「実は、昂生さまは手紙を握っておられました。その手紙は、倒れた上木さまの体の下に。お二人は数秒揉み合いましたから、昂生さまが落としたのでしょう。手紙は上木さまの血で滲み、一部しか読めませんが、こちらです」
服部は懐から手紙を取り出し、目の前に掲げた。血に染まったその紙から断片的に判別できた文字。それは…。
―長官殿へ―
―スパイはSPT幹部の中に―
「これは…この手紙は一体なんだ!?」
思わず声を荒げる丹後。動揺したのか机を激しく叩く。
「恐らく、昂生さまがスパイだと睨んだ何者かが、長官さまに告発しようとしたのかと。この手紙、長官室の扉の下に差し込まれていたのかもしれません」
手紙を見つめながら、江藤が静かに呟く。
「…確かに。『長官殿』って書いてあるからな」
「もしそうなら、昂生さまが手に入れるのは容易でございます。事件当日の朝、昂生さまは長官室に呼び出されていたからです。長官さまよりも先に、昂生さまが手紙に気付いた。そして、手紙を読んで焦った。自らの犯行を示す証拠がまだ通信室に残されていたからです。だからこそ、昂生さまは手紙を隠し持ち、夜になって通信室へ侵入したのでしょう」
江藤はゆっくりと息を吐いた。目は泳ぎ、感情が揺れているのがわかる。
「…だけど、天宮はただ手紙を拾っただけかもしれない」
先ほど、天宮を尊敬していると話していた江藤。心の底では彼を信じたい。そんな思いが垣間見える。だが、それを許さないように丹後は断固とした口調で言い放つ。
「それなら、堂々と許可を得て通信室に入ればいい。何より、告発の手紙を見つけた時点で、すぐに長官に報告したはずだ。誰にも言わず、コソコソ通信室に侵入し、上木を撃って逃走した。この一連の行動こそが、天宮をスパイだと示しているのではないか」
丹後の指摘に江藤は思わず顔を伏せる。しばしの沈黙の後、彼は低い声でこう呟いた。
「…だけど、一体誰がそんな手紙を?」
その問いが、新たな波紋を広げる。一同が黙り込む中、私は服部に目を向けた。しかし、彼は黙り、硬い表情のまま。手紙を書いた人物までは見当がつかないのだろう。すると、ヤトがそっと嘴を私の耳に寄せた。
「あのさ…前にも長官室に『SPTにスパイがいる』っていう告発文が入れられてたよね?服部が言っている告発文は、二通目ってこと?」
ヤトのひと言で目を見合わせる私と焔。そう。焔が私をSPTに推薦したあの幹部会議の日の朝、長官室の扉の下に一通の告発文が挟まれていたのだ。その内容は確か…。
―SPT内部にミレニアの内通者あり。内通者は通信室から幸村凪の位置情報を得て、仲間に襲わせた。SPTは安全ではない。早急に幸村凪を別の場所に匿われたし―
この告発文に「幹部」とは書かれていないものの「通信室から幸村凪の位置情報を得て」という記述から、焔は幹部にスパイがいると考えた。通信室から位置情報を確認できるのは、パスワードを知る幹部だけだからだ。
一通目、そして今回の二通目の告発文。
どちらも肝心の書き手は謎のまま。だが、一通目の告発文は、長官室の扉の下に挟まっていた。今回もそうなら、告発文を書いたのは同一人物…?
「…告発した人、凪がSPTに入隊したから『危ない』と思って、もう一度長官に手紙を書いたのかなあ?」
ヤトがぽつりと呟く。確かにその可能性もありそうだ。誰かが、私の身を案じて再び告発文を書いたのだろうか?
気まずい沈黙が会議室に重くのしかかる。静寂を破ったのは瓜生だった。
「…とにかく、まずは天宮ね。早く確保しなければ」
「服部!天宮の行き場所に心当たりは?」
「お恥ずかしい話ですが、皆目見当がつきません」
大きくため息をつきながらうなだれる服部。その目は微かに涙ぐんでいるようにも見える。この人からすると、信頼していた上官が裏切り者だったことになるのか…。
「…大丈夫ですか?」
伺うように声をかける私。すると、服部は私を見て穏やかに微笑んだ。
「お気遣いありがとうございます。私は許せないのです。大正時代から続く天宮財閥に泥を塗るとは…恥さらしも良いところです!どうか、昂生さまを一刻も早く、見つけだしていただきたい!」
「そうだね…逃げた以上、捕まえないと。ところで、上木の容態は?本当に大丈夫?」
江藤の問いに、険しい表情を浮かべていた瓜生も一転、不安げに服部を見つめる。
「ご心配には及びません。上木さまは天宮財閥運営の神宮医療センターへ搬送されております。天宮財閥のお膝元での看病は上木さまからすると不本意かもしれませんが、医療体制は万全です。医者は、明日にも目を覚ますと申しておりました。すぐに詳しい話が聞けるでしょう」
服部の言葉に瓜生はホッと胸を撫で下ろし、小さく息を吐いた。
「良かった。本当に…」
安堵の瞬間を破るように、丹後がパンッと手を叩く。突然の音に、私は思わず体をビクつかせた。
「天宮の部下を全員聴取だ!SPT内の監視カメラもすべてチェックして、追跡体勢を整える。確保は時間との勝負になるだろうからな!」
そう言い放つと、丹後は会議室を後にした。残された江藤は寂しそうに顔を伏せたまま。瓜生はそんな江藤の肩をポンと優しく叩いた。
「これも仕事よ。行きましょう」
江藤は小さく頷くとゆっくり立ち上がり、瓜生とともに会議室を後にした。一方、私はというと、少し気になることがあって服部を見つめ続けていた。