目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報

第97話 密策

 翌日の夕方。事務仕事を終えた私は、SPTにある中庭のベンチにひとり腰掛けていた。静かな風が頬を撫でて心地よい。


 ついこの間、丹後から告げられた事実。

 それは、おばあちゃんが人狼族の村が襲われる原因を作った、というものだった。私はその言葉を受け止めきれず、会議室を飛び出して、ここに逃げ込んだ。そんな私を焔は追いかけてきてくれた。


 ──私が、負の歴史を終わらせなければならない。


 あの時の彼の言葉が、今も頭から離れない。

 あれは、一体どういう…?


「考え事?」


 突然の声に、思わず肩が跳ねる。振り向くと、そこには天宮がいた。夕陽を浴びた彼は、変わらず穏やかな笑みを浮かべている。


「あ…天宮さん…」

「何か悩んでるって顔だね」


 そう言うと、天宮はゆっくりと私の隣に腰掛けた。


 相談してみようかな…。


 ちらりと天宮の横顔を見ると、バチッと目が合い、慌てて逸らす私。

 どうやら、私の様子を気にかけている様子だ。


「何かあった?」


 私は意を決して、天宮に悩みを打ち明ける。


 私は、焔が御影一族の末裔をミレニアから救いたいのだとばかり思っていた。だが、彼から告げられたのは「負の歴史を終わらせる」という意味深な言葉。この言葉の真意がわからなくて──。


 ここまで話すと、天宮の表情が険しくなる。

 そして、考えを巡らせた後、彼は静かに口を開いた。


「…やっぱり、何か秘密がありそうだね」

「天宮さんは、焔さんから何も聞いてないんですか?」

「それとなく探ってみたことはあるけど、打ち明けてくれなかったんだ。だから僕も、本当のところはわからない」


 天宮の言葉に、私はそっと視線を落とす。


「そうですか…。あの、焔さんって人狼族の本家、御影一族と関わりがあるんですか?」


その瞬間、天宮の表情が僅かに強張った。


「…驚いた。焔から聞いたの?」

「い、いえ…そうではないんですけど…」


 魂のおじさん…もといヤトパパが見せてくれた夢で知った、なんて言えるはずがない。私は言葉を濁し、曖昧に笑う。


「…焔はね、御影一族の血を引く分家なんだ。ご両親は彼が小さい頃に亡くなって、襲撃当時はおじいさんと一緒に本家と同じ屋敷に住んでいたはずだよ」

「おじいさん?分家…?」

「焔は、御影のご当主の弟、御影みかげ関水かんすいの孫なんだ。それで分家ってことね」


私はその言葉を噛みしめながら、ゆっくりと頷いた。


「…じゃあ、ミレニアにさらわれたのは、その当主の人…?」

「いや、さらわれたのは、当主の孫にあたる御影安吾あんごという人だよ。本家の血を引く末裔で、襲撃当時は二十五歳。人狼族きっての剣士で切れ者だったと聞いてる」

「そう…なんですね」


 私は視線を落とし、考え込む。


「どうかした?」

「同じ屋敷で暮らしていたなら、兄弟みたいな関係だったんじゃないかなって。それなのに焔さん、安吾さんを『助ける』んじゃなくて…」


 ──『終わらせる』…そんな言い方をしていたから。


 そう言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。

 沈黙が落ち、風がそっと木々を揺らす中、天宮が小さく息をついてこう呟く。


「…知りたい?」

「え?」

「焔の本心」

「はい!」


 即答した自分に驚きながらも、心はすでに決まっていた。

 天宮は、そんな私を一瞬驚いたように見つめた後、すぐに柔らかく微笑む。


「じゃあ、探るしかないね」


 天宮の言葉に、私は思わず身を乗り出した。


「どうやって?」

「焔はSPTでも秘密主義者だからね。本人に聞いても、きっと話してくれない。長官なら知ってるだろうけど、期待できないかな」

「どうしてですか?」

「実はね、僕も焔のことが気になって、何度か長官に探りを入れたことがあるんだ。でも、やっぱり話してくれなかった」

「え?」


 私は驚いた。天宮も私同様、焔の真意をかなり気にしている様子だったからだ。


「焔は人狼族の数少ない生き残り。ミレニアにとっても貴重な存在だ。だから、焔の個人情報は超機密扱い。恐らく長官室に厳重に保管されていると思う」


 天宮は一拍置いて、私を見つめた。


「御影一族に関する情報を調べれば、焔が何を考えているのか、少しはわかるかもしれない」

「わ、私、長官室に忍び込みますか…!?」


 思わず口をついた言葉。天宮は一瞬ポカンとして、プッと吹き出した。


「バレたら、懲戒免職じゃ済まないよ、凪さん」


 ううう。確かに…。

 つい勢いで言ったけど、よく考えたら完全にアウトだ。


「あとは、家かな」

「え?」

「焔の仕事部屋だよ。用心深い彼のことだから、SPTに個人情報を置くとは思えない。自分しか見られない場所…自室に隠しているはずだ」


 その瞬間、私はハッとした。


 彼の執務室──。


 いつも鍵がかけられている、あの場所。

 もしかして、執務室に焔さんの秘密が…?


「…心当たり、あるみたいだね」


 天宮が探るように問いかける。

 私は小さく息を呑み、ゆっくりと頷いた。


「はい…でも、いつも鍵がかかっています。だから入れないんです」


 肩を落とす私に、天宮はふっと意味深な微笑みを向けた。


「天宮さん?」

「いや…鍵だけで良かった、と思ってね」

「え?」


 戸惑う私をよそに、天宮は静かに言葉を続けた。

 彼の執務室、その鍵を簡単に突破する方法を。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?