ヤトがすぐ近くにいる。きっと、私がここにいることに気付いたんだ。
ヤトの詠唱の力が込められていると確信した瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
もうすぐ、焔さんとヤトが来る…!
だが、この状況に瓜生も気付いたようだった。「遊びはここまで」と言わんばかりに、彼女の表情は一段と険しくなる。瓜生は右手をギュッと握りしめ、顔の前に掲げた。
人狼の「陰の気」を出す気だ!
そうはさせまいと、私は素早く駆け出し、モップを振り下ろす。ヤトが授けてくれた光が空間に鮮やかな軌道を描く。光の線は揺れながらも真っすぐ瓜生に向かって一直線に繰り出された。
「くっ…」
一歩、二歩。
足を踏み込みながら、反撃の隙を与えないようモップを振り下ろす。
これはただのモップじゃない。ヤトの力が宿った特別な武器。
思い出せ、竹刀を振っていたあの感覚を。
集中しろ。
私は、絶対にこの人を引き止めるんだ!
私の攻撃に、あの瓜生がたじろいでいる。私が押している。さっきよりも、確実に。手応えを感じながらも私は彼女の右手に注意を向けていた。
さっきの動作から察するに、陰の気を出すには右手に意識を集中させなければならない。
そんな隙、与えるもんか!
攻撃をかわし切れず、瓜生は大きく後ろへ飛び、体勢を立て直す。私も構えを変えて瓜生を見据える。今の私の構えは、突き。この人と戦って感じたのは、圧倒的な速さだ。正拳、薙刀、それに小刀…。どの攻撃もモーションが速い。だからこそ、間合いを詰めるのは危険なのだ。突きなら武器を振り下ろすより早く攻撃が届くし、プレッシャーもかけられる。
私は小さく息を吸い、右足を踏み込む。ただ攻めるだけじゃない。私は突きの軌道をわずかにずらした。予想外だったのか瓜生の防御が遅れる。そして、私のモップが瓜生の肩にしっかりと当たった。
「っ…!」
瓜生は軽く体勢を崩す。私は勢いを緩めず、さらに突きを次々と繰り出す。だが、彼女はすぐに体勢を整え、私の軌道を冷静に見極め、寸前でかわし続ける。
くそ…当たらない…!
焦り始めた次の瞬間、大きなモップが宙を舞い、瓜生の背中に直撃した。私たちは反射的にモップが飛んできた方向を見る。花丸だ。ロッカーの前で仁王立ちしている。
「凪ちゃん!今だ!」
瓜生は舌打ちをして、花丸が投げたモップを思いきり蹴り飛ばす。だが、その一瞬、隙が生まれた。
今度こそ、決める!
私は大きく一歩踏み出し、モップを振り上げる。次の瞬間、モップを纏っていた赤い光が鋭さを増し、私の決意に呼応するかのように赤黒い閃光を放った。
ガンッ!
轟音とともに、周囲に埃が舞う。瓜生は寸前で小刀を頭上に掲げ、私の攻撃を防ごうとした。だが、赤い光を纏ったモップは瓜生の小刀を叩き折り、そのまま瓜生の肩に直撃した。
「…っ!」
瓜生は顔を歪ませ、ゆっくりと倒れ込んだ。
や、やった…。
そう安心した瞬間、頭がぐわんと揺れ、猛烈な吐き気に襲われる。私はモップから手を離し、その場に膝をついた。
そうだ…。このヤトの力…扱うたびに精神力を消耗するんだった。
けど、前よりは長い時間使いこなせた気がする。少しは成長したのだろうか…。
「凪ちゃん!」
慌てた様子で私に駆け寄る花丸。彼は私の体を支えながら、背中をそっとさする。
「落ち着いて、ゆっくり息を吸って」
その穏やかな声に不思議と心が落ち着く。荒れていた呼吸が少しずつ整っていくのを感じた。
「花丸さん…ありがとうございます。モップ投げてくれて…」
花丸は微笑みながら首を振った。この人はちょこっと抜けてるけど、傍にいるだけで安心感がある。それだけじゃない。いざという時、頼りになる。芯が強い人なのだ。
ヤトの力、それに花丸さんがいたから、戦えた…。
私は花丸に支えられながら瓜生を見る。ブラウン色の髪が顔にかかり表情は伺えないが、気絶しているのだろうか。
「あともう少しでみんなが来ます。もう大丈――」
言い終わる前に、私の体は硬直した。慌てて手足を見ると、黒い靄が体中に絡みつき、動きを封じ込めている。これは、さっき瓜生が見せた陰の気。しまったと、心の中で叫びながら、瓜生を見る。彼女はゆっくりと起き上がり、私と花丸を見てにやりと笑った。