それからひと月後の八月下旬。
この間、様々な出来事があった。
ひとつは、武器の改良。
SPTでは「人狼の陰の気」を活用した武器開発を試みていた。だが、負の力が強すぎて、試作はことごとく失敗していたのだ。
そんな中、ソルブラッドの私の登場で状況が一変。
陽の気を宿す私と、陰の気を持つ焔の力を融合させ、ついに人狼の力を安定して放出できる武器の開発に成功した。
完成したのは、銃と刀。
特に刀は飛躍的に強化され、その名も「真・
この刀は、紅牙組から預かった「雷閃刀」の改良版で、従来の電流攻撃に加え、人狼の気を帯びた強力な武器へと進化を遂げた。
次に起きた大きな出来事は、引越しだ。
理由は、以前私に取り付けられた発信機のせいで、焔の家がバレた可能性があるから。
申し訳ない気持ちになる私だったが、意外にも焔とヤトは喜んでいた。前の家は地下にあってアクセスが悪く、何かと不便だったらしい。
そして、新しい住まいは──天宮の別荘。
そう、彼が無償で提供してくれたのだ。
太っ腹!
しかし、焔は当初戸惑っていた。どうやら、人狼族と天宮財閥には先祖同士、因縁があるようなのだ。
「いいのか?天宮財閥は人狼族の私を毛嫌いしているし…」
だが、天宮はあっさりとこの焔の懸念を一蹴した。
「家は関係ないよ。遠慮なく使って」
「それなら、せめて家賃を…」
「じゃあ、今度お酒でも奢ってよ。それで十分」
天宮の軽やかな提案に、焔は少し驚いた様子を見せた後、小さく笑って頷いた。
そんなこんなで始まった新生活。
私は週三回、花丸による勉強指導(最大の苦行)をこなしながら、SPTの事務仕事と人狼化の放出とコントロールの特訓に励んでいた。
人狼化の放出は想像以上に難しく、成功率は二十回に一回ほど。成功しても、持続時間は三分が限界だった。
これに対し、焔は三十分も人狼化を維持できる。そう考えると、やっぱり凄い。
過酷な特訓が重なり、昨日の昼は体力が尽きて倒れてしまった私は、なんと翌朝まで爆睡。そんなわけで、今日は焔から「休め」と言われ、久々の休日を満喫していた。
「ぴやああぁぁぁ…」
私は庭でホースを握りしめ、勢いよく冷たい水をヤトに浴びせる。じりじりと照りつける夏の日差し。暑さにへばっていたヤトを見かねて、水遊びをすることにしたのだ。
ヤトは嬉しそうに羽をバサバサと広げ、水が私にも思いきり振りかかる。
「わっ!」
ヤトと一緒にびしょ濡れになる私。
ひんやりとして、気持ちいい。
──と、その時。
「あ、焔!おかえり!」
振り返ると、そこには焔がいた。時刻は夕方。ちょっぴり早めの帰宅だ。
「おかえりなさい!」
「ただいま。…いい匂いがするな」
その言葉に、私は思わず笑顔がこぼれる。
「晩ご飯は幸村家バージョンのルーカレーです」
「さっき凪が作ったんだ!あとは温めるだけ!ねえ、もう食べよう?お腹空いたよ、俺」
しかし、焔は申し訳なさそうに目を伏せた。
「…まだ、お仕事ですか?」
「ああ。あと一時間したら声をかけてくれ。食事は君たちだけで…」
すると、ヤトが勢いよく羽を広げる。
「やだ!」
ヤトの即答に私は吹き出した。きっと焔も交えて食べたいのだろう。
「お仕事が終わるまで待ってます。後で一緒に食べましょう!」
「…ああ」
焔は柔らかく微笑み、奥の執務室へと入っていく。
──ガチャリ。
鍵を閉める音が、のどかな空間に響いた。
「…焔さん、いつも執務室の鍵閉めてるね」
「焔は幹部だし、機密情報も扱うからじゃない?」
どこか引っかかりを感じながら、私はヤトの羽をバスタオルで拭く。ヤトがバサッと私の膝に降り立ち、気持ちよさそうに羽を広げた。
「ねえ。ヤトはさ、長官さんから誘われて焔さんと暮らしてるんだよね?」
「そうだよ!熱烈に誘われちゃって」
ヤトは得意げに「てへへ」と笑う。
「その理由って…何だと思う?」
「理由?」
ヤトが不思議そうに私を見上げる。
前にヤトパパ…獅童から「ヤトの役割は焔の家族になることだけじゃない」と聞いたのだが、その答えがわからないのだ。ヤトなら何かわかるかも…そう思ったのだが…。
「そんなの決まってるよ!焔ね、全然友達いないんだ!」
思わぬひと言に、私は盛大にズッコケる。
「無愛想で目つき悪いし、昔は陰の気もうまくコントロールできなかったから、他の隊員からも煙たがられてさ!だから俺が呼ばれたんだよ!焔の友達になって欲しいって、長官そう思ったんじゃないかなあ」
「友達?……家族、じゃなくて?」
恐る恐る聞き返すとヤトは数秒固まり、「あ!」と思い出したように笑った。
「そう、家族だよ!そう言われたんだ!懐かしいなあ~。ずっと一緒にいるから忘れてたけど、焔は家族だよ!焔も、そう思ってたらいいなあ」
「そうだね」
すると、ヤトは羽を揺らし、少し声を落とした。
「…でも、たまに焔、すっごく悲しい顔をするんだ。理由を聞いてもなんでもないって。焔は強くて優しいけど、だからこそ俺に言わないのかなって。だから…」
すると、ヤトがピンッと胸を張り、勢いよく宣言した。
「だから早く、真の八咫烏になるんだ!今よりレベルアップしたら、もっと俺のこと頼ってくれるはずだもん!」
無邪気で真っ直ぐなヤトの言葉。
私は思わず、ヤトをぎゅっと抱きしめる。
だけど…ヤトも長官の真意は知らないんだな。
私はふと視線を向ける。
固く閉ざされた、彼の執務室へ。