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第102話 直面

 丹後は私を見るなり眉をひそめた。どうやら、私がここにいるとは知らなかったらしい。


「どういうことだ?」

「凪さんと焔、決闘することになってね。だから、君に稽古をつけてもらおうと思って。焔の次に強いのは君だから」


 天宮は丹後に歩み寄り、竹刀を手渡す。丹後はそれを受け取るや否や、鋭く私を睨んだ。


 嫌だ…この人は。


 私はずっと、丹後の憎しみを肌で感じてきた。それなのに、なぜ彼が助っ人なのか。


「凪さん?」


 天宮が静かに私を呼ぶ。彼と向き合い、構えろと言いたいのだろう。丹後は不機嫌そうな表情を浮かべながらも、竹刀を構えている。私も深く息を吐き、構えた。気が進まない。けれど、やるしかない。


「はじめ!」


 天宮の声が響いた瞬間、私は地を蹴った。この人がどれほどの実力者なのか本当のところは知らない。なら、迷うより先に動くべき。先手必勝だ。


 私は丹後に面を仕掛けるが、彼は私の攻撃を軽くいなし、そのまま竹刀を振り上げる。私は辛うじて竹刀を合わせるが、衝撃で腕が痺れる。私は竹刀を僅かに傾け、彼の攻撃を受け流し、すぐに距離を取る。だが、丹後は間髪入れずに連打を叩き込んできた。


 何だこの人は…。大振りなのに隙がない…!

 それに何より――顔が怖い!!


 すると、彼の竹刀が私のみぞおちをかすめ、嫌な声が漏れる。浅く当たっただけなのに、腹部に鈍い痛みが走る。


 私は本能的に腰を引き、反撃の突きを繰り出した。丹後は舌打ちをし、竹刀を大きく振りかぶると、一気に叩き落とした。


 ――パシンッ!


 丹後が驚愕の表情を浮かべた。私の竹刀が再び金色の光を纏い、丹後の攻撃を受け止めたのだ。力の差は歴然だが、金色の光のおかげでなんとか持ちこたえている。


 だが、次の瞬間――。


 ――パンッ!


 金色の光が一瞬にして掻き消え、丹後の竹刀が容赦なく私の肩に振り下ろされた。私は痛みと衝撃に息が詰まり、竹刀を落として膝をつく。すると、丹後は再び竹刀を振り上げた。


 私はとっさに目を閉じ、肩をすくめながら両手を前にかざす。

 数秒の静寂。…しかし衝撃は来なかった。

 ゆっくり目を開けると、丹後は竹刀を下げ、無言のまま背を向ける。


 ――丹後さん?


「そこまで」

「凪!」


 天宮の声とともに、上木が私に駆け寄る。一方、丹後は「もう終わりだ」と言わんばかりに入口へと向かった。そんな彼の背中に、天宮が淡々と言葉をかける。


「どうしたの?攻撃をやめたりして」


 丹後は足を止め、天宮を睨んだ。だが、天宮はまるで意に介さず、静かに続ける。


「君、あんなに凪さんへの恨み節を並べてたじゃない。君の恨みってそんなもの?」


 私と上木は目を見合わせる。状況を飲み込めないまま、私たちは二人を見つめる。


「もしかして、この前の会議で凪さんが泣きながら出て行ったこと、気にしてる?」

「…何が言いたい?」

「思ったことを言ってるんだよ。君は今、手加減をしたね」


 私は思わず、丹後を凝視する。

 手加減…?あれで…!?


 すると、天宮が今度は私に視線を送る。


「凪さんも、さっき丹後が攻撃を止めた時、ホッとしたね」


 ぎくり。図星だ。


「もし相手が焔だったら、勝負はついてた。君の負けだよ」


 見抜かれた。心を読まれたようで一気に恥ずかしくなり、私は思わず顔を伏せる。


「天宮隊長。その…凪の稽古相手に丹後隊長というのは…少し酷では」


 上木の言葉に、天宮が改めて私に向き直る。


「凪さん。丹後が怖い?」


 恐る恐る顔を上げ、丹後を見る。針のような目が突き刺さり、私は目を伏せ、頷いた。


「どこが?」

「…目つき、です」


 途端に、プッと吹き出す声が聞こえた。顔を上げると、天宮と上木が目を見合わせて笑っている。


「丹後はね、焔と同じで元々目つきが悪いんだ。本人も気にしてるから、あまり言わないであげて」


 私はギョッとした。すると、丹後は気まずそうに目を逸らし、無言で天宮の肩をバシッと叩く。天宮は苦笑いを浮かべながら、さらりと続ける。


「それにさ、SPTの中庭、いつも綺麗でしょ?」


 突然の話題に、私は目を丸くする。


 中庭――。


 天宮と前に一緒に話した場所。そういえば、丹後と初めて会ったのも、あの場所だった。


「あの中庭を手入れしているのは丹後なんだよ」

「え?えええ!?」


 思わず素っ頓狂すっとんきょうな声が出た。

 この人が、あの綺麗な中庭の手入れ…!?

 驚く私を尻目に、天宮は楽しげに言葉を続ける。


「それだけじゃない。SPTの隊員はどの幹部の部隊に入るか希望を出せるんだけど、一番人気は丹後なんだよ」

「え?」

「ちなみに一番不人気は焔」

「…ええええ!?」

「あの陰の気、威圧感が凄いでしょ?隊員が入っても持たないんだ。焔も地味に気にしてるんだよ。ここだけの話。丹後はこう見えて面倒見がいいからね。部下が落ち込んでたらご飯に連れて行ったり、連絡してあげたり」


 …信じられない…本当に…?


「そう思ったら、丹後がちょっといい人に思えない?」


 え……。


 私は黙ったまま丹後を見る。彼は仏頂面で、こちらを睨むように立っていた。すると、天宮が再び声を上げて笑う。


「ははっ。まあ、そんな簡単じゃないよね。ちょっと言ってみただけ」

「くだらん。俺は帰る。こんな弱っちい小娘の相手をするほど暇じゃない」

「待ちなよ、丹後」


 天宮の冷静な声が響く。


「弱っちいなんて思ってないくせに。君ならすぐにわかったはずだよ。彼女が強敵になり得ることも、まだまだ伸びしろがあることもね」

「どういうつもりだ?」

「丹後も凪さんも、口下手だからね。言葉を交わすより、剣を交わした方が余程分かり合えると思って」

「はんっ…」


 丹後は天井を仰ぎ、うんざりしたようにため息をつく。だが、天宮は気にも留めず、一転して真剣な眼差しで私を見つめた。


「凪さん。丹後の恨みや迫力に圧倒されているようじゃ、焔には絶対に勝てないよ。攻撃が止まって、ホッとしてる場合じゃないんだよ。どうする?このまま、丹後に帰ってもらう?」


 いつになく鋭い天宮の言葉が胸に突き刺さる。私は僅かに顔を伏せ、竹刀を見つめた。脳裏に焔の姿が浮かぶ。


 そうだ。私は絶対に――。


 私は竹刀をぎゅっと握り締め、丹後を真っ直ぐ見据えた。


「お願いします!丹後さん!」


 私の声を受け、天宮がにっこりと微笑む。

 一方、丹後は僅かに目を泳がせた後、小さく息をついた。そしてゆっくりと竹刀を構え、私に向き直った。


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