「....のことが好きです。俺で良ければ付き合ってください」
彼女の顔が火照る。
そして少し間が空いてから、彼女は恥ずかしそうに顔を俯かせながら答える。
「私も...健吾のこと好きだよ」
そして俺たちは唇を近づかせ、唇と唇が触れそうなその瞬間、俺の世界は崩れた。
「兄ちゃん起きて!遅刻するよ!」
眩しい位の太陽が窓から俺の部屋を照りつけていた。
「ああ明衣か、おはよう」
「何朝からそんなにやけた面して、なんか見てるとだんだん腹立つんだけど」
「こんな妹にぼろくそ言われる兄もなかなか居ないぞ」
「そんなどうでもいいこと言ってないで早く起きて!お母さんが入学式遅刻するんじゃないかって怒ってるよ!」
「嘘つくな。お母さん別に怒ってないだろ」
「ちぇ、ばれたか。お兄ちゃんのその能力本当に面倒くさいよね。こうでもしないとお兄ちゃん起きないから」
「俺も別に欲しかったわけじゃないんだけどな」
俺には嘘が分かる。そんなことを言うと大体の人に嘘つきと呼ばれるが、本当にわかるのだ。
まぁその能力が原因で中学校のクラスで浮いたのだが。
===
「ふわぁ~
」
あくびしながら新しい通学路を歩く。
中学校の時はボッチを満喫していた。いや、ボッチなんて満喫したくなかったのだが。
一応話せる友達は二人ほど居たが、二人きりになったら一応話す程度で、そこまで仲の深い友達は居なかった。
だからこそ、高校生活では皆が送る、青春生活を送りたい!
なので登校中には自然とどうやって友達作ろうかなとか、もし彼女が出来たらどこに遊びに行こうかなとか、妄想が広がる。
妄想が広がっているうちは時間が早く過ぎていく感じがする。
曲がり角を曲がったその時、前で何か口論している人たちが見える。
口論しているのは俺がこれから通うことになる高校の制服を着ている女子と、ジーンズに黒のジャンバーを着ている男だ。
「だから盗ってないです。私はあなたが落としてすぐに届けたから....」
「うるせぇ!でも札が減ってんだよ!お前が盗った以外にありえねぇじゃねぇか!」
「で、でも...」
男が嘘をついている。能力で分かる。
俺はとりあえず二人に話しかけてみる。流石にこれで無視はできない。
「どうかしたんですか?」
出来るだけ笑顔で、優しい口調で話しかける。
表面上では笑顔だが、内心ビクビクだ。キレられたらどうしよう。泣かずにいられるかなとか。でもそんなことを考えたって仕方がない。
とりあえず、今の状況で最善策を模索する。
「こいつが俺の財布から金盗んだんだ!」
声高に叫んで迷いもなくそうい言い切るから嘘をついているようには見えない。
だが、能力で分かる。嘘をついている。
ちらっと女子生徒の方を見る。小柄で四角の黒縁メガネの奥には紫の瞳を覗かせ、そのメガネの半分を紫の髪が覆っているから目の表情は良く分からない。小顔で可愛いなと思う。
当の女子生徒は俯いて何も言わない。
俺は男に聞こえないように女子生徒の耳元で囁く。
「何か言わないと本当にやったことになっちゃうよ」
「え?」
女子生徒は驚いた顔をしながら俺の顔を見つめる。
「おい黙ってねぇで喋れよ!お前が盗ったんだろ?」
「そもそもなんでこんなことになってるんですか?」
「それはこいつが俺の財布を拾って、それで俺が財布確認すると万札抜かれてたんだよ」
よくもまぁそんな堂々と嘘を言えるものだ。
心臓はバクバクだ。もし急に怒鳴られたら泣いちゃうかもしれない。
「じゃあ警察行きましょうか」
「は?」
「だってもしこの子がお札抜いたとしたら、警察に行って一発解決じゃないですか」
「今時間ねぇんだよ俺」
「それじゃ堂々巡りじゃないですか。そもそも財布からお金抜くなら財布拾わないでしょ」
「そりゃそうだけどよ。この俺の気持ちはどうなんだ気持ちは!」
男が怒鳴る。足が震える。だが引いてはいけない。
「じゃあ電話番号渡すんで、後でかけて警察に連絡してください。それで解決じゃないですか」
「ちぇ、めんどくせぇ。しゃねぇが今回は勘弁してやる」
男が舌打ちしながら面倒くさそうに俺の来た方向に去っていった。
「あ、ありがとうございます...」
「うん、いい...ていうか待ってヤバイ時間ないじゃん!」
俺は手元のスマホに表示されている時間に驚愕する。
ダッシュで駅まで走って乗る予定の電車に乗れるかどうだ。
「じゃ!」
俺は春休みの間何も動かしていなかった筋肉を、全てフル稼働させて駅にへと走った。
===
