会議室は騒然としていた。
まさか…伝承の「対なる者」が私と焔さんのことだったなんて。
都市伝説の「時紡石」
時紡石が導く「聖所」
その場所に磁場エネルギーが…?
そう思った矢先──。
ガタッ──!
突然、椅子を引く音が聞こえた。丹後だ。
彼は無言のまま立ち上がり、真っすぐ焔へと向かう。その目には鋭い怒りが満ちている。丹後は焔の胸ぐらを掴み、勢いそのままに彼に殴りかかった。
「この…!穢らわしい人狼族めが!!!」
ガンッという鈍い音が響く。二人の体は揺らぎ、狭い会議室の机と椅子が乱暴に軋む。突然の出来事に私は口を塞いだ。焔は顔を歪めながら、横目で丹後を睨む。
しかし、丹後の怒りは収まらない。再び焔の胸ぐらを掴み、振りかぶる。
「焔さ──」
次の瞬間、焔の右手がパンッという乾いた音とともに、丹後の拳を正確に受け止めていた。焔と丹後、互いの力が拮抗し、腕が微かに震えている。丹後の表情は険しく、憎悪を宿した目で焔を睨んだままだ。
すると、丹後の背中を背後から江藤が勢いよく抱き止めた。
「丹後!落ち着けって!!」
同時に長官の叱責が響く。
「やめなさい!」
私の腕の中で、ヤトが小刻みに震えていた。焔が殴られ、彼も怒り心頭なのだろう。私はそっと撫でて諫めるが、震えは収まらない。それどころか、爪を剝き出しにして今にも飛びかかりそうだ。
「貴様…どこまで知っていた!?」
「何の話だ?」
「とぼける気か!話が出来過ぎている!何の目的で、この小娘を…幸村凪を傍に置いている!?」
「丹後、やめなさい!それ以上は君に罰を与える!」
長官が声を荒げるが、丹後は引かない。むしろ胸の内の疑念を一気に吐き出すように、焔を力強く睨みつけた。
「長官はおかしいと思わないのですか!?この焔…どういうわけか、気付いた時には八咫烏と暮らしていた。そして、幸村凪を率先して匿い、傍に置いたのも焔。貴様…本当は伝承の秘密を知っていたのではないか?知った上で幸村凪を利用して磁場エネルギーをこっそり掌握しようと!何が狙いだ?一族の復讐か!?」
すると、天宮が私と丹後の間に割って入った。
「落ち着きなよ、丹後。さっきの話は全員が今知ったことだ。焔も知らなかったはずだ」
「…そうとは限らんぞ」
丹後の目は疑いの色を強めたまま。彼はさらに胸ぐらを掴む手に力を込める。
「そもそもおかしいのだ。この男が幸村凪を匿うなど」
丹後の怒りに満ちた視線が私に向く。
針のような視線に射貫かれて、私は背筋が凍った。
おかしいって…何が?
気持ちが追い付かないまま、丹後は怒りを燃やし、畳みかけるように言葉をぶつける。
「人狼の村がミレニアに襲われたのは、幸村藍子が余計な研究をしたせいだ。あの女が人狼族の力を探らなければ、ミレニアに目をつけられることもなく、村人も…私の祖父も、研究者たちも殺されなかった!それなのに、あの女はすでに一人だけ別の世界へ逃げていた。無罪放免だ!人狼族の貴様にとっても、最も憎むべき相手は──」
「丹後!」
「やめなさい!!」
天宮と長官の声が同時に響き渡る。けれど、丹後の言葉はすでに私の胸に深く突き刺さっていた。
焔さんの仲間が…たくさんの人たちが…。
おばあちゃんの研究がきっかけで殺された…?
ふと視線を挙げると、焔が丹後の手を乱暴に払い、鋭く睨みつけていた。そして、次の瞬間、焔はゆっくりと私に向き直る。
だが、彼がどんな表情をしているかはわからなかった。気付いた時、私の視界は涙でぼやけていたからだ。堪えきれずに溢れた大粒の涙は、頬を伝い腕の中のヤトへ落ちていく。
「な…凪…?」
微かに聞こえるヤトの声。
平静を取り戻そうとしたが、無理だった。喉が詰まり、声が出ない。
次の瞬間、私は腕の中のヤトをそっと手放した。
そして、震える足で立ち上がり、足早に会議室から飛び出していた。