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6話 新入部員

「スマホ教室まで取りに行くのだるーい」


周りに誰も居ない階段を下りながら、小さく呟く。

コツコツと廊下を歩く音が廊下に木霊する。


廊下を曲がり、自分の教室のドアを開けようとしたその時、ドアにつけられている窓越しに教室内に誰か居ることに気が付いた。


誰だろうと思ったが、答えは一瞬で出た。

恐らくこのクラス、いや学年でも知らない人は居ないだろう。


学年一の有名人、パルマ日奈。

高校生にして結構...いや、かなり売れている新人アイドルだ。

テレビに出たこともあるらしいので、かなりだ。


そんな学年一の有名人は机に肘を突き、顔を手で覆っている。

少し近づき難い雰囲気を纏っている。


でもスマホが必需品となった現代人にとって教室のスマホを回収しないわけにはいかないので、教室のドアを開ける。


突然教室のドアが開けられて驚いたのか、勢いよく顔をこちらに向ける。

その端正な整った顔は目の周りが赤く腫れ、頬には涙が伝っていた。


俺と目が合った瞬間、日奈さんは俺から目を離してもう一度顔を伏せてしまう。

俺はうつ伏せになっている日奈さんの後ろを通り、机の中からスマホを取り出す。


スマホを制服のポケットに入れ、うつ伏せになっている日奈さんの後ろを通り、教室から出る。


廊下を歩いている最中、目を腫らして泣いていた日奈さんの顔が思い浮かぶ。

何か声をかけるべきだったのだろうか。大丈夫?とか何かあったの?とか。


でも俺と日奈さんは話したことが無いし、日奈さんに関しては俺のことを覚えているかどうか怪しいほどだ。


そんな状況で話しかけて、怪しがられたりきもがられたりしたらどうしようとか考えてしまう。

まぁ悩んでいるとしても俺とは関係のないことだ。関係ないことには首を突っ込まない。

それで首を突っ込んで中学校の時には痛い目を見たのだ。高校ではそんな過ちを犯さないと決めたのだ。


俺は階段の一段目を上がる。


本当にそれでいいのだろうか。泣いている人を放っておくのが正解なのだろうか。

そんなはずはないと俺は信じている。何も無かったら誰も泣かない、何か悲しいことがあったから泣いているのだ。


俺は踵を返し、さっき歩いてきた廊下を歩く。

教室のドアの前に立ち、ガラス越しに日奈さんの姿を見る。


日奈さんはまだ机に突っ伏していた。

首ぐらいまで伸びていた黄色の髪で表情は確認できない。


ドアを開ける。日奈さんは何も反応せず突っ伏したままだ。

さりげなくだ。さりげなく話しかける。


俺は何か忘れ物をした雰囲気を出しながら自分の机を漁る。別に忘れたものがあるわけではないので机の中は空だ。


二個ほど席が離れている日奈さんに向かって意を決して話しかける。


「どうかしたの?」


俺のそんな言葉に反応して日奈さんが顔をこちらに向ける。

長い黒のまつ毛の下にある大きな目の周りはまだ腫れていて、整った鼻筋の鼻は赤い。

泣いているのも絵になるほどの美人だ。


「別に何もないよ。ただ疲れて眠たいなぁって思っただけだよ」


泣いているとは思えない、明るい声だった。能力で嘘だと分かるが、能力を使わなくても嘘だと分かる。


「じゃあなんで泣いてるの?」


「別に...泣いてなんかないよ。ただちょっと目が腫れているだけ」


「俺でよければ話聞くよ」


「別にいいよ。誰にも話したくないし健吾君に迷惑かけるわけにもいかないから」


その言葉を聞いて俺は確信する。話しかけてよかったと。自分の能力に感謝だ。


「俺は全然迷惑じゃない...だから話してくれないかな?」


「放っといて!」


日奈さんはそう叫ぶと、勢いよく椅子から立ち上がり走り去ろうとする。

その腕を、俺は掴んだ。


「何で掴むの!?離してよ!」


「悩んでるなら話せよ!誰かに話したいなら話しなよ」


「だから私は誰にも話したくないって...」


「嘘だ。君は誰かに話したいはずだ」


「なんで嘘だって分かるのよ」


「それは...」


何と返すのが正解なのだろうか。勢いで話してしまったが、ここでいきなり俺は昔から人の嘘を見破れる能力を持っていますと言ったら相当怪しまれるだろう。


「嘘だと思ったからだ。それが理由」


「それが理由って...ふ、ふふはははは」


美咲さんは急にしゃがみ込み、口を押えて笑い始めた。


「ど、どうしたの?」


「いや返しが面白くて」


日奈さんはしばらく笑った後に立ち上がり、目を拭う。


「なんかもう笑って吹っ切れちゃった。だから話していい?悩み事」


「うん。俺で良ければ聞くよ」


===


夕日になろうとしている太陽が俺たちを照らしている。

コンクリートの道路には亀裂が入っており、一輪の花が小さく咲いている。


そんな花には気付かず、俺はその花を踏みつけて歩き続ける。


日奈さんに帰りながら話そうよと言われ、俺は部活に断りを入れて帰っている。


まぁこの道は日奈さんの帰り道だから俺としたら寄り道なのだが。


「こうやって誰かと帰るのも久しぶりだな」


「やっぱアイドルって大変なの?」


「自分で言うのもあれだけど、すごーく大変。一回帰り道盗撮されて住所ばれかけたし、友達と一緒に帰ってたら会話盗み聞きされててネットに投稿されたし」


「なんかその...やばいね」


「ほんとやばいよ。だから男の子と帰ってたなんて言われたらどうなることか」


「え?もしかしてこの状況って結構まずかったりする?」


「まぁね」


日奈さんはふふっと笑う。そんな笑っている日奈さんの口元はマスクで隠されていて見えない。だが、笑っている日奈さんとは対照的に俺の内心は焦りで心臓はバクバクだった。

誰かに撮られてないか気になり、周りを見渡すが誰も俺たちに興味など示してないしカメラを向けていることも無い。


「事務所には決して男子とは帰るなって口酸っぱく言われてるしね」


「離れた方がいい?」


一、二歩日奈さんから距離を取る。


「いいよいいよそんなに気にしなくて。今日はなんか吹っ切れた気分だし」


「吹っ切れた気分?」


「うん。後先考えずに私を助けてくれた健吾君見たら今日ぐらいは自分押し殺さずに全ての素の自分出しちゃってもいいかなって気になっちゃった」


「そういう気になってくれたなら嬉しいよ」


「ねぇねぇ、ちょっと愚痴発散させていい?」


「うん。いいよ」


ちょっとと言うには余りにも長い、日奈さんの愚痴が始まった。


「....まぁ最終的に何が言いたいかって言うと、アイドルってやっぱり素の自分だけじゃやっていけなくてさ。勿論素の自分もそこそこ出すよ?でもそれだけじゃいけないから素の自分押し殺してみんなが求める顔しなきゃいけないじゃん。なんかそれに疲れちゃって...でもみんな私を凄いね凄いねって言ってくれて相談しにくいし、心配もかけたくない。でも相談出来ないと何も発散できなくてストレス溜まっていくし。なんかこう...心の支えになるものが無くて辛かったんだよね」


「心の支えか、やっぱり大事だよなぁ」


俺の心の支えとなっているものを考える。

そもそも別に悩み事や嫌なことがないので心の支えは無くても大丈夫なのだが。


だが、今やっぱり俺の心の支えになっているのは文芸部の活動だろうか。

一日の間で最も楽しい時間だ。


「今日はありがとね健吾君。健吾君のおかげで何か発散出来た気がする」


「失礼だけどアイドル辞めたいとか思ったことないの?」


「ないよ。みんな笑顔で私を迎い入れてくれるしみんな私を必要としてくれるからね。

まぁでも一つ辞めたいと思う時を上げるならマネージャーに怒られる時だね。怖いんだよ~うちのマネージャー」


そう言うと日奈さんは少し笑った。


「まぁでも今日はありがとね。少し楽になった。私の家ここだから」


「日奈さん」


手を振って家のドアを開けようとしている日奈さんを呼び止める。


「どうしたの?」


首をかしげている日奈さんに向かって俺は話す。


「文芸部に入りませんか?」

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