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第86話 擁護

 翌日。私は入院着から一転SPTの制服に袖を通し、焔とヤトとともにSPT本部の広い会議室にいた。中央の円卓を囲むように長官や天宮、丹後、江藤がすでに席に着いている。


 軽く会釈をして私は手前の席につく。ヤトは私の腕の中。焔は私の隣に無言で腰を下ろした。


 私は、斜め横の空席に目を留めた。以前SPTの幹部会議が開かれた時、瓜生が座っていた席。だが、今は彼女の姿はない。あの時とはまるで違う空気が会議室全体を覆っていた。


 長官は全員を見渡してから、まずは天宮に報告を求めた。姿を消していた時の状況を確認したいらしい。天宮は流暢りゅうちょうに報告を始める。


「上木の話を基に調査を進めていました。瓜生がSPTに入隊したのは今から四年前。ミレニアに情報を流し始めたのは、昨年からのようです」

「では、入隊時はミレニアの手先ではなかったと?」

「はい。彼女がミレニアに手を貸したきっかけは、昨年起きたミレニアによる中央刑務所の襲撃です」


 天宮の言葉に、会議室の空気が一気に緊張感を帯びる。


「中央刑務所には、彼女の妹が刑務官として勤務していました。襲撃で、ミレニアは多くの囚人と刑務官を殺害しましたが、数名を連れ去っています。その中の一人が彼女の妹、瓜生椿です」

「妹が…拉致されていた、だと?」


 驚きの表情を浮かべる長官に、天宮は静かに頷く。


「なぜ彼女は報告しなかったのだね!?」

「襲撃後すぐ、ミレニアは瓜生に接触したようです。妹の命を助けたければ、SPTの情報を流せと。瓜生はそれに従うフリをして、妹を救う方法を模索していたようです。そうして考え出したのが、凪さんを拉致して交渉材料にすることだった」


 私の中で記憶が繋がる。

 私と対峙した時に見せた、瓜生の焦りと迷い…。やはり、瓜生はミレニアに従うフリをして、自分の目的のために動いていたのだ。


「ミレニアの最終目的は磁場エネルギーの在処を突き止めること。その情報を知る凪さんを差し出せば、妹を取り戻せると思ったのでしょう」

「それに気づいた上木が私に告発文を送ったわけか…。しかし、疑問だ。上木はなぜ瓜生に従った?」

「それは…私の口からは」


 発言を拒む天宮。すると、長官の眉が僅かに動く。


「それでは、本人が目を覚ましてから聴取するとしよう。とはいえ、いくら上官命令でも、共犯のような行動は見過ごせん。残念だが、上木は懲戒免職にするほかないだろう」


 懲戒免職…?

 つまりSPTを辞めさせられるってこと…!?


 動揺する私をよそに、静かな声が会議室に響いた。


「お待ちください」


 声の主は天宮だった。穏やかな表情を保ってはいるが、長官を見据える眼差しは鋭い。


「…上木は確かに情報を盗み、結果としてそれがミレニアに伝わる形となりました。ですが、彼女なりに抵抗はした。凪さんを救うために、命懸けであなたにした告発がその証拠です。瓜生がいない今、上木はミレニアと何の関わりもありません。それに、今回の発砲事件の芝居に無理矢理付き合わせたのは私です。どうか寛大な処分をお考えいただけないでしょうか」

「しかし…」


 長官が言葉を返そうとするものの、天宮は間髪入れずに言葉を続ける。


「どちらかというなら、処分を受けるべきは私です。今回の私の行動は、SPTの規約を大きく逸脱するものです。私も瓜生同様、上木を無理矢理巻き込みました。もし上木に厳しい処分を下すおつもりなら、私の職を解いてからにしていただきたい」


 毅然とした口調で言い切る天宮。私は息を呑んだ。穏やかな彼が、どこか熱くなっていたからだ。ヤトも、そしてあの冷静な焔までもが、目を丸くしている。焔は天宮を少し見て、短くため息をつくと静かに口を開いた。


「長官。そもそも我々がスパイの存在を知ることができたのは、上木の告発文があったからだ。彼女が命を懸けてあなたに伝えてくれなければ、もっと機密情報が漏れていただろうし、凪の身も今以上に危ぶまれていたのは間違いない。そう考えると、懲戒免職はやりすぎでは」


 焔がそう告げると、天宮が驚きの眼差しを焔に向けた。焔のフォローが予想外だったのだろう。一方、長官は頭を抱え、呆れたようにため息を漏らした。


「まったく…」


 長官は私たちを見渡した後、真剣な眼差しで天宮を見据えた。


「一つ聞きたい。君は発砲事件を装うことで瓜生がボロを出すと確信していたのかね?自分の策に自信があったと?」

「…はい」


 天宮は毅然とした態度を崩さない。だが、長官の表情は一層険しくなる。瞳から滲むのは、静かな怒りだ。


「なるほど。では、上木や凪さんが重傷を負ったことも、君にとっては想定の範囲内だったと言うのかね?」


 この言葉に、天宮の表情は一気に曇った。目が微かに泳ぎ、動揺しているのがわかる。


「…そのようなことは、決して」


 天宮は静かに言葉を紡ぐ。その声には痛みが感じられた。


「今、少しでも肯定しようものなら、問答無用で職務を解任し、この場から出て行ってもらうところだった」


 長官の厳しい言葉が響き渡り、一気に会議室の空気が張りつめる。


「君は確かに優秀だ。だが、過信するな。今回のように仲間の命を危険に晒したくなければな。それを肝に銘じておきなさい」

「はい」

「君に免じて、上木は謹慎処分に留める。君の処分は後で伝えるとしよう」


 天宮は静かに頷き、ゆっくりと頭を下げた。

 その姿に、私は思わずヤトと目を見合わせる。


 天宮さん…。


 私は横目でそっと彼を見る。黒髪の隙間から覗くのは、揺るぎない真っすぐな瞳。

 この人は上木を庇ったのだ。一切の迷いもなく。


「話を戻そうか」


 長官は、小さく咳払いをして話を続けた。


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