「何ぃッ!? ザキエル兄さんがプロポーズだと!!?」
ガタッと席を立った国王に、報告をしていた側近達が慌てふためく。
それもそうだろう、いつも冷静沈着な国王ジェフリーが、これほどまでに動揺する姿を見せるなど、滅多にないことだ。
そんな側近達の視線に気がついた国王ジェフリーは、一つ咳払いをすると、玉座に改めて座り直す。
ここは玉座の間。
官僚達と会議を終え、議題となっていた防衛策や国内の問題案件について思考を巡らせながら、側近達と今後の方策について策を練っていたところだった。
あまりに行き詰まっていたので、休憩がてら「そういえば、良い報告がありますよ」と言った側近は、国王の思わぬ反応に青ざめている。
「そうか、お前の妹は王太子宮の侍女をしていたんだったな」
「……はい。聖女ミシェル様がいらっしゃってからというもの、王太子殿下の魔力暴走がなくなり、王太子宮の雰囲気は明るくなったそうです」
「そこまでは聞いている。問題は兄さんと聖女の関係だ。今まで報告が上がっていなかったようだが」
ジェフリーがジロリと側近を見ると、彼は半目で国王を見返す。
「これまでは、王太子殿下が聖女様に片想いをしているという情報だったんですよ」
「……片、想い……!? あの兄さんが?」
「身内に片想いを知られるなんて、陛下だって嫌がっていたではありませんか」
それを言われるとジェフリーは黙るしかない。
ジェフリーは、王妃であるキャロラインに長いこと片想いをしていた。
公爵令嬢である彼女は引く手数多で、公爵家としても王妃の輩出にこだわらずとも問題ないほど権力上安定しており、それとなく裏から打診しても、「キャロラインには好きな男を選ばせてやりたい」のだと公爵が首を縦にふらない。
ジェフリーからキャロラインに必死のアプローチを繰り返し、ようやく婚約が決まった日は目が冴えて寝ることができなかった。
しかし、そんなジェフリーの片想いを、父と母はしっかりと把握していた。
いや、裏からの婚約打診の関係で父にはそれとなく伝えていたが、母から「キャロライン嬢の好きな茶葉はこれよ」と手渡しされた日は羞恥で身悶えした。当時から側近候補だった彼らにも、しばらくの間、「頼むから殺してくれ」とことあるごとに縋っていた……。
「いや、うん、まあそうだな。片想いの間に身内に知られることほど辛いことはないだろう」
「そうでしょう。とはいえ、片想いでなくなるのであれば話は別です。まあ、聖女様の居場所を王太子宮と決めた時点で、国王ジェフリー様におかれましては、こうなってもよいとの判断はあったのだとは思いますが」
「ゲッホゲホゲホ、うん、そうだな。まあ相手は聖女だ。教養が足りていなかろうと、王兄が娶るにふさわしいだろう」
実は大して深く考えていなかったジェフリーは、改めてその場で考えてみて、まあ相手が聖女であれば問題ないかと思い至る。
ザイラ王国は小国である。近隣諸国もみな小国である。
大国であれば、女性を王兄に近づける前にどのような人物であるのか調査を入れたり、事前に王兄に釘を刺すこともあるだろうが、この国ではそこまで格式ばったことは行われていなかった。
要は、対外的に王兄であるザキエルの評判を落とさず、王兄自身が望んだ結果であれば問題ないのだ。
そう思いながら、一方で、国王ジェフリーはあることについて思い悩み始めていた。
「陛下?」
「プロポーズ、と言ったな。求婚する段階ということであれば、既に兄さんと聖女は恋仲ではあるのだろう」
「二人の仲が良いということは聞き及んでいますが……そういえば、恋仲になったとハッキリ聞いてはいませんね」
「求婚だぞ? 当然お互いの好意は伝え合った後だろう。まさかそんな、兄さんが恋人でもない女性に突然求婚するなんて、距離感の読めないことをするはずがないじゃないか」
「確かに……ザキエル王太子殿下は、戦場での間合いの取り方や連携の仕方が絶妙に上手いですからね。女性に対してもきっと通常以上に洗練された手管をお持ちのことでしょう」
「うん、私もそう思う。兄さんだからな」
「はい、王太子殿下ですからね」
ハハハ、とそのばに朗らかな笑いが起こる。
彼らの笑顔には、王兄である王太子ザキエルへの絶対的な信頼があった。
彼らはまさか、泣く子も黙る将軍ザキエルが、好きな女性に微笑まれるだけで固まってしまうような初心な男だとはつゆほども思っていないのである。
「そうすると、一つ問題があるな」
「問題、ですか?」
「うむ。……一度、聖女と話をするか」
国王ジェフリーは、聖女と二人で話をしようと決意した。
しかし、聖女の近くには常にザキエルがいる。
呼び出しなどしたら、ザキエルはきっと一緒に来るだろうし、二人きりで話ができたのだとしても、何を話したのだとしつこいだろうことは目に見えている。
「そういえば、そろそろ西国が攻め入ってきそうな時期だな」
ジェフリーはザキエルの遠征を見越し、ふむ、と頷いた。