文芸部に入ってから数週間ほどが経った。
今では帰りの部室の戸締りも慣れたものだ。
「こっち終わったよ~」
教室の反対側のドアの戸締りをしている美咲さんに声をかける。
「私も終わったよ」
美咲さんは小走りでこちらに近づいてきて、俺の持っていた鍵を回収していく。
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「いやぁ、雨降りそうだな」
「確かに、雲やばいもんね」
俺と美咲さんは空を見上げながら呟く。
空は厚い雲で覆われている。逆になぜ今雨が降っていないのか不思議になるぐらいだ。
「傘持ってくれば良かったなぁ」
「私も持ってきたら良かった」
俺と美咲さんは帰路につく。
駅に着き、電車に乗り、ホームから出る。
「...でさぁ、あそこのシーンで主人公が駆けつけるシーンが滅茶苦茶熱くてさ。俺ホントに痺れたわ」
「分かる~。ホントに私もそのシーン好き。何回読み直したことか」
この数週間で俺と美咲さんの仲は結構仲良くなった方だと思う。
特に漫画とアニメの話はよく盛り上がる。
俺の髪はぽつぽつと濡れ始める。
上を見上げると、分厚い雲から雨が降り始めていた。
雨の量は次第に多くなっていく。
雨の量は土砂降りと言える程に多くなっていた。
俺と美咲さんはカバンを頭の上に置いて帰り道を走る。
「雨の量が半端じゃないんだけど!」
「冷た~い」
三十秒ほど、俺と美咲さんはダッシュで住宅街を駆ける。
「はぁ...はぁ...」
美咲さんはとある家の前に立ち止まり、膝に手をつきながら呼吸を整えている。
「着いた...」
とある家とはそう、美咲さんの家だ。
「じゃあね」
俺は手を振って美咲さんにお別れの挨拶をする。
「あ...あの」
ダッシュで走り去ろうとしたとき、美咲さんに呼び止められる。
「ん?どうしたの?」
俺はすでに濡れすぎて風呂上りみたいになっている髪から水滴を垂らしながら、美咲さんの居る方へ顔を向ける。
顔を向けた遠心力で水滴が周りに飛び散る。
「私の家に...雨が止むまで寄っていきませんか?」
「いいの?」
それは初めて俺が友達の家に誘われた瞬間だった。
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「お邪魔しまーす」
俺は若干初めての友達の家、しかも女の子の家に緊張しながら玄関を見回す。
靴箱の上には水槽が置かれていて、金魚が優雅に泳いでいる。
キレイに靴が並べられている玄関で、俺も靴を脱ぐ。
「最悪だ。靴の中ビショビショだ」
「私もだ...」
靴下もびしょびしょなので足が不快な感覚に襲われる。
美咲さんも嫌そうな顔をしながら灰色の靴下を脱いでいる。
「ちょっと待っててね、今タオル持ってくるね」
そう言って美咲さんは廊下の奥に消えていった。
廊下には足が濡れていたせいか跡がついている。
髪やら制服やらカバンから雨が滲み出てきて、玄関に水たまりのようなものが出来ていく。
これ大丈夫かな。美咲さん後で親に怒られたりしないかな。
美咲さんが廊下の奥から二枚のタオルを持って出てくる。
一枚は頭に乗せている。
「はい、これ健吾君の分」
俺は差し出されたタオルを手に取り、ゴシゴシと頭を拭く。
「お母さんとかは居ないの?」
「うん。お母さんもお父さんもまだ仕事中。だから今二人っきりだよ」
「二人っきり...なるほど」
女の子と家の中で二人っきり...これラノベで見たことあるやつだ。このまま仲良くなって付き合っちゃったりするんだろうか。
「雨に濡れちゃって風邪引いちゃっても良くないから、健吾君シャワー浴びてく?」
「え、あぁ。じゃあお願いします」
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勢いで了承してしまったが、実は今凄いことをやっているんじゃないだろうか。
好きな子の家でシャワーを浴びる...こんな展開ラノベでもなかなかないぞ。
「タオルと着替え、ここに置いておくね」
「ありがとう美咲さん」
ドアを見ると、ドア越しに美咲さんの影が見え、そして影が薄くなり、見えなくなった。
見えなくなったことを確認してから俺はシャワーを止め、ドアを開ける。
ふと目についたのは美咲さんが持ってきてくれた着替えと、俺が脱いだ制服たちだ。
そしてあることに気づく。
「パンツ見られた...」
俺は小さく呟いた。
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ドキドキして心臓が早くなる。
初めて来た友達の部屋、しかも女子の部屋だ。
なんか良い匂いするっていう感想はちょっとキモイだろうか。ちょっとじゃないかもしれない。
ピンクの可愛らしいベッドの横には大きい本棚があり、そこには大量の漫画と小説が並べられている。
「壮観だなぁ」
思わず呟いてしまう。
それにしても服がピチピチだ。
まぁ美咲さんの服だし仕方がないことだ。
美咲さんの服の中でも大きいのを選んだらしいが、それでも体格さが一回り違うので、かなり小さい。
ズボンに至っては美咲さんが履いたら膝ぐらいまであるはずなのにショートパンツみたいになっている。
「ごめんね。やっぱり私の服じゃ小さかったよね...」
「いや全然。小さくないよ。ピッタリピッタリ」
そう言ってピッタリ度合いを強調するために、腕を上げた瞬間。
嫌な音がした。正確に表現するならそう...服が千切れた音だ。
「ふっはははははは」
美咲さんが腹を抱えて笑い出す。
「ごめん!本当にごめん。後で服のお金返すね」
「いやいいよいいよ!私が貸したんんだし。私それ大きくて着れないかなぁって思ってた所だし...ふっはははははは」
喋ってる途中に耐え切れなくなったのか、再び美咲さんは腹を抱えて笑い出す。
こんなに笑っている美咲さんを始めて見る。
好きな子がこんなに笑っていて、嬉しくなるのは俺だけではなく全男たち共通だろう。
いや嬉しくなってる場合ではないのだが。普通に恥ずかしいし。
「はぁ...こんなに笑っちゃった。ごめんね、こんなに笑っちゃって」
「別にいいよ」
「ホントごめ...フハハハハハハハ」
耐え切れなくなったのか、美咲さんはもう一度笑い出した。
「本当にお腹痛い...お腹千切れちゃう」
美咲さんの笑い声はしばらくの間部屋の中に響いた。
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「ごめんね。お邪魔してしかも服まで借りちゃって」
「うんいいよ。服は私が着なくなったものだし」
一時間ほどすると雨が止んだので、俺は帰ることにした。
雨の匂いが、俺の鼻腔を刺激する。
「じゃあね~」
美咲さんが玄関前で手を振ってくれる。
俺も服が破れないように気を付けながら手を振り返す。
俺は帰路につきながら、美咲さんに初めて会った時のことを思い出す。
最初に比べて仲良くなれたと思うし、良く笑う人だとも分かったし、良く話す人だとも分かった。
知り合ってから一か月ほど、好きになってから二週間ほど。
だんだんと美咲さんとの距離が縮まっているのを実感する一日だった。