入学してから二週間ほどが経った。今日は部結成の日である。
他の部活もいろいろ体験入部に行って試してみたのだが、空気が合わず、俺は結局文芸部に入部することにした。
俺には緩い空気が合っているらしい。
コンコンとノックして、文芸部部室のドアを開け、俺と美咲さんは部室に足を踏み入れる。
「失礼します」
ドアを開けると同時に、由美先輩がこっちに走って迎えてくれる。
「入部してくれるの!?嬉しいなぁ」
由美先輩は満面の笑みを浮かべながら俺たちの手を握る。
その手は暖かい。
「さぁ座って座って」
俺と美咲さんは適当に席に座る。
「健吾君もう来てくれないかと思ったよ~。体験入部の時以来来てくれなかったからさぁ」
「すみません...ちょっと別の部活の所行ってて...」
「浮気者だね健吾君は」
クスっと由美先輩が笑う。
「それに比べて美咲ちゃんは一筋だったんだからぁ」
ねぇと美咲さんに由美先輩が笑いかける。
「初日に来たメンバー以外の子は来てくれないし、続けてきてくれる子も美咲ちゃんしかいないから寂しくなるかもしれないねぇって美咲ちゃんと話してたんだよ~」
コクコクと美咲さんが首を振る。
「美咲ちゃん健吾君が来なくて寂しそうにしてたんだからぁ」
由美先輩がそう言うと、美咲さんは少し頬を赤らめてぶんぶんと顔を横に振る。
「じゃあ来てほしくなかったのぉ?」
そう言うと美咲さんはもう一度顔を横にブンブン振る。
「でしょ~」
もう一度由美はくすっと笑う。
その時、コンコンとノックが鳴り、ドアが開かれる。
「失礼しまーす」
見たことのある顔、誠一が部室に入ってきた。
「誠一君も来てくれたの?」
由美先輩は駆け足で誠一の元に向かい、誠一の手を握ってブンブンと振る。
「これで四人だねぇ。こんなに賑やかなこと久しぶりだよぉ」
誠一は俺たちの横に腰かけた。
「これで全員かな?いや~嬉しいねぇ。三人も来てくれるなんて」
「由美先輩って一人だったんですよね?」
「そうだよ~。私が一年生の頃の三年生の先輩が居なくなっちゃってからずっと一人。寂しかったんだよぉ?」
そう言って由美先輩は上目遣いでこちらを見つめてくる。
なんというか、由美先輩はあざとい。
わざとなのか天然なのかは分からないが、可愛い。
「じゃあ全員集まって全員一緒の文芸部になったことだし、お互いに連絡先交換しとかない?」
「いいっすね」
誠一は乗り気にそう答え、ポケットからスマホを取り出した。
連絡先か。ちなみに俺の連絡先は家族以外登録されていない悲しいものとなっている。
この悲しい連絡先欄を見ることも終わるのか。心の中で舞い踊りたい気分を抑える。思わずニヤニヤしてしまいそうだ。
「じゃあ私まず健吾君の連絡先教えてもらおうかなぁ」
「あっはい」
連絡先を交換することにテンションが上がっているが、同時に緊張している。
大丈夫だろうか。実は連絡先交換する程度で舞い上がってるとか思われてないだろうか。
そんなことを思いつつ、必死に連絡先を交換する手順を思い出す。
「はい、これで私たち友達だねぇ」
由美先輩がニコリと微笑む。友達、良い響きだなぁとしみじみ感じる。
俺の連絡先に村上由美という名前が追加される。
家族を除いた連絡先第一号だ。
「私とも連絡先交換してください」
俯きながら美咲さんが猫耳が着いたスマホケースを着けたスマホを持って話しかけてくる。
「猫好きなの?」
「うん...モフモフで可愛いし」
「俺も猫大好きだよ。家に二匹居るしね」
「あっ、交換できた」
こう話しているうちに、俺の連絡先に宮川美咲という文字が追加される。
由美先輩に続いて美咲さんの連絡先を手に入れるなんて、なんて良い日なんだろう。
友達の連絡先が増える度に、嬉しさがこみ上げてくる。
「俺とも交換しようぜ」
「うんいいよ」
俺の連絡先に今日のうちに三人もの連絡先を手に入れてしまった。
その時、ガラガラと部室のドアが開いて、優しそうな雰囲気を纏い、メガネをかけた中背の男性が入ってくる。
「お~三人も入ったのか。良かったな村上」
「あー!中村先生!そうなんですよ~。三人も来てくれて」
「新入部員の子には自己紹介しとかないとな。この文芸部の顧問をしています中村です。どうぞよろしく」
そう言って中村先生はにこっと笑い、そして教室から出ていく。
ドアから顔を出し、由美先輩に話しかける。
「じゃ!僕まだ仕事大量に残ってるんで。村上、なんか良い感じに説明しといてくれ」
「お~け~です」
「流石、頼りになるぜ」
中村先生が走り去っていく音が響いた。忙しい人だなぁと感想を持つ。
「じゃっ、せっかく三人も部員が来てくれたことだし、文芸部が何するか教えようかな」
===
文芸部の活動内容は、その名前から想像できる通りの活動内容だった。
本を読み、小説を書く。
俺はベッドに寝転がり、今日あったことを思い返す。
枕元に置いてあったスマホを取り出し、電源をつける。
そして連絡アプリを起動する。
そこには今日新たに追加された三人の名前があった。
もしかしてこれから寝る前に通話とかしてしまうのだろうか。
憧れてしまう。
その時、一つの通知が来た。
何かと通知をタップしてみると、なんと美咲さんから連絡が来ていた。
俺は思わず家族以外からの連絡にテンションが上がってしまう。
美咲さんからは猫のイラストの上によろしくと書かれたスタンプが一つ、送られてきていた。
俺も美咲さんに倣い、持っている猫のスタンプで挨拶を返した。
既読はすぐにつき、返信がすぐに返ってきた。
「健吾君の家の猫の名前って何ていうの?」
「ミケとミコだよ」
俺は急いで返信する。返信が遅れて返信返してくれない人なんだと思われたら嫌だからな。
「可愛い名前だね。写真送ってくれない?」
俺は急いで自分のスマホのフォト欄から猫たちの写真を探す。
そして一番可愛く撮れている写真を送る。
「可愛いね!」
という文言と共に親指を立てている猫のスタンプが送られてきた。
会話はそこで途切れた。
俺は夢にまで見た友達と連絡することが達成されたことに喜びを感じながら記念にと思いトーク履歴をスクショする。
人がこのスクショを見たらキモイとか思うのだろうか。
だが、そんなことを気にしないほどに俺の心は嬉しさで一杯だった。