天宮は静かに拳銃を構え、慎重に歩を進めた。かつての彼は穏やかで柔和な笑みを浮かべていたが、今はその面影はなく、代わりに鋭い眼光を瓜生に向けている。瓜生は右肩から流れる血を止めようと左手で傷口を押さえながら、天宮を睨みつける。その視線には、怒りと憎悪が感じられた。
天宮は冷静に銃口を瓜生に向けたまま、着実に距離を縮めていく。静かな威圧感が病室に満ちる中、私は二人の間に漂う緊張感に息を呑むことしかできなかった。
瓜生は息も絶え絶えになりながら、利き手ではない左手で床に落ちた小刀を拾う。その行動から、彼女の決意が垣間見える。どれほど追い詰められても、決して諦めない。一体何が、この人をこれほどまでに突き動かしているのだろうか。
「天宮…お前は殺す。今、ここで」
そう言いながら瓜生は足を速める。一方、天宮は迷いなくトリガーに力を込めた。一触即発のような緊張感が走る。だが、突如として天宮の背後の、廊下の影が揺らめいた。あれは――?
目を凝らす間もなく、黒装束の人物が闇から飛び出した。その人物は右手に小刀を携え、瓜生に突進する。突然の刺客の登場に瓜生の表情は一瞬強張った。だが、彼女はすぐに冷静さを取り戻し、迎え撃つべく構えを変える。
瓜生は左手しか使えないにも関わらず、黒装束の人物の攻撃を次々とかわす。そして、一瞬の隙をつき、小刀の柄を握り直して思いきり黒装束の人物の顔面に叩きつけた。
「か――!」
天宮が声を上げた瞬間――。
パリンッ!
鋭い音が響き、破片が床に散らばる。黒装束の人物は仮面を被っていた。それが瓜生の一撃で真っ二つに割れたのだ。月明かりに照らされた素顔。それは火傷の痕を携えた女性。天宮とともに姿を消していた、あの上木凛だった。
「上木さん!?」
少し休んだからか、私は声が出せるくらいまで回復していた。
上木さん…。やっぱり、天宮さんが匿ってくれてたんだ…!
「上木、下がるんだ!無茶するな」
「いえ、ここはお任せください。それより天宮隊長。凪とその男を」
短い彼女の言葉には決意が込められていた。天宮はわずかに眉をひそめた後、心配そうな表情を浮かべながら拳銃を下げる。そして、私たちの元へと駆け寄った。
「あ、天宮さ…」
名前を呼ぼうとした瞬間、咳込む私。そんな私の背中を天宮はそっとさすり、穏やかに微笑んだ。
「大丈夫?ごめんね。来るのが遅くなって」
「やっぱり、病院に来てたんですね」
天宮はにっこりと笑い、今度は花丸に手を伸ばし、腕を掴む。
「動けますか?しっかり」
花丸は頷き、安堵の色を滲ませる。
一方、私は上木と瓜生を見つめた。緊迫した空気の中、上木は改めて瓜生を見つめ、構える。
「瓜生隊長、ここまでです」
「上木…!」
次の瞬間、上木は瓜生に向かって走り、攻撃を繰り出す。上木の実力は並ではない。一度決闘して感じたこの人の特徴。その動きが風のように読めないのだ。思わぬところから正拳が飛んできたり、鋭い斬撃が繰り出される。そんな上木の攻撃に、瓜生は翻弄されているようだった。
体力が限界に達しているのだろう。防戦一方の瓜生は大きく後ろへ飛び、間合いを確保する。そして、険しい目つきのまま天宮を睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「ここまで来て…天宮…余計なことを…」
天宮は振り返り、静かに瓜生を見据える。
「蓮華さん、SPTを裏切ったのは妹さんのためだね」
その言葉を聞いた瞬間、瓜生の表情が一変した。驚愕とも戸惑いとも取れる感情がはっきりと顔に浮かぶ。
「だけど、そのために上木と凪さんを利用するなんて、許されることじゃない。少なくとも…」
そう言いながら再び天宮は拳銃を構える。
「僕の目が届く範囲で、そんなことは絶対にさせない。両手を挙げて、膝をつくんだ」
「黙れ!!天宮…。お前さえ、お前さえいなければ…」
瓜生の表情は、見たことがないほど激しい怒りに満ちていた。彼女は標的を天宮に変え、一気に私たちの方へ駆け出した。私は慌ててモップに手を伸ばそうとする。だが、それよりも早く天宮が発砲した。
―パンッ!
響き渡る銃声。だが、瓜生は右手から陰の気を放ち、銃弾を弾いた。私は加勢しようとモップを手に取り構えようとするが、天宮は私を庇うように前に出て、冷静に銃口を向ける。狙いは、彼女の足元だ。
―パンッ!
陰の気で弾く間もなく、銃弾が瓜生の足をかすめた。瓜生は体勢を崩し、膝をつきそうになる。だが、彼女の動きが止まったのはほんの一瞬。怒りに満ちた彼女の表情はますます険しくなり、負傷した足をものともせず、再び天宮に向かって歩き出す。そして、鋭く小刀を振り上げた。
「天――!」
私が声を上げるのとほぼ同時に、上木が二人の間に割り込んだ。小刀を右手で頭上に掲げ、瓜生の一撃を受け止める。だが、陰の気を纏った瓜生の力に押され、彼女の刀身は僅かに震えている。
「上木さん!」
次の瞬間、瓜生の目にこれまで以上の冷徹な光が宿った。彼女の右手からはさらに禍々しい陰の気が溢れ出している。
「見せてやる。私の覚悟を」
そう瓜生が言い放って数秒後、上木の刀身に亀裂が入った。それでも彼女は押し負けまいと両手で柄を握り締め、力を込める。次第に大きくなる亀裂。私は恐ろしい不安に駆られた。
このままじゃ、いけない!
「よせ!上木!!」
天宮の叫びが病室に響く。だが、声が届くよりも早く、上木の小刀は甲高い音とともに折れた。その隙に瓜生は迷いなく動く。彼女は上木の肩から胸を容赦なく切り裂いた。
飛び散る鮮血が空中に弧を描き、私と天宮に生ぬるい感触が降りかかる。
上木は大きくのけぞり、小刀を力なく手放してその場に崩れ落ちた。