
「じゃあ、文芸部の活動内容教えようかな」
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「本当に文芸部入ってくれるの?」
「入るよ。入るっていっちゃったし入部届も届けちゃったし。楽しそうな人ばっかだったからね」
俺と日奈さんは一緒に帰路についている。まぁ俺の本当の帰り道は逆なので俺からしたら寄り道なのだが。
前日に日奈さんに一緒に帰ろうと言われて、俺の帰り道が逆ということを言い出せなかったためだ。
「私本当に馴染めるかな?」
「馴染めるよ。馴染めるっていうかもう馴染んでるっていうか。日奈さんなら多分すぐに溶け込めるよ」
「私のこと呼ぶ時さん付けしなくていいよ。私たちはもう同じ部活の仲間だしね」
「じゃあ日奈ちゃん...?」
「本当にごめんなんだけど健吾君にちゃん付けされるとなんかむずがゆい」
こんな悲しい話があるのだろうか。しかもこれが能力によって嘘ではないと分かるのもまた、辛いところだ。
「日奈?」
「呼び捨てが一番しっくり来るね!」
少し歩き、日奈の家に辿り着く。
じゃあねと手を振り、日奈は家に入っていく。
文芸部に、新入部員が来た。