目次
ブックマーク
応援する
8
コメント
シェア
通報

第96話 新居

 それからひと月後の八月下旬。

 この間、様々な出来事があった。


 ひとつは、武器の改良。

 SPTでは「人狼の陰の気」を活用した武器開発を試みていた。だが、負の力が強すぎて、試作はことごとく失敗していたのだ。


 そんな中、ソルブラッドの私の登場で状況が一変。

 陽の気を宿す私と、陰の気を持つ焔の力を融合させ、ついに人狼の力を安定して放出できる武器の開発に成功した。


 完成したのは、銃と刀。

 特に刀は飛躍的に強化され、その名も「真・雷閃刀らいせんとう」。


 この刀は、紅牙組から預かった「雷閃刀」の改良版で、従来の電流攻撃に加え、人狼の気を帯びた強力な武器へと進化を遂げた。


 次に起きた大きな出来事は、引越しだ。

 理由は、以前私に取り付けられた発信機のせいで、焔の家がバレた可能性があるから。


 申し訳ない気持ちになる私だったが、意外にも焔とヤトは喜んでいた。前の家は地下にあってアクセスが悪く、何かと不便だったらしい。


 そして、新しい住まいは──天宮の別荘。

 そう、彼が無償で提供してくれたのだ。

 太っ腹!


 しかし、焔は当初戸惑っていた。どうやら、人狼族と天宮財閥には先祖同士、因縁があるようなのだ。


「いいのか?天宮財閥は人狼族の私を毛嫌いしているし…」


 だが、天宮はあっさりとこの焔の懸念を一蹴した。


「家は関係ないよ。遠慮なく使って」

「それなら、せめて家賃を…」

「じゃあ、今度お酒でも奢ってよ。それで十分」


 天宮の軽やかな提案に、焔は少し驚いた様子を見せた後、小さく笑って頷いた。


 そんなこんなで始まった新生活。


 私は週三回、花丸による勉強指導(最大の苦行)をこなしながら、SPTの事務仕事と人狼化の放出とコントロールの特訓に励んでいた。


 人狼化の放出は想像以上に難しく、成功率は二十回に一回ほど。成功しても、持続時間は三分が限界だった。

 これに対し、焔は三十分も人狼化を維持できる。そう考えると、やっぱり凄い。


 過酷な特訓が重なり、昨日の昼は体力が尽きて倒れてしまった私は、なんと翌朝まで爆睡。そんなわけで、今日は焔から「休め」と言われ、久々の休日を満喫していた。


「ぴやああぁぁぁ…」


 私は庭でホースを握りしめ、勢いよく冷たい水をヤトに浴びせる。じりじりと照りつける夏の日差し。暑さにへばっていたヤトを見かねて、水遊びをすることにしたのだ。

 ヤトは嬉しそうに羽をバサバサと広げ、水が私にも思いきり振りかかる。


「わっ!」


 ヤトと一緒にびしょ濡れになる私。

 ひんやりとして、気持ちいい。


 ──と、その時。


「あ、焔!おかえり!」


 振り返ると、そこには焔がいた。時刻は夕方。ちょっぴり早めの帰宅だ。


「おかえりなさい!」

「ただいま。…いい匂いがするな」


 その言葉に、私は思わず笑顔がこぼれる。


「晩ご飯は幸村家バージョンのルーカレーです」

「さっき凪が作ったんだ!あとは温めるだけ!ねえ、もう食べよう?お腹空いたよ、俺」


 しかし、焔は申し訳なさそうに目を伏せた。


「…まだ、お仕事ですか?」

「ああ。あと一時間したら声をかけてくれ。食事は君たちだけで…」


 すると、ヤトが勢いよく羽を広げる。


「やだ!」


 ヤトの即答に私は吹き出した。きっと焔も交えて食べたいのだろう。


「お仕事が終わるまで待ってます。後で一緒に食べましょう!」

「…ああ」


 焔は柔らかく微笑み、奥の執務室へと入っていく。


 ──ガチャリ。


 鍵を閉める音が、のどかな空間に響いた。


「…焔さん、いつも執務室の鍵閉めてるね」

「焔は幹部だし、機密情報も扱うからじゃない?」


 どこか引っかかりを感じながら、私はヤトの羽をバスタオルで拭く。ヤトがバサッと私の膝に降り立ち、気持ちよさそうに羽を広げた。


「ねえ。ヤトはさ、長官さんから誘われて焔さんと暮らしてるんだよね?」

「そうだよ!熱烈に誘われちゃって」


 ヤトは得意げに「てへへ」と笑う。


「その理由って…何だと思う?」

「理由?」


 ヤトが不思議そうに私を見上げる。


 前にヤトパパ…獅童から「ヤトの役割は焔の家族になることだけじゃない」と聞いたのだが、その答えがわからないのだ。ヤトなら何かわかるかも…そう思ったのだが…。


「そんなの決まってるよ!焔ね、全然友達いないんだ!」


 思わぬひと言に、私は盛大にズッコケる。


「無愛想で目つき悪いし、昔は陰の気もうまくコントロールできなかったから、他の隊員からも煙たがられてさ!だから俺が呼ばれたんだよ!焔の友達になって欲しいって、長官そう思ったんじゃないかなあ」

「友達?……家族、じゃなくて?」


 恐る恐る聞き返すとヤトは数秒固まり、「あ!」と思い出したように笑った。


「そう、家族だよ!そう言われたんだ!懐かしいなあ~。ずっと一緒にいるから忘れてたけど、焔は家族だよ!焔も、そう思ってたらいいなあ」

「そうだね」


 すると、ヤトは羽を揺らし、少し声を落とした。


「…でも、たまに焔、すっごく悲しい顔をするんだ。理由を聞いてもなんでもないって。焔は強くて優しいけど、だからこそ俺に言わないのかなって。だから…」


 すると、ヤトがピンッと胸を張り、勢いよく宣言した。


「だから早く、真の八咫烏になるんだ!今よりレベルアップしたら、もっと俺のこと頼ってくれるはずだもん!」


 無邪気で真っ直ぐなヤトの言葉。

 私は思わず、ヤトをぎゅっと抱きしめる。

 だけど…ヤトも長官の真意は知らないんだな。


 私はふと視線を向ける。

 固く閉ざされた、彼の執務室へ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?