売店から出た私は、食材がたっぷり入った袋を両手に持って歩いていた。おにぎりにパン、お菓子、飲み物。そしてドライフルーツ。これはヤトの大好物だ。
食べ物がたっぷりあると、なんだか心がホクホクするなあ~。
そんな思いでロビーをテクテクと歩く私。ここは天宮財閥が運営する神宮医療センター。ロビーは大きなガラス張りで、陽の光が柔らかく差し込んでいた。すると、背後から陽気な声が響く。
「凪ちゃーん!」
振り返ると、そこには花丸がいた。大きな荷物を持って走って来る。
「あ、花丸さん!」
「凪ちゃん!目が覚めたんだね!良かったあ~」
「はい!花丸さんは怪我してないですか?」
「僕?全然大丈夫!」
「…その荷物は?」
私が尋ねると、彼は袋を掲げて笑った。
「着替えだよ。焔君と僕の。焔君、凪ちゃんにずっと付きっきりだったし、僕もそれに付き合ってたからね。天宮さんが気を利かせて持って来てくれたんだ」
「ええ!?」
思わず声を上げてしまう。焔とヤトだけじゃなく、花丸も病院に泊まり込んでいたとは…。
「すみません。心配かけて」
頭を下げる私を見て、花丸はすぐに首を振った。そして、少し真剣な眼差しをこちらに向ける。いや、正確には私の手首を、傷を覆う包帯を見ていた。
「…本当にビックリしたよ。あんなことが現実に起こるなんて…なんというか、感動した。でも、少し落ち込んじゃった」
「落ち込んだ…?」
私は首を傾げた。彼は一瞬躊躇うかのように視線を外すが、すぐに私を見つめてこう言った。
「凪ちゃんがいれば、きっと医者なんていらない」
そのひと言に私は目を見開き、気付くと花丸の胸元を掴んでいた。
「なんてこと言うんですか!紅牙組の人たちも、財前さんも…上木さんだって、花丸さんがいなかったらもっと大変なことになってたんですから!」
つい大声になる私。冷静になって周囲を見ると、廊下を歩く人たちが立ち止まり、私たちを見ていた。一気に恥ずかしくなって目を伏せる。すると、花丸が申し訳なさそうに呟いた。
「…ごめん、冗談」
思いがけない花丸のひと言。もう!っと言おうとしたが、花丸はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた。私たちは顔を見合わせ、小さく笑い合う。数秒後、花丸は思い出したかのようにパッと顔を上げた。
「そうそう、さっき財前さんに連絡したんだよ」
「財前さんに?」
「色々お世話になったからね。SPTのお給料が入ったら、お礼をしにお邪魔しようと思って。凪ちゃんのことも話したら『伝えておいてくれ』って伝言を頼まれた」
花丸はいそいそとポケットからスマホを取り出す。そうして見せてくれた画面には、たったひと言だけ記されていた。
──頑張れよ。
私はクスッと笑う。ちょっと素っ気ないけど、妙に財前らしい。
瓜生との戦いで火事場の馬鹿力が出せたのは、財前に「ちんちくりん」呼ばわりされたことや、その他諸々の恨み…もとい対抗心があったからだ。そう思うと、今は感謝せずにはいられない。ちょっと悔しいけど。
それから、私たちはゆっくりと歩き出し、病室へ向かった。花丸が言うには、上木は別の病室に入院しているらしい。
明日にでもお見舞いに行けたらいいな。
そんなことを思いながら、病室の扉を開けた次の瞬間──。
「凪いいぃぃ!!」
ボフッと温かいものが勢いよく胸に飛び込んで来た。ヤトだ。
「ヤト!!」
ヤトの勢いに押され、買い物袋がドサッと床に落ちる。私は袋を気に留めずそのままヤトをぎゅっと抱きしめた。ホカホカした温もりがじんわり全身に伝わり、心がほっと安らぐ。
「良かったあ!心配したんだよ!すっごく!」
「ごめんごめん」
ヤトの頭を撫でながら病室に目を向けると、焔が静かに立っていた。窓から差し込む陽光が、彼の銀髪を美しく照らす。彼は優しい眼差しを私に向け、少しだけ微笑んだ。たったそれだけなのに、目が合った瞬間まるで心を射抜かれたような感覚が走る。
「手首は?大丈夫か?」
私は声も出せず、何度も小さく頷いた。自分でもわかるほど顔が熱い。私は反射的に視線を下に落とした。
私の様子を不思議に思ったのか、腕の中でヤトがぴょこんと顔を上げる。
「凪?どうかした?」
ヤトの真っすぐな瞳が私を見つめる。隣にいた花丸も首を傾げて私の顔を覗き込んでいた。二人の視線を感じながら、私は心の動揺を隠そうと必死に息を整える。そうしてゆっくりと顔を上げ、焔に向かって微笑んだ。
この人を見ていると、心が温かくなる。だけど、それ以上に胸が苦しい。
今、はっきりとわかる。
私はこの人に、恋をしているのだ。