普段使われていないからだろうか。病室の蛍光灯は、不規則な明滅を繰り返していた。目がチカチカしてなんとも落ち着かない。そんな中、私は息を整えながら頭を整理する。瓜生はただSPTを裏切っただけじゃない。その背後には、どうやら複雑な事情が絡んでいるようだ。
「どういうことですか?」
思い切って尋ねる。だが、瓜生は鼻で笑い冷ややかな声で答えた。
「さあね。あなたに恨みはないけど、どうしても必要なの。一緒に来てもらうわよ」
彼女の言葉を受け、私は数日前を思い返していた。紅牙組で塚田に襲われた時、彼は味方であるはずのミレニアの使徒を迷わず手にかけ、私にこう言ったのだ。
――「一緒…に、来てもらう…」――
瓜生と塚田。二人はミレニア側のはず。だけど、瓜生から感じるのはミレニアへの恨み。二人はミレニアに従うフリをしながら、裏では別の目的のために動いている…?
思いを巡らせる私をよそに、瓜生は静かに右手を顔の前に掲げる。その瞬間、背筋が凍った。人狼の「陰の気」。あれをまた出す気だ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
咄嗟に声を張り上げる私。勢いに押されたのか、瓜生の足がぴたりと止まる。
「何?」
「あの、どうして私を…狙っているのでしょうか…?」
たどたどしく質問する私に、瓜生は呆れたように肩をすくめる。
「いつまですっとぼけるつもり?あなたが一番良くわかってるでしょう?」
「それって…おばあちゃんが見つけた磁場エネルギーの話ですか?」
「あなたも災難ね。祖母のせいでこんなことに巻き込まれて。あなたはね、鍵なのよ」
「鍵?」
唐突に投げかけられた言葉に、思わず首を傾げる。
「まさかと思って塚田を向かわせたら案の定。睨んだ通り、やっぱりあなたが鍵だった」
「どういうことですか?」
瓜生は答えず、代わりに手にしたモップをいきなり私に投げてきた。反射的にモップを掴むものの、唐突な瓜生の行動に私は目を丸くする。
「お話はここまで。剣道の関東大会優勝だかなんだか知らないけど、あなたの実力じゃ『陰の気』を放っていない今の私にも勝てないわよ。さあ、どうする?」
瓜生は不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと私に歩み寄る。
「私に勝ちたいなら、方法はひとつしかないわよ。見せてみなさいよ。あなたの
事情はまだ飲み込めないけど、この人は私が塚田との戦いで放った金色の光のことを知っている。あれが何なのかは未だにわからないけど…だけど…。
ドラマとか映画とか漫画の世界では、こういう絶体絶命の時こそ隠された力が発動するものだ。
あの金色の光、今なら出せる!…なんとなく、そんな気がする。
私はモップをぐっと握りしめ、目に力を込めながら神妙に呟く。
「…それがお望みなら、お見せしましょう」
私の言葉に、瓜生は鼻で笑う。私は大きく息を吸い、力いっぱい叫んだ。
「出でよ~!金色の光よ~~!」
声高らかにモップを掲げる私。一瞬、場が静まり返る。私は息を呑みモップを見上げた。だが…。
―――すん。
何も起きない。
「凪ちゃん!下だ!」
虚しさに捉われる間もなく、花丸の声が響く。瓜生が間髪入れずに蹴りを繰り出してきたのだ。
「うわっ!」
寸前でなんとかかわす私。あ、危なかった…。
「…あなた、人を馬鹿にしてるの?」
瓜生は冷ややかにそう言うと、私の後ろに回り込んで、先ほど壁に突き刺さった小刀を抜き取った。
…くそ!いけると思ったのに。金色の光が出ないとは…。
まさに「うんともすんとも言わない」とはこのこと…!
モップに裏切られたようで、一気に恥ずかしさが込み上げる私。気を取り直してモップを構え、迫る瓜生の小刀を受け止めるため構える。
だが――。
「えっ!ちょ、ちょっと待っ――!」
瓜生の鋭い太刀筋が、モップの柄を容赦なくスパッと切り裂く。
まるで輪切りにされる野菜の如く、短くなるモップ。慌てて後退する手の中で、柄はどんどん無残な姿に変貌する。
瓜生さんの小刀、切れ味良すぎ…!
後退しながら、なんとか反撃のチャンスを掴もうとするが――。
―ドン。
背中が冷たい壁にぶつかった。
まずい、逃げ場がない…!今度こそ、もう…。
「終わりよ」
瓜生は静かに呟き、小刀を振り上げる。ここまでかと目を閉じた次の瞬間、大きな声が響いた。
「凪ちゃん!」
ハッとして目を開けると、上から何かが降って来た。
あれは――新しいモップ!?
花丸が投げてくれたモップを、私は手を伸ばしてキャッチする。
「しっかり!凪ちゃん!」
花丸の声が頼もしく響く。彼は声を上げながら、瓜生に向かってファイルやら文房具やら、目に入った物を手あたり次第投げつけていた。
瓜生は舌打ちをし、一瞬彼の方を見やる。その隙をついて私は再び一歩踏み出した。
「ていや!」
「この…」
瓜生が苛立ちながら小刀を構えた次の瞬間、私の手にしたモップが赤く輝き始めた。その光はまばゆく揺らめきながら、モップ全体を力強く包み込む。
「この光は…!」
モップを纏う赤い光を見て、驚きの声を上げる瓜生。一方私は、その光に目を奪われながら胸を撫で下ろしていた。
「…ヤトの光だ」
そう、この光はこれまで何度も私を救ってくれた、八咫烏の力。私は確信した。焔とヤトが、すぐ近くまで来ている。