学校にはギリギリ間に合った。初めて着たワイシャツがまだ四月だというのに汗でびしょびしょになったわけだが。
長い長い始業式が終わり、教室に足を踏み入れ、自分の席に座る。
朝にちょっとしたトラブルがあったが、ここから俺の青春高校生活が始まるんだ。
とりあえず、友達作りの第一歩は隣の席の人からだ。
勇気を出せ、ここで勇気を出せるか出せないかで高校生活の命運が決まるんだ。
そう自分に言い聞かせ、意を決して話しかける。
「ねぇ」
「ん?どうしたの?」
スマホをいじっていた女子生徒はこちらに視線を向ける。
あれ、この後どう会話すればいいんだろ。連絡先交換しよ?名前何?中学校どこ?やばい、どうすればいいんだろ。会話の種がない。でもこのまま無言も変な奴だ。捻りだせ、捻りだすんだ。
「家、どこ?」
言った後に気付いた。最悪だ。考えうる仲でも悪い選択肢を選んだ。
初対面の相手に言えどこなんて言われたら俺でも警戒する。
女子生徒の顔にも戸惑いが現れている。
「えっと...南の方」
答えてくれるが嘘だ。
「はは、そうなんだ。俺西なんだ」
「へぇ、そうだんな...」
無言の間が続く。まずい、このままでは印象最悪のまま会話が終わってしまう。
「俺さ、高校でいっぱい友達作りたくてさ、隣の席同士ってことで、友達になりたいなぁって」
「私も、友達になりたいな」
嘘である。
「そっか、じゃあこれからよろしくね」
「うん」
そう言って女子生徒はスマホに視線を戻した。
名前も聞けなかったし、そもそも友達になりたいという言葉自体が嘘だったっていうのが分かったばかりにもう話しかけずらい。
これからの高校生活でこの子に話しかけることはあるのだろうか。
心の中でため息をつく。
俺の夢見ていた青春な高校生活が、遠のいていく気がした。
===
三日経っても、新しい友達は出来なかった。
「ミスったよなぁ」
顔を覆いながら俯く。
流石にあれはあり得ない。初対面の女の子にあれはあり得ないわ。と心の中で過去の自分の失態を批判するのだが、次の行動に移せるわけではない。
あんなに勇気を出したのに、あんな結果じゃ。次に人に話しかける勇気もなかなか出なくなる。
最初に話しかけた隣の人は、今俺のことどう思ってるんだろか。変人だとか、やばいやつだとか思われてるのだろうか。
そもそも、クラスの人は今一人でご飯を食べている俺をどう思っているのだろうか。
どうせ俺のことなんか気にしてないだろうが、でもそんなことを考えてしまってますます勇気を出せなくなる。
もし変なこと言って話しかけて変な人に思われて笑い話にされたらどうしようとか、そうなことを思ってしまう。
いやいやいや、そんなに卑屈になってはダメだ。
首を振り、今までの思考を忘れるために俺は弁当の中身を胃に詰め込んだ。
===
やっぱり青春には部活は付き物だ。そんなことないような気もするが、そんなことあると思おう。
俺は学校の掲示板に貼られた部活紹介の紙を眺める。
未経験者歓迎!と書かれたテニス部やら軽音楽部など、いろんな部活紹介の紙が張ってある。
うーんどうしようか。中学校の時は部活に入っていなかったので、高校こそは入りたいのだが、如何せんやりたいことが分からない状態だ。
運動部に入りたいような気もするし、文化部に入りたいような気もする。そんな状態だ。
「テニス部...軽音楽部...吹奏楽部...水泳部...文芸部...」
「あっ...あの....文芸部に興味あるのですか?」
話しかけてくれた人物は、知っている顔だった。
「この前の子じゃん。大丈夫だった?」
「あっ美咲....です。はい。おかげさまで大丈夫でした。ありがとうございます」
話しかけてきたのは、入学式の朝に男にお金盗られたと吹っ掛けられていた女子生徒である。
「あのところで、文芸部に興味があるのですか?」
「うん。まぁ興味あるっていうか入りたい部活もないしって感じだし、文芸部も視野に入れてみようかなぁっていうか」
紫の瞳と目が合う。真剣な眼差しだ。
「じゃあ私と文芸部の体験入部いきませんか?」
「え?」
「私も文芸部に興味があって...だから、どうですか?」
「う~~ん。いいよ」
一瞬悩んだが、別に文芸部に興味がないわけじゃないし、そもそもせっかく声をかけてもらったんだから行くしかない。
「じゃあ、一緒に行きましょう」
美咲さんは後ろを振り返り、俺を見ながら文芸部の部室に歩いていく。
俺も美咲さんの後に続いていった。