丹後は私を見るなり眉をひそめた。どうやら、私がここにいるとは知らなかったらしい。
「どういうことだ?」
「凪さんと焔、決闘することになってね。だから、君に稽古をつけてもらおうと思って。焔の次に強いのは君だから」
天宮は丹後に歩み寄り、竹刀を手渡す。丹後はそれを受け取るや否や、鋭く私を睨んだ。
嫌だ…この人は。
私はずっと、丹後の憎しみを肌で感じてきた。それなのに、なぜ彼が助っ人なのか。
「凪さん?」
天宮が静かに私を呼ぶ。彼と向き合い、構えろと言いたいのだろう。丹後は不機嫌そうな表情を浮かべながらも、竹刀を構えている。私も深く息を吐き、構えた。気が進まない。けれど、やるしかない。
「はじめ!」
天宮の声が響いた瞬間、私は地を蹴った。この人がどれほどの実力者なのか本当のところは知らない。なら、迷うより先に動くべき。先手必勝だ。
私は丹後に面を仕掛けるが、彼は私の攻撃を軽くいなし、そのまま竹刀を振り上げる。私は辛うじて竹刀を合わせるが、衝撃で腕が痺れる。私は竹刀を僅かに傾け、彼の攻撃を受け流し、すぐに距離を取る。だが、丹後は間髪入れずに連打を叩き込んできた。
何だこの人は…。大振りなのに隙がない…!
それに何より――顔が怖い!!
すると、彼の竹刀が私のみぞおちをかすめ、嫌な声が漏れる。浅く当たっただけなのに、腹部に鈍い痛みが走る。
私は本能的に腰を引き、反撃の突きを繰り出した。丹後は舌打ちをし、竹刀を大きく振りかぶると、一気に叩き落とした。
――パシンッ!
丹後が驚愕の表情を浮かべた。私の竹刀が再び金色の光を纏い、丹後の攻撃を受け止めたのだ。力の差は歴然だが、金色の光のおかげでなんとか持ちこたえている。
だが、次の瞬間――。
――パンッ!
金色の光が一瞬にして掻き消え、丹後の竹刀が容赦なく私の肩に振り下ろされた。私は痛みと衝撃に息が詰まり、竹刀を落として膝をつく。すると、丹後は再び竹刀を振り上げた。
私はとっさに目を閉じ、肩をすくめながら両手を前にかざす。
数秒の静寂。…しかし衝撃は来なかった。
ゆっくり目を開けると、丹後は竹刀を下げ、無言のまま背を向ける。
――丹後さん?
「そこまで」
「凪!」
天宮の声とともに、上木が私に駆け寄る。一方、丹後は「もう終わりだ」と言わんばかりに入口へと向かった。そんな彼の背中に、天宮が淡々と言葉をかける。
「どうしたの?攻撃をやめたりして」
丹後は足を止め、天宮を睨んだ。だが、天宮はまるで意に介さず、静かに続ける。
「君、あんなに凪さんへの恨み節を並べてたじゃない。君の恨みってそんなもの?」
私と上木は目を見合わせる。状況を飲み込めないまま、私たちは二人を見つめる。
「もしかして、この前の会議で凪さんが泣きながら出て行ったこと、気にしてる?」
「…何が言いたい?」
「思ったことを言ってるんだよ。君は今、手加減をしたね」
私は思わず、丹後を凝視する。
手加減…?あれで…!?
すると、天宮が今度は私に視線を送る。
「凪さんも、さっき丹後が攻撃を止めた時、ホッとしたね」
ぎくり。図星だ。
「もし相手が焔だったら、勝負はついてた。君の負けだよ」
見抜かれた。心を読まれたようで一気に恥ずかしくなり、私は思わず顔を伏せる。
「天宮隊長。その…凪の稽古相手に丹後隊長というのは…少し酷では」
上木の言葉に、天宮が改めて私に向き直る。
「凪さん。丹後が怖い?」
恐る恐る顔を上げ、丹後を見る。針のような目が突き刺さり、私は目を伏せ、頷いた。
「どこが?」
「…目つき、です」
途端に、プッと吹き出す声が聞こえた。顔を上げると、天宮と上木が目を見合わせて笑っている。
「丹後はね、焔と同じで元々目つきが悪いんだ。本人も気にしてるから、あまり言わないであげて」
私はギョッとした。すると、丹後は気まずそうに目を逸らし、無言で天宮の肩をバシッと叩く。天宮は苦笑いを浮かべながら、さらりと続ける。
「それにさ、SPTの中庭、いつも綺麗でしょ?」
突然の話題に、私は目を丸くする。
中庭――。
天宮と前に一緒に話した場所。そういえば、丹後と初めて会ったのも、あの場所だった。
「あの中庭を手入れしているのは丹後なんだよ」
「え?えええ!?」
思わず
この人が、あの綺麗な中庭の手入れ…!?
驚く私を尻目に、天宮は楽しげに言葉を続ける。
「それだけじゃない。SPTの隊員はどの幹部の部隊に入るか希望を出せるんだけど、一番人気は丹後なんだよ」
「え?」
「ちなみに一番不人気は焔」
「…ええええ!?」
「あの陰の気、威圧感が凄いでしょ?隊員が入っても持たないんだ。焔も地味に気にしてるんだよ。ここだけの話。丹後はこう見えて面倒見がいいからね。部下が落ち込んでたらご飯に連れて行ったり、連絡してあげたり」
…信じられない…本当に…?
「そう思ったら、丹後がちょっといい人に思えない?」
え……。
私は黙ったまま丹後を見る。彼は仏頂面で、こちらを睨むように立っていた。すると、天宮が再び声を上げて笑う。
「ははっ。まあ、そんな簡単じゃないよね。ちょっと言ってみただけ」
「くだらん。俺は帰る。こんな弱っちい小娘の相手をするほど暇じゃない」
「待ちなよ、丹後」
天宮の冷静な声が響く。
「弱っちいなんて思ってないくせに。君ならすぐにわかったはずだよ。彼女が強敵になり得ることも、まだまだ伸びしろがあることもね」
「どういうつもりだ?」
「丹後も凪さんも、口下手だからね。言葉を交わすより、剣を交わした方が余程分かり合えると思って」
「はんっ…」
丹後は天井を仰ぎ、うんざりしたようにため息をつく。だが、天宮は気にも留めず、一転して真剣な眼差しで私を見つめた。
「凪さん。丹後の恨みや迫力に圧倒されているようじゃ、焔には絶対に勝てないよ。攻撃が止まって、ホッとしてる場合じゃないんだよ。どうする?このまま、丹後に帰ってもらう?」
いつになく鋭い天宮の言葉が胸に突き刺さる。私は僅かに顔を伏せ、竹刀を見つめた。脳裏に焔の姿が浮かぶ。
そうだ。私は絶対に――。
私は竹刀をぎゅっと握り締め、丹後を真っ直ぐ見据えた。
「お願いします!丹後さん!」
私の声を受け、天宮がにっこりと微笑む。
一方、丹後は僅かに目を泳がせた後、小さく息をついた。そしてゆっくりと竹刀を構え、私に向き直った